【小曽根真】Makoto Ozone The Trio “Reborn” 2003年8月30日 Blue Note Tokyo, TOKYO,JAPAN
Makoto Ozone The Trio “Reborn”
08/30/2003 Blue Note Tokyo, TOKYO,JAPAN
Set List
First Stage 19:10
01 Reborn (Makoto Ozone)
02 Caravan (Mills/Ellington/Tizol)
03 Stinger (Makoto Ozone) ) from “THE TRIO”1997
04 Laura (Mercer/Raksin)
05 Asian Dream (Makoto Ozone) from “SO MANY COLORS”2001
06 The Beginning (Makoto Ozone) from “THE TRIO”
07 Doraemon No Uta (Shunsuke Kikuchi)
08 My Foolish Heart (Victor Young) as Encore
Second Stage 21:45
01 Roborn (Makoto Ozone)
02 Caravan (Mills/Ellington/Tizol)
03 Fairy Dance (Makoto Ozone) from “THE TRIO”
04 Tea For Three (Makoto Ozone) from “THE TRIO”
05 Pray (Satoru Shionoya)
06 No Seista (Makoto Ozone) from “THREE WISHES”1998
07 My Foolish Heart (Victor Young) Featuring Kimiko Ito (vo) as Encore
08 Doraemon No Uta (Shunsuke Kikuchi) ) as Encore
今年のThe Trio、Blue Note Tokyo公演最終日は晴れた。昨年、一昨年とは雨。記憶が正しければ、二夜とも、亜熱帯の夏の終わりを実感させるとても湿度の高い夜だった。昨年まで、九月の第一週だったBlue Note Tokyo公演が、今年は一週繰り上がり、八月の最終週となったのだが、この夏の異常気象のせいか、晴れてはいても、もうどこかに秋の訪れを確実に感じる夜である。
年に一度、この夜のために、全国から小曽根真の音楽の熱烈なファンが集まってくる。今年のThe Trioは、Blue Note Tokyoでの6日間全12公演がすべてソルドアウト。彼らの高い人気を裏付けた。とりわけ最終日は、徹夜組こそいなかったものの、早朝からよい席を求めて多くのファンたちが長い列をつくった。小曽根真率いるThe Trioの音楽を心から愛し、彼らの奏でる音楽を楽しむために集まったオーディエンスたちは、アーティストにとっても最高のステージを構成する重要な要素になる。もちろんライヴの成功は約束されているとはいえ、ステージとオーディエンスが一体となって、特別な化学変化が起きることを誰もが期待している、そんな夜であった。
開演までの約一時間、キャパシティ300人ほどのBNTは、華やかなにぎわいのなかにあった。エントランスから始まった挨拶と笑顔の交歓は、同心円状に波紋を広げ、やがて会場全体を満たす。ドリンクと食事が手際よくサーブされると、おいしい食事と仲間たちとのおしゃべりによって、僕たちは確かにこの場の一員となった。しかし、おなかが満たされてもなおサースティなのは、僕たちがThe Trioの音楽を聴くために集まっているからで、饒舌に会話しながらも常に時計を見つめ、ため息をついたり、胸の高鳴りを感じたりしているのは誰も同じこと。このえもいわれぬ幸福感をシェアできるのが、Blue Note Tokyo最終日の醍醐味なのである。
午後7時10分、ホールの照明が徐々に落とされる。大きな歓声と拍手との中、The Trioの面々がついに姿を現した。小曽根さんは向かって左手から、ジーちゃんとペンちゃんは左手から、小走りでステージに駆け上がる。およそ一ヶ月の全国ツアーの最終日が近いというのに、三人とも疲れの片鱗さえみせない。いつもながら、満面の笑顔でオーディエンスに応えている。今夜の小曽根さんは新しいキュートなショートヘアで登場。ボーイッシュな雰囲気がいかにもやんちゃな小曽根さんらしく、女性陣の心を一瞬でわしづかみにした。実は小曽根さんは、この東京公演中に髪を切ったのである。(少なくとも月曜日は、この髪型ではなく、木曜日にはこの髪型だった。興味のあるかたは小曽根さん本人にきいてみてください。)
小曽根さんがマイクを持ってオーディエンスに語りかける。今夜ははじめから、インティメイトな雰囲気にあふれている。「こんばんは。(こんばんは!)元気ですか? 一年ぶりにブルーノートに帰ってきたと思ったらもう最終日になってしまいまして、スタッフの方とも一週間経つのははやいなと言ってたんです。今日は思いっきり盛り上がりたいと思います。」「ああ、なんか喉がかわいたな。」と小曽根さん。そこへすさず女性スタッフがカクテルを運んでくる。「なんかでてきました。おちよちゃん、ありがとう。」小曽根さんはそれをごくりと飲んで「うまいっ!!」と絶叫。会場は爆笑の渦につつまれる。ジーちゃん、そしてペンちゃんにグラスが回され、ふたりがいかにもおいしそうにそれを飲む。彼らのオーバーアクションを見て、オーディエンスたちは笑い転げている。「なんだか今日はそういうライブになりそうですね。じゃあ、今日はこのへんで…。」小曽根さんが帰ろうしてさらに笑いをさそう。「今週のわれわれトリオのウイークに向けてスタッフの皆さんが一生懸命考えてくれた、”REBORN”の”RE”をとって”RE”というカクテルを飲んでるんですが…おいしいね、ほんまに。でもあんまり飲むとピアノ弾けなくなっちゃう。」そこでさきほどのおちよちゃんが登場。グラスを持ってゆこうとすると「いやいや飲んでから…」(爆笑)。小曽根さんは片手で一気にグラスを飲み干し「おいしかった!」もうこのあたりのおかしさは、関西系コミックバンドの乗りである。「よし。では、本題に戻ります。7月の9日に”Reborn”というアルバムを出しまして、今日はそんなかからの曲と、いろいろな方から小曽根さん、いままでのTrioの曲はやらないんですかと言われたので、ちょうどスタンダードアルバムを出したということで、ライヴでは昔からのアルバムと今回の新しいアルバムからの曲をまぜて、みなさんに聴いていただきたいと思います。そして、今ちゃんと演技していただきましたおふたりでございますけれども、このトリオ結成して7年になって、8年目に入るんですけど、今の音楽はこのふたりなくしてはありえない、すばらしいふたりの、私の兄弟をご紹介したいと思います。似てるでしょう?オンドラムス。ミスタークレランスペン。そして、ベーシスト,ミスタージェイムズ・ジーナス。」ふたりに対する暖かい拍手が湧き上がる。
「一曲目は、アルバムのタイトル・トラック、今回のアルバムでは唯一のオリジナルなんですけれども、”Reborn”この曲からスタートしたいとと思います。」
01 Reborn (Makoto Ozone)
02 Caravan (Mills/Ellington/Tizol)
速度そのものに抑揚をつけて、ゆっくりと語りはじめられるこの曲によって、今夜のライヴの幕が静かに開いた。小曽根さんのソロピアノである。この二年間、必ずオープニングに演奏されてきた“Bienvenidos al Mondo”がそうであったように、オープニングの曲では、小曽根真の今が、つまり精神のありかたや音楽への向き合い方が、端的に表現された演奏となる。だから、毎日、いやステージごとに、曲へのアプローチも、インプロヴァイズされるフレーズも異なるのである。音楽を生きる小曽根真にとって、この演奏はとりもなおさず、世界観の開示であり、オーディエンスたちもそのことを知っているからこそ耳をすませ、自らの胸の内にひとつひとつの音符を刻みつけるのだ。“Reborn”は静謐な祈りに満ちた曲であるだけに、小曽根さんの指が僕たちの心の琴線を直接鍵打するように錯覚された。今夜のこの曲で、小曽根さんはクラッシック音楽の語法を多用して、その美しい旋律に豊かな奥行きと陰影を持たせ、低音域から高音域に一気に上昇する飛翔感覚を獲得することに成功した。重さを決して感じさせないひとつひとつの音符が無限に連属することで構成される豊かな音像空間こそが、小曽根真が開く祈りの場なのであろう。
この曲のラストノートが消えないうちに、ジーナスのベースが骨太のピチカットをはじめ、そして、ペンがピアニッシモのシンバルワークで加わる。このふたりの奏でる音は実に豊かな表現力を持ち、全く無駄がない。ジーナスがリードし、ペンが多彩なパーカッションを使い分けて静かに躍動感を加える。そこに小曽根さんのピアノが加わって挑発的にリズムを刻みはじめると、三人の魂のバイブレーションが重なりみごとなトライアングルを形成して、もうこの三人で演奏したくてしかたがないという雰囲気になった。オーディエンスも、その精神の高揚感とアップテンポのリズムに酔いしれたところで、小曽根さんのピアノがザーンと主旋律を奏で始めると、もう三人はフルスロットルで加速してゆく。二曲目はデューク・エリントンの名曲“CARAVAN”である。エキゾチックなこの曲のメロディを、小曽根さんは顔をあげたまま弾く。最初は誰でも驚くことだが、小曽根さんはほとんど鍵盤に視線を落とさない。常に、メンバーとアイコンタクトをとって対話をしているのだ。しかし、この親密なアイコンタクトがなければ、ハイスピードでの絶妙なインプロヴィゼーションはありえないのだと小曽根さんは言う。気心の知れたトリオにしても、三人が同時に音をガーンと弾いてぴったり合うのは奇跡のようなもので、しかし、その奇跡が毎回起きるのは、相手の目を見ているからなのだそうだ。アーティストが奇跡だと感じていることに、オーディエンスが感動しないはずはない。The Trioのつくりだすケミストリーは、僕たちを巻き込んでうねりはじめた。小曽根さんの高音域を責め続けるすさまじい速度でのソロ、そして、ペンちゃんのシュアとしか言いようのないフォルテシモでのドラムスのソロ(どうしようもないほど陳腐な表現だがこう表現するしかないのも事実だ)、どちらもため息がでるほど美しい。そして、ドラムスのソロの終わりにあの奇跡の瞬間が訪れる。「ダアン、ダン、ダン、ダン」と主旋律に戻るやいなや、今度は急激にスローダウンしてジーちゃんのベースを短くフィーチャー、そして曲はフェードアウトしてゆく。ラストノートは小さな不協和音でいたずらっぽく…。メンバーも僕たちも思わず笑みがこぼれる。なんてすごい演奏なのだろう。The Trioは、ライヴの冒頭から、全力で僕たちに襲いかかってきた。
03 Stinger (Makoto Ozone)
三曲目は、1997年のアルバム“THE TRIO”から小曽根さんのオリジナル曲「Stinger」である。ピアノで奏でられるブルージーでスインギーなイントロダクションに導かれて、ベースとドラムスが加わる。三人がおとなしくしていたのは最初の部分だけで、小曽根さんが思いっきり自由にピアノを歌わせ始めると、軽やかな音が宙を舞い始める。高音部を使った小曽根さんのインプロヴィゼーションはフェザーのようなタッチで、重力からさえも自由になって舞い上がる。しかしそれは次に準備されたドラマの序章に過ぎなかった。低音域から連続して上昇するピアノの音階にのって、ビート感あふれるベースが加わり、そして絶妙なスティックワークでドラムスがリズムが刻み始めるやいなや、ザ・トリオは一気に加速し、猛烈な速度で対話をはじめる。小曽根さんのピアノは、音の広がりばかりかリズムの速度までも自由にコントロールし、メンバーを挑発する。ふたりは小曽根さんの出す音を笑顔で聴きながら(とりわけジーナスは一緒に歌いながら)、直感的に正確なレスポンスを打ち返してくるから、安心して小曽根さんは思い切り自由に精神を遊ばせるのである。演奏中の小曽根真にとって、指が彼の精神そのものだ。高音域から低音域までを自在に使い、不協和音を多用し、ピアノを打楽器のように使いながら、しかし、曲はあくまでもメロディアスでリリカル。このふたつの矛盾する要素を、これほどバランスよく共存させるているピアニストを僕は他に知らない。むしろ、相反する要素を、自らの中で拮抗させているからこそ、情熱がほとばしりでるのであろう。
やがてベースとドラムスのかけあいとなる。ジーナスはオーソドックスなピチカット奏法しか用いないベーシストだが、その表現力はすばらしいものがある。ジーナスのくちづさむ歌は、ザ・トリオの四番目の楽器ともいわれるほどに有名だが、しばしばメロディを歌いながら演奏に没入しているように見えて、その実、彼はメンバーの音を一番よく聴いている。聴いた上で、自らしかけてくる豊かな想像力の人なのである。クレランスは、また、ピアニシモ!からフォルテシモまで、音の強弱を巧みに使いこなす特別な才能を持つドラマーだが、彼の存在がなければ、おそらく演奏家としてだけでなく、コンポーザーとしても、小曽根真はインスピレーションの何割かを欠くことになるだろう。今やそれほど、高い次元で、この三人は結びついているのである。ジーナスが、あの大きな身体に似つかわしくない素早さでメロディを弾くと、クレランスが繊細なブラシワークで応じ、また、ジーナスがおしゃべりをはじめると言う具合。そこに、おちゃめな小曽根さんが入ってちゃちゃをいれる。一瞬静寂が訪れて曲が止まっても、三人は笑顔アイコンタクトして、あっという間に再起動。目の前で、すばらしいドラマが繰り返されるから、オーディエンスは熱狂せざるをえないのである。エンディングは、ギアがきちんと入って再加速。ミディアムテンポの曲なのに、ここまで熱い想いがきざしてくるのは、この対話の妙を、オーディエンスとアーティストが、きちんと共有しているからだろう。ラストノートのきえたあと、地響きのような歓声があがった。小曽根さん…「絶対いつかはこけますからね、このトリオ。いつもぎりぎりのところまでもっていきますから…。ほんとうにありがとうございました、みなさんにおつきあいいただいて。」会場は笑いの渦になる。
04 Laura (Mercer/Raksin)
「次は、『Reborn』からローラという曲を演奏します。この曲は、ふだんはバラードで演奏されたりしています。もともときれいな曲ですから、スローなテンポで演奏されることが多いんですが、今回はクラレンスがボサノバに編曲してもってきてくれました。」小曽根さんのソロによるやや長いヴァースは、クラシカルな味付け。非常にスローなテンポでさまざまな和音を試し、メロディが立ち上がるきっかけを探しているようでもある。満天に輝く星がそれぞれに音を放ち、それが降ってくるようにして会場を満たすと、音そのものが呼吸をはじめ、その音の連なりがリズムをうみだしてゆく。三人の息がぴったりあい、ちょうどいい速度に加速したところで、小曽根さんが主旋律を奏で始めた。このミディアム・ボッサの聴き所は、やはり限りない軽さで、ひとつひとつの音は極めて美しくくっきりした姿を持つものの、三人の奏でるメロディには重さが感じられない。このようなボサノバもまた、The Trioの独壇場である。ブルースでは重厚な音をじっくり聴かせるジーナスのベースも、この曲ではむしろ軽快そのもの。小曽根さんのバッキングにあわせて、軽やかに歌う。ジーナスがときどき満足そうに上唇を舌でなめる姿が印象的だ。再びピアノに戻ると、小曽根さんは容赦なくスロットルを全開にする。リズムはそのままに、音の密度を二乗、三乗にしてくる。二倍、三倍ではない。二乗・三乗にしてくるのが、このピアニストの天才なのだ。自由にインプロヴァイズするピアノに触発されて、シュアなドラムスとクールなベースがからみつき、驚くべき大音場が形作られているのに、やはり軽快さは全く失われない。ボサノバを自らのものにするということは、こういうことなのだと、僕は思った。ラストノートまで遊び心を失わない小曽根さんのピアノは、少し大人びたやんちゃ小僧のそれであり、だからこそ妙に艶めいていたりもするのだ。なんておしゃれなんだ。
「次はバラードをおおくりしようと思います。我々の二枚前のアルバム『So Many Colors』の中から「Asian Dream」という曲を聴いてください。」
05 Asian Dream (Makoto Ozone) from 「SO MANY COLORS」2001
静かに、リリカルに語り出されるピアノによって、あの名曲が甦る。二年前、このBlue Note Tokyoではじめてこの曲を聴いたとき、総毛立つほどの感動を覚えた、その瞬間を僕は想いだしていた。あの夜、The Trioのあまりにもすばらしいパフォーマンスに感動した僕は、その思いを鎮めるために、南青山から横浜の自宅を目指して数時間をひたすら歩いた。台風が接近していたあの夜、時折雨がサーッと強く降ってはあがったのだが、それがスコールのようで、まさに「Asian Dream」の世界だなと、しみじみと感動したことを昨日のように思い出す。心と身体に刻み込まれた、この曲の美しいイメージは、また今夜の演奏によって上書きされるのだ。今夜も、この曲には雨の匂いがした。この二年の間、世界はテロリズムと戦争の連鎖という、とてつもない悲劇にみまわれた。2001年9月11日、The TrioはBlue Note Osakaで公演中だったし、2003年3月21日、小曽根さんは札幌で塩谷哲さんとのデュオ・コンサートに臨んでいた。悲劇のその当日も、ミュージシャンたちは音楽を奏で続けていたのだ。自らが深く傷つき、心からの涙を流しながらも、渾身の演奏で僕たちを癒す日々を、彼らは生きてきたのである。この「Asian Dream」という美しい曲は、このような彼らと僕たち記憶を、一気に結びつけてしまう。そういう特別な曲だ。祈り…その意味で、この曲は、小曽根さんが新しい楽曲「Reborn」を生み出すモチーフとなっていると言っても過言ではないだろう。悲劇の後に祈るのではない。小曽根真の楽曲には、まず祈りがあるのである。森羅万象に、ランドスケープの中に、なにか大きな存在を感じ、それを慈しみ、それに祈る。「Asian Dream」を聴けば、その小曽根真のメンタリティが、アジア的なもの(それは宗教観であったり、哲学だったりするが…)に根ざしていることを、誰もが確信するに違いない。小曽根さんにとって「Asian Dream」は、非常に重要な楽曲なのである。だから、この曲が、今年のライブに演奏されることは、とても大きな意味を持っている。美しく、ゆったりと…。アーティストとオーディエンスは、同じ記憶の中でつながる。アジア人とアフリカ系アメリカ人との境界はすでにない。それは、クラレンスとジーナスが、深く小曽根真を理解し、愛していることの証左でもあるのだ。祈り…平和への祈りである。
そして、この曲に導かれるかようにして、小曽根さん自身が、自らの記憶に碇を下ろし、クラレンスとの出会いを語りはじめた。
「僕たちが、このThe Trioを結成してもう7年になるんですけど、一番最初に出会ったのが、クラレンスと北川(潔)君です。その北川君が、僕にクラレンスを紹介してくれたんです。実は七年ほど前に、ある船上ジャズフェスティバルがありまして、一週間だけ、makoto ozone trioというトリオを結成したんです。もともとたった一週間だけ、船の上で演奏して、それでバイバイという仕事のはずだったんですけど、最初北川君が、「まーチャンにぴったりのドラマーがおるから紹介するわ」と言ってくれまして、クラレンス・ペンという名前を知りました。彼の名前が僕の人生に飛び込んできたときに、なんか僕はこの人とステディな関係になっていくんじゃないかという(爆笑)気がいたしまして、会ってみると、その予感は当たってましてね。僕は、なぜかこの人にはまだ会ってもいないのに、この人とやると決まった瞬間に、いっぱい曲が出来たんですよ。一週間でほんとうに五、六曲ぐらいばーっと出てきて、(今そのくらいの割合ででてきたら、もっとすごい並の作曲家じゃくなってると思うんですが…)、曲ができたんで、もともとジャズのスタンダードばかりを楽しく演奏しようというクルーズのはずが、僕がオリジナルの曲をいっぱい持っていったんで、彼もびっくりしたそうなんです。しかし、それよりももっとびっくりしたのは、会ったこともない、音を聴いたこともないこのドラマー=ミュージシャンと、僕は会う前から、レコーディングをしてツアーをしようと決めていたんですね。まだ、音聴いたこともないんですよ、会ったこともなかったんです。会ったこともない人と結婚しよう…というようなものですよ。ペンちゃんもずいぶんびっくりして僕のことを「こいつおかしいんじゃないか」と思ったらしい」。小曽根さんがペンちゃんのほうを向いて「ちょっとへんだったね」。すかさずペンちゃんが「バリバリへんだった」。(会場爆笑!)小曽根さん「ばりばり変だそうでございます。なんか、ストーカーされるんじゃないかと思ったんだってね。ちょっと怖かったね。今はもう僕のこと大丈夫?」ペンちゃんがことさら渋い顔をつくって大きく首をかしげると、会場は爆笑と拍手になる。「あとでゆっくり楽屋で話ししよな」と小曽根さん。「ペンちゃんと僕が、僕のリーダーではじめて演奏したときに、ほんとに僕の音楽を、僕が感じるのと同じように感じてくれる人がいたんだということがわかって、ほんとにうれしくて、それがきっかけでお互いがパンとつながったんです。次に、その曲を聴いていただきたいと思います。僕たちの一枚目のアルバム「The Trio」の一番はじめの曲なんですけど、「The Beginning」という曲です。」小曽根さんのクラレンスに対する深い愛と尊敬に満ちたすばらしい記憶が語られ、僕たちは一様に感動した。小曽根真は、このすばらしい出会いの喜びを、オーディエンスとシェアしようとしていた。彼らの音楽を聴いていればこそ、彼らの運命的な出会いも必然であったことが僕たちにも容易に理解できる。神の采配とは、こんのようなものであったのか…それを目の当たりにできる僕たちは本当に幸せであった。
06 The Beginning (Makoto Ozone)
感動は、オーディエンスたちにこのうえない集中力をもたらしてくれる。そして、集中力さえも、The Trioから僕たちへのプレゼントなのだった。小曽根さんがクラレンスとの出会いを語ったことで、僕たちひとりひとりが小曽根さんとその音楽に出会ったあの決定的な一日のことを思い出していた。それぞれの運命的な出会いの記憶が、アーティストとオーディエンスの壁を越えて一直線に並ぶ。愛に満ちてはいるが、すさまじい緊張感がそこにはあった。しかし、The Trioは、その緊張感を楽しむかのように、疾走しはじめる。高音から降りてくるイントロダクションに導かれ、三人のぴったり息のあった高速走行が開始されると、僕たちは、今夜のThe Trioの発熱した感性に飲み込まれていった。正確に刻まれるリズムに支えられて、小曽根さんの情念が爆発する。高速で鍵打される無数の音の連続は、遊び、うねり、壁をつきぬけ、自由自在に変化する。インティメイトなアイコンタクトによって、メロディのありようばかりか、テンポまで自在にコントロールして、高速から急ブレーキを踏んだりもする。三人は、高度なテクニックを、この曲を彫啄するためにふんだんに使い、そのことを心から楽しんでいるのである。ジーナスは歌う。正確なピチカットでベースを歌わせ、自らメロディを口ずさみ、そしてあの大きな身体を理知的にくねらせながら踊る。とてもセクシーだ。そして、ソロが終わり、またあの奇跡の一瞬が来る。ピアノとドラムスが瞬間的にとまり静寂が訪れ、ベースがワンノートだけ低音で空気を揺らすと、また三人が全力疾走をはじめるあの瞬間。僕たちは鳥肌が立ち、思わずためいきと歓声をもらすけれども、それはアーティストにとっても同じことなのだ。The Trioの魅力をあますとことなく堪能させてくれるすばらしい演奏によって、会場は熱狂の渦となった。
07 Doraemon No Uta (Shunsuke Kikuchi)
オーディエンスの歓声をかきけすように、この曲のイントロがはじまる。オーディエンスはみんな大喜びだ。顔という顔が笑顔で輝いている。最終日の興奮と熱狂が緊張感をほどよく解いて、ミュージシャンたちとオーディエンスとが一体になる瞬間が訪れたのである。小曽根さんのピアノも、クラレンスのパーカッションも、ジーナスのベースも、とにかく自由に遊びまくる。The Trioのやんちゃな側面が全開となり、音楽でおもいっきりおどけてじゃれてみせる。カリプソ風のメロディラインがあまりにもふさわしいこの曲は、もう誰のものでもない、The Trioのスタンダードなのだ。開演前、金さんがフォーラムメンバーの席を丹念にまわって、「ハイ!タケコプター」のフレーズを唱和するように指示を出してくれたのだが、やや後ろで聴いていた僕たちがタイミングを図りかねているうちに、金さんがみごとなタイミングでコール。やはり、この人ただものではない。そして今夜は、なんと頭の上に、タケコプターならぬ竹とんぼが回っているのだった。笑い声で会場全体が揺れた。小曽根さんは、一旦ピアノを止めてタケコプターを受け取り、そして鍵打を再開して、あっというまにスロットルを全開にした。底抜けに楽しいパフォーマンスではあるが、ラテン音楽に造詣の深いThe Trioにしてはじめて構築しうる豊穣の音楽がそこには立ち現れた。彼らのリズムは時にサンバのリズムで息づき、タンゴのリリシズムで味付けされる。目にもとまらぬ小曽根さんの指遣いに、天才的なクラレンスのパーカッションがからみつき、挑発する。ジーナスのベースは、ともすれば暴走しそうにもなるふたりの手綱をしっかり握って、しかも自ら低音で歌いだすのだ。それはもう見事としか言いようのない高速での可変的なコンビネーションなのであった。アイコンタクトをとる三人の顔は笑顔。深いところで音楽的に通じ合い、信頼を置いているからこそ出来る遊び心を、僕たちは十分に堪能することができたのである。こうして、オーディエンスの熱狂の中、ファーストステージ楽曲のすべてが演奏された。
「クラレンス・ペン オン ドラムス。ジェームス・ジーナス オン ベース、 ピアノ ドラえもんでおおくりしました。」
熱狂的な歓声と拍手の中、三人が楽屋にさがり、しかしアンコールを求めるオーディエンスの声に応えるように、すぐにまた、ステージに登場した。おそらく、豊かなインプロヴィゼーションによって、一曲一曲の演奏時間が長くなっていたということもあるだろう。The Trioは最後の最後まで情熱的だ。
08 My Foolish Heart (Victor Young)
「それでは、我々のすきなスタンダードで、今回『Reborn』でレコーディングしようかどうか迷って、しなかった曲を(笑)おおくりします。「My Foolish Heart」というバラードです。」ご存じのように、ブルーノート東京では、静かなバラードが演奏されるときには、エアコンさえ止められる。そういう、スタッフの心遣いと音楽への愛情が、毎夜の奇跡的な名演を生み出しているのでもある。先ほどまでの二曲は、とても熱い曲だった。会場全体が揺れ、歌い、踊っていた。それなのに、小曽根さんが曲名をコールした瞬間、あっという間に静寂が訪れるのだ。ミュージシャン、スタッフ、オーディエンスの心がひとつになって、間違いなく世界最高のステージが準備されていた。その幸福をかみしめるように、小曽根さんが静かにピアノを弾き始める。極めてスローなテンポで、リリカルにピアノを歌わせると、これはこれで小曽根真の独壇場。繊細な修飾音がまさに小曽根節で、心の琴線を揺さぶる。それに、ジーナスのセンチメンタルなベース、そしてクラレンスのピアニッシモのブラシワークが加わって、ロマンチックで哀愁を帯びたすばらしい演奏となった。ベースのソロが繊細なピチカットで美しい旋律を奏で、もう一度ピアノに戻って小曽根さんが自由にインプロヴィゼーションの世界に入ると、天上に駆け上がり、地上にきらめきながら落ちてくるひとつひとつの音が僕たちを優しく包み込んで、もう誰もが涙を流していた。僕たちは、今夜のライブの最後の果実を、それぞれの懐に抱きしめていたのだった。
こうして、ブルーノート東京最終日、ファーストステージは幕を閉じた。成功が約束されていたとはいえ、決して予定調和に終わらないThe Trioの名演に、僕たちは心から感動していた。しかし、それでさえも、来るべきセカンドステージの序章に過ぎなかったのではあるが…。
(ファーストステージ終了)
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