佳作ってよく考えたら微妙


今思えば私の19歳の春は可もなく不可もない、そんな日常だったと思う。
人間にコンクールなるものがあったとしたら大賞でも優秀賞でもなく、しかし何もないわけではない、佳作がいいところ、といったような。
とりあえず生きているだけで参加賞がもらえるとしたら、それよりはちょっとだけお墨付き頂いてる、お墨付かせてもらってるみたいな、たまに何かで評価されたりされなかったりする日々。そう、いたって普通。

幸せの沸点がそこそこ低めなコスパのいい人間だと思ってるしそう言い聞かせているので、その頃の日常にはそこそこ満足していたと思うが、2017年3月7日、出会ってしまった。というか、自ら求めて出会いに行ってしまった。

ずっとアイドルだけが好きでアイドルに夢中だった私が、二十歳になる前に違う世界も知りたいと急に心境の変化が訪れなんだか刺激を欲していた。そしてなんとなく応募したスペースシャワーTVの授賞式に当選した。
がしかし、当選したのはペアチケット。ただでさえ友人が少ない私は、音楽ライブ(しかもテレビの観覧)に茨城から2時間かけて4000円かけて一緒に行ってくれる人を探すのに苦戦した。誰もいなければもう行くのは諦めようと思っていたが、大学にたった一人いる友達が一緒に行ってくれることになった。

そんな危機を乗り越え、いざ当日。会場に着くとリーフレットをもらい、見ると今日の出演者一覧が載っていた。それまでアイドルしか通ってきていない私はテレビで見たことのあるアーティスト1.2組しか存じ上げなかった。なかでもクリープハイプは当時アーティスト写真がイラストだった為、顔だけの印象すらイマイチ掴めずにぼやけていた。

「1秒に1組がマッチング」と心の中のマッチングアプリCMが突如呼びかけてくる。思い切ってマッチングアプリに登録したのもたしかその頃だったような。向いてなくてすぐに辞めたな。
とにかく気になったら右へスワイプ、ごめんなさいは左へスワイプ、そんな風にこの授賞式を見ていればいいのさとそのCMが言ってきた。
そして授賞式は始まり、ライブは楽しいけど右スワイプがなかなかできない状況が続く中、クリープハイプが舞台上に静かに登場した。


「鬼」の不気味なイントロが始まる。そして第一声を聴いた瞬間、戸惑ってしまった。あれ、思ってたのと違う?なんだろう、怖い・・・
あえて何かに例えるとするなら初めてセロリを食べた時のような。綺麗な緑でシャキシャキして美味しそう!パクッ・・・ん?香り強くない?苦いというかなんというか、癖が・・・強い・・・!もうしばらくいいかな・・・
そう、一筋縄ではいかせない野菜に似たものを感じた。
次に「5%」が始まり、先ほどの狂気じみた楽曲とは打って変わって静かな落ち着いた曲と尾崎さんのやさしい声。なんだよ、急に優しくしないでよ、余計に戸惑うじゃん。先ほどとはまた違う戸惑いがやってきた。
追い打ちをかけたのは演奏後のバンド紹介時の尾崎さんのコメント。正直一言一句正確に覚えてないし、むしろうろ覚えで自分の都合のいいように解釈し直している可能性が高いので私の胸にのみ仕舞っておきたいのだけれど、その尾崎さんの言葉が当時の私に引っかかり、ゆっくりと右スワイプした。

一口食べてしばらくはいいかなと思っていたのにも関わらず、その日の帰り道にはクリープハイプで検索をかけ、ひたすらに動画やネット記事を漁る日々が始まった。セロリとは違ってもっともっと食べたくなった。育ってきた環境が違うから好き嫌いはイナメナイ。

「HE IS MINE」のライブ映像を初めてYouTubeで見た時、歌詞の意味とか特に深く考えずに聞いていて、最後のみんなで叫ぶアノ場面で最後尾崎さんが「たいへんよくできました」と言ってる場面がとてもアイドルオタク心をくすぐってきてさらに虜になった。そんな風に見られたらもしかしたら尾崎さんは不本意だと思うけど、でも狙ってやってると思ってます。ねぇ策士(NE-TAXI)

「社会の窓」を聴いたときは少しチクっとして痛かった。
「曲も演奏も凄く良いのになんかあの声が受け付けない もっと普通の声で歌えばいいのに」
遠からず少なからずそんな気持ちを抱いた第一印象を思い出しては苦しかった。本当はこんなこと書きたくないけれど、嘘をつくのも違う気がしているので、本当、のことを正直に・・・あの頃を思い出して胸の奥が痛くなる。それは一生この曲を聴くたびに思い出す痛みだと思う。でもなんにも感じないよりはいいでしょう。
こっちという言葉をファンとするならば、あっち側の人たちのことをこんなに正確に刺しにきているクリープハイプは怖いし、でも堂々と歌ってみせる姿に憧れさえ抱き強く惹かれた。


右スワイプしたあの日から2か月後、クリープハイプを見る為に初めてライブハウスに行った。ライブハウスに行く前は未知数過ぎて、日程が近づくにつれただただ暗くて怖い場所だと思い始めて、まるで心霊スポットにでも行くかのような心境だった。調べるとなんだかJRでは行けないみたいだし海の方に向かっていくではないか、まさかやられる・・・?いざ到着し、とにかく人で埋め尽くされた暗い箱のど真ん中に突き進んでいく勇気もなく、ひとり会場の一番後ろの壁の手すりを握りしめて少しでもステージを見ようと背伸びをしながら見ていた。そんな不安もかき消すように、ライブが始まった瞬間からクリープハイプと私の一対一の時間だった。他に何千人といるはずなのに、会場の一番後ろにいるはずなのに。舞台に立つクリープハイプと私しかいないと感じさせる時間で、こんなしょうもない自分でも置いていかないバンドだ、ここが居場所になるかもしれないと根拠のない自信を持てるまでになり、完全に虜になった。次の日の筋肉痛が昨日ライブハウスでクリープハイプと一緒の時間を過ごしたという記憶を本当にしてくれて痛かったけどもっと居たかったことも思い出させてもらえて嬉しかった。

右スワイプしたあの日から、数えきれないほどの初めてをクリープハイプからもらってきたし、世間的に負とされている言葉や感情でも違う見方ができると教えてもらったし、苦しいことも状況でも何か作品に昇華する貪欲さに憧れるようになった。
だからもし今、尾崎さんが「周りのバンドを好きになってクリープハイプのことは嫌いになってください」と逆前田敦子的発言をしたとしても、申し訳ないけどそれはできません。もう引き返せないところまで来てしまった。日々嫌になることがあったとしても、大丈夫、私にはあのバンドがいる。このバンドじゃなきゃだめなんだ。そんな風に思うバンドはクリープハイプだけです。

星5のうち3.2、何とも言えないこの人生を肯定してくれるクリープハイプとともに、これからもっと奥にいってみたい。
末永くどうか。



PS.
あの時一緒にライブに行ってくれた友達へ、感謝してもしきれません。足を向けて寝られません。お礼に男を紹介することは残念ながらできませんが、クリープハイプの曲を紹介することならできるので、また一緒にご飯行きましょう。


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