Novelber2019 01:窓辺

行き交う人。湯気を立てるホルダーつきの紙コップ。ハロー、目の前の真っ白いドキュメント画面――レポート用紙。お前もあっという間にこの行き交う人間よろしく埋まってくれやしないかい。
窓の向こうの人間が一人一文字くらい換算だとしたら、この俺に科せられた一万文字ほどのレポートはたぶん三十分くらいで終わるだろう。いやそれはさすがに言いすぎか?もう気が狂っているのでかなり分からない。
結論から申し上げるとレポートが悪であり、俺は悪くない。結論からすると。しかしながら逃れられぬなんとやらというやつで、哀れ(別に哀れになったつもりはない)な俺はなんと学生なのである。二十三にもなって学生、いかにも訳ありな雰囲気が出てきただろうか。残念ながら全く正当にして残当、それすなわち大学院生という生き物だ。覚えておいてもらえると嬉しい。
と、言っても全ての大学生がこうであるわけでは全くなくて、自分が……その……ある程度……いやかなり怠惰……というか特殊な立ち位置……ありとあらゆる要因が重なった結果、の、これである。と、言い訳だけはさせてもらおう。
コーヒーチェーン店の窓辺の(ほぼ)定位置、電源もあって“分かっている”店員(あるいはバイト)がおかわりいりますか(当然金は取られる)、と聞いてくる、馴染みの場所。表向きの立場的には二学院生なので、いつも実験のレポートに追われている人に見えるんだろう。紫筑大学第四学群は存在こそ公にすれど、その詳しいカリキュラム・業務内容については秘匿されている。人間が感知すると都合の悪いものを相手にさせられているからだ。
最も分かりやすい“神秘”あるいは“怪異”の例として、アルカールカ水族館事件の事案がよく取り上げられる。ひとではないもの。人間に害を為さない限り、特別なカテゴリ“神秘”として丁重に扱われ、一度でも害が発生した瞬間に手のひらを返す。ある一匹の人魚が起こした事件で、それまで少なからず権利を尊重して飼われていた人魚は、特別な事由を除いて飼育禁止になった。特別な事由には「既に飼育下にある」「病気・負傷が認められ外界で生存不可と認められた」などがあり……レポートが、終わらん!
今はそんなことを考えている場合ではないのだ。レポートが、終わらん。
窓を眺めていても何も起こらない。ただコーヒーが冷えていき、パソコンの示す時間が進んでいくだけだ。

ピロン。
学内回線に繋ぎっぱなしのパソコンの、独自チャットシステムの通知音がイヤホンに飛び込む。音だけで誰からのメッセージだか分かるようにしているから、西村一騎は露骨に嫌な顔をした。

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