炎症性発癌とは~IBD~

こんばんは、そふぁーです。
 今回は『炎症性発癌』つまり、炎症が長期化した場合に”がん”になりやすいのか。どのように考え、調べ、対処するのかを書きます。
 とある方のリクエストにお応えした形なので、普段よりも平易さを欠きます。情報を見たうえで判断できる場合にのみ数字は参考にしてください。
 加えて今回は口語体ではなく、文語体で記載します。

1.はじめに

 炎症性腸疾患(IBD)は消化器癌の発症リスク因子であることが知られている。特に潰瘍性大腸炎(UC)では大腸癌を合併しやすく、本邦のみならず米国消化器病学会(AGA)、欧州炎症性腸疾患協会(ECCO)、英国消化器病学会(BSG)などがそれぞれに指針を提示しサーベイランスを行うよう推奨しているが、手法について統一した見解は示されていない。
 本邦では「広範な大腸炎を有する患者に対して、発症後から8-10年経過後に、1年または2年に1度、大腸内視鏡と生検を行う」とされている。
 実際、サーベイランスによって発見された症例は、他と比較して早期に発見され全生存率も有意に長いことが示されている(Hata K et al. Am J Gastroenterol. 2019. 5-year OS: 89% vs 70%; log-rank test: P = 0.001)。

2.散発性大腸癌と同様の考え方で良いか

 散発性大腸癌では分化型の癌が多く、内視鏡的に認識が容易である傾向がある。対して IBD に合併する大腸癌は他の頻度も高く、ステージⅢでの生存率も低い事が示されている(Watanabe T et al. Inflamm Bowel Dis. 2011. In stage III, UC-CRC patients had a poorer survival rate than the sporadic CRC patients (43.3% versus 57.4%, P = 0.0320))。
 実際問題として pit pattern や NBI による観察が重要であり、インジゴやピオクタニンを利用することが現実的である。特にインジゴは異形成の発見を有意に増加させることも報告され(Rutter MD et al. Gut. 2004. There was a strong statistical trend towards an increase in dysplasia detection with dye spraying (7/100 patients v 2/100 patients; p = 0.06, paired exact test))、拡大内視鏡を組み合わせることの重要性も報告されている(Hurlstone DP et al. Endoscopy. 2005)。
 ただし、本邦における調査(Shinagawa T et al. Gastrointest Endosc. 2019.) や欧米諸国のグループが行った調査(Bisschops R et al. Gastrointest Endosc. 2017.)を見る限り、散発性大腸癌ほどの正確性は無い。

3.炎症との関連性

 炎症が発がんに及ぼす影響を論ずる前に、代表的な例を以下に示す。

➀ Manninen P et al. J Crohns Colitis. 2013
RESULTS:
Colorectal cancer was found in 21 patients, the standardized incidence ratio (SIR) being 1.83 (95% confidence interval (CI) 1.13-2.79) for IBD. Colorectal cancer risk was 3.09 (CI 1.50-5.75) for extensive UC, and 3.62 (CI 2.00-11.87) for Crohn's disease affecting the colon.
➁ Bopanna S et al. Lancet Gastroenterol Hepatol. 2017
FINDINGS:
Our search identified 2575 articles; of which 44 were eligible for inclusion. Our analysis included a total of 31 287 patients with ulcerative colitis with a total of 293 reported colorectal cancers. Using pooled prevalence estimates from various studies, the overall prevalence was 0·85% (95% CI 0·65-1·04). The risks for colorectal cancer were 0·02% (95% CI 0·00-0·04) at 10 years, 4·81% (3·26-6·36) at 20 years, and 13·91% (7·09-20·72) at 30 years. Subgroup analysis by stratifying the studies according to region or period of the study did not reveal any significant differences.
③ Jess T et al. Clin Gastroenterol Hepatol. 2012
RESULTS:
An average of 1.6% of patients with UC was diagnosed with CRC during 14 years of follow-up. SIRs ranged from 1.05 to 3.1, with a pooled SIR of 2.4 (95% CI, 2.1-2.7). Men with UC had a greater risk of CRC (SIR, 2.6; 95% CI, 2.2-3.0) than women (SIR, 1.9; 95% CI, 1.5-2.3). Young age was a risk factor for CRC (SIR, 8.6; 95% CI, 3.8-19.5; although this might have resulted from small numbers), as was extensive colitis (SIR, 4.8; 95% CI, 3.9-5.9). In meta-regression analyses, only cohort size was associated with risk of CRC.
④ Fumery M et al. Clin Gastroenterol Hepatol. 2017
RESULTS:
In 14 surveillance cohort studies of 671 patients with UC-LGD (52 developed CRC), the pooled annual incidence of CRC was 0.8% (95% confidence interval [CI], 0.4-1.3); the pooled annual incidence of advanced neoplasia was 1.8% (95% CI, 0.9-2.7). Risk of CRC was higher when LGD was diagnosed by expert gastrointestinal pathologist (1.5%) than by community pathologists (0.2%). Factors significantly associated with dysplasia progression were concomitant primary sclerosing cholangitis (odds ratio [OR], 3.4; 95% CI, 1.5-7.8), invisible dysplasia (vs visible dysplasia; OR, 1.9; 95% CI, 1.0-3.4), distal location (vs proximal location; OR, 2.0; 95% CI, 1.1-3.7), and multifocal dysplasia (vs unifocal dysplasia; OR, 3.5; 95% CI, 1.5-8.5). In 12 surgical cohort studies of 450 patients who underwent colectomy for UC-LGD, 34 patients had synchronous CRC (pooled prevalence, 17%; 95% CI, 8-33).

 上記から分かるように、炎症の強さについては具体的記載が無い論文が殆どである。理由として
1.炎症の強さとは『見たときの』強さであって、継続的でない=指標にならない
2.UC の場合、強い炎症が持続的に続く事は原則として無い(続くなら外科的治療の適用)
3.従って炎症の蓄積の指標として罹患期間を使用する
 という事が挙げられる。しかし、①-④のみならず多くの傍証から炎症が発がんに与える影響は明らかであり早期の寛解導入と維持を目標とする。

➀:広範囲の UC が発がんリスクを上昇させることを報告
➁:44報の報告を調査し10年毎の累積発がん率が上昇している事を報告
③:性差と若年発症、罹患範囲の広さが発がんリスクを上昇させることを報告
④:原発性硬化性胆管炎、未発見の異形成、遠位、多巣性異形成が発がんリスクを上昇することを報告

 では、炎症が発がんに与える根拠は何かといえば”dysplasia-carcinoma sequence"説である( Beaugerie L, Itzkowitz SH. N Engl J Med. 2015.) 。要は正常粘膜が indefinite dysplasia になる際には散発性大腸癌のような APC や KRAS の変異によって腺腫となるのではなく、TP53変異など異なる順序を辿るというものである。実際同様の報告が相次ぎ(Robles AI et al. Gastroenterology. 2016. Yaeger R et al. Gastroenterology. 2016.)、説の正しさが証明されつつある。

4.炎症と遺伝子の関連性はどこまでわかっているのか

 前項で幾つかの報告から慢性炎症が発がんを誘導し、特に再燃と寛解を繰り返す UC では大腸癌との関連が強いことを述べた。これらは臨床的な知見が多いが、in vivo レベルの検討との相関も強いことを以下に述べる。
 実際、多くのがん組織では慢性炎症が頻繁に認められ(Hanahan D, Weinberg RA. Cell. 2011.) 、抗炎症薬の投与は IBD においても発がんリスクを減少させることが示されており、特に5-ASA の報告は豊富である(Bajpai M et al. Dig Dis Sci. 2019.)。炎症で最もポピュラーと言っても過言ではない COX-2 遺伝子を欠損させたモデルでは大腸腺腫の形成率が有意に低下することも報告されていることから、炎症と遺伝子、発がんメカニズムとの関連性は極めて強く示唆されている(Oshima M et al. Cell. 1996.)。
 以上のことから炎症が遺伝子と密接な関連を示していることは明らかである。しかし、これらの他に酸化ストレスなどによるDNA損傷や、IBDと関連が示唆されている遺伝子との相関は不明である。

5.最後に

 IBD は炎症による多岐の症状が QOL を低下させることが問題視されやすいが、治療法の進歩とともに問題は高度化しつつある。特に昨今医療技術の発展が目覚ましく、平均余命の延伸と共に「がんと共に生きる社会」が現実化している。
 UC や大腸に病変を有する CD では CRC に出会う確率が高い以上、リスクを知り対処していく事が求められる。Dysplasia が認められた場合の対処は ①全摘 ②経過観察 であるが、いずれも患者の苦痛は大きい。活動性を有する IBD では、腸管洗浄剤の内服が困難であるケースも少なくない上に、腹痛などの負担が大きい点は一患者としても強く明記しておきたい。
 IBD に限らず慢性炎症は状態を常に観察することは不可能であるため、明確な線引きが難しいという問題点を含む。サーベイランスの重要性は言うまでもないが、患者の受忍性を鑑みると全症例を毎年検査することは現実的でないと考える。

 と同時に、患者さんにお伝えしたいのは専門外である私で上記の情報は頭に入っているという点です。専門医はより詳しい情報を理解したうえで治療提案を行っていると思いますので、不安がある際は遠慮なく聞くことをお勧めします。

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