【各論】IBDと検査~検査の正確性~

 前回に引き続き、今回は検査に関する”正確性”をお伝えしようと思います。これは、他の疾患にも適用できる概念ですので、ぜひご一読ください。

1.検査で使われる単語

 まず、検査の評価に必要な下記の言葉から参りましょう。

感 度:ある疾患の方が、陽性である確率。

特異度:ある疾患ではない方が、陰性である確率。

 実は、この感度と特異度が両論併記されるのは理由があります
 例えば感度100% というと、通常の方はすごい検査だと思うかもしれません。しかし、感度100% 特異度0% ならどうでしょう。その検査は『検査した全員を陽性と判定する検査』なのです。
 ある疾患の方は、全員陽性となりますから 100% です。と同時に、そうではない方も全員陽性ですから、特異度は0になります。このように、ある特定の検査において感度と特異度は対で語らなければ、正しい判断は出来ません
 さらに検査で必要なのは、次の言葉です。

検査前確率:検査する前の集団における有病率
検査後確率:判定が本当であった確率

 これは非常に重要な概念で、例えば、炎症性腸疾患(IBD) のうち潰瘍性大腸炎(UC)は10万人当たり 135 人程度、クローン病(CD)は 32 人程度となっています(2014年、厚生労働省)。
 例えば anti-Saccharomyces cerevisiae antibody (ASCA) と Perinuclear anti-neutrophil antibody (pANCA) という2種類の検査を組み合わせた検査は、UCとCDの鑑別に利用されます。CD に対する感度と特異度(ASCA+, pANCA-, 感度 : 52-64%, 特異度 : 92-94%) です【1】。
 仮に、これを無作為に抽出した日本人 10 万人に検査してみたとしましょう。ちょっと難しいので、分けて書きます。
<<計算面倒なので 感度:60%, 特異度:92%(=偽陽性8%) とします>>

10万人のうち CD:32 名 健常者:99,968 名
検査のうち、CD で陽性:32×0.6 = 19 名
健常者の中で陽性         :99,968×0.08 = 6,998 名
よって + と判定された患者数 7,017 名

 つまり、この検査をスクリーニングとして使用した場合、本当に CD である確率(検査後確率)は 0.3 %(19/7.017) になります。つまり、これをスクリーニングに使った場合、CD ではないにも関わらず CD と間違えて判定され、詳しい検査(内視鏡検査など)を受ける人が 6,998 名も出ます。当然、IBD 専門病院はパンクし、本当に必要な患者さんへの医療は提供できなくなります。
 従ってこの検査はスクリーニングに向かず、UC か CD かの鑑別に迷った場合に使うのが妥当となります。

2.検査前確率を上げるには

 1をお読み頂くと、検査前確率を上げることが重要となることがお分かりいただけるかと思います。そのため、炎症性腸疾患診断基準では、患者さんの症状から適切に抽出する事を求めています【2】。
 例えば、UC では
・持続性または反復性の粘血・血便、あるいはその既往がある
 などが挙げられています。こうした症状がある場合は、内視鏡検査を行い状態を確認しつつ、感染性腸炎など否定すべき疾患を除外することで診断する事が可能です。
 このように、医師が適切に判断して検査することが重要です。

3.IBD における検査の重要性

 でも触れていますが、検査というのは色々な意味を含みます。
 少し場合分けしてお話します。
➀ 寛解維持のとき:血液検査、触診など侵襲性が低く、比較的迅速に行える検査で良い
★寛解維持が可能な時に検査が必要な理由は2点あります。それは
・状態が良い場合に、数値がどの程度か(検査のベースラインを知る
・悪化の兆候を捉える(2次予防
 です。毎回採血されることに抵抗がある方もいらっしゃると思いますが、CRP や赤沈、Alb など IBD の悪化に先立ち変化するバイオマーカーは適宜見ておく方と、軽微な悪化の兆候を捉えやすくなります。
➁ 体調悪化(初日):血液検査、触診、超音波検査、腹部単純X線検査など当日中に判定が可能な検査+培養など
★体調を悪化したとき、いきなり内視鏡検査を行うのは難しいケースがあります。選択肢を挙げると
・大腸内視鏡(Short)
良い点:迅速に可能、直腸を観察しやすい
悪い点:S字結腸までが限界であるケースが多い。大腸全体の評価不可
・腹部超音波検査
良い点:比較的迅速、比較的全体評価可能、非侵襲的
悪い点:検査時間が長い、直腸の評価が難しい、医師・技師共に熟達必須
・腹部単純X線検査
良い点:迅速、全体評価可能、高度狭窄例でも口側腸管の評価可能
悪い点:被曝、読影にやや技術要する、造影無しでは詳細判定不可
・便検査
良い点:感染性の否定が可能
悪い点:増悪時はほぼ血便が認められるため、感染も偽陰性となりやすい
③ 寛解導入中:全検査が選択肢
⇒治療効果判定に必要な検査は適宜行うべきです。

 このように、検査をするにしても場合により様々な事を考えなければなりません。これを判断するために専門医は6年の学部教育に、卒後教育を経て専門性を磨き続けています。

4.IBD にも AI が登場する?

 artificial intelligence (AI) は私よりも、皆さんの方がお詳しいと思います。私が持っている携帯電話にも Siri という AI が搭載されているようで、先ほど試しましたらきちんと答えてくれました。非常に身近な存在になっているようです。
 話を戻しますが、AI は画像診断領域において非常に注目を浴びている存在でもあります。例えば大腸内視鏡を用いた NBI 画像を用いて UC の組織学的粘膜治癒を評価する支援システムがすでに論文で報告されています【3】。さらに最近では、UC患者の内視鏡的活動性評価に内視鏡医の熟練度が交絡因子として問題視されたことを受け、AIが診断支援するシステムを報告しています【4】。
 こうした研究に加えて、日本消化器内視鏡学会が主導する Japan Endoscopy Database (JED) の大型プロジェクトが開始されています。今後、日本中の内視鏡検査が均一化し、取りこぼしの少ないより良質な検査が提供される体制構築のため各位が奮闘しているという点も併せてご報告します。

5.最後に

 ここまで読んでいただくと、検査1つ取ってみても、よくわからないことが多いとお感じになるのではないでしょうか。
 検査の必要性というのは、基本的に患者さんが判断できるものではありません。私も自身が患者として受診する際に、主治医よりも適正な判断が出来ると思ったことはありません。
 重要なのは、主治医が判断した内容をどの程度理解できるかという点です。その一助になるべく、この記事を書きました。
 色々な面で大変な時期ではありますが、2月初頭から申し上げているように正しく怖がり、正しく付き合い、何よりも自分の身体を労って生活していきましょう。

参考文献

【1】Prideaux L. et al. Inflamm Bowel Dis. 2012. PMID: 22069240
【2】令和元年度改訂版 潰瘍性大腸炎・クローン病 診断基準・治療指針 厚労省研究班(鈴木班)
【3】Maeda Y. et al. Gastrointest Endosc. 2019. PMID: 30268542 
【4】Ozawa T. et al. Gastrointest Endosc. 2019. PMID: 30367878

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