第5回MAW茶会レポート ゲスト:さとうなつみさん
マイクロ・アート・ワーケーション(MAW)のその後をゆるゆると追いかけるインスタライブ、「MAW茶会」。静岡県内を旅してもらった「旅人=アーティスト」にお話いただく公開インタビューです。
今回は2023年11月20日(月)に開催した、さとうなつみさんの回をレポートします。
さとうなつみさんについて
さとうなつみさんは、静岡県出身で在住のアーティスト。金沢の大学で日本画を学び、大学院では東京に移って現代美術を専攻しました。学生のときから旅を好み、長期休みになると海外へ行って自給自足する家に居候させてもらったり、農業の仕事を手伝ったり、現地の暮らしに溶け込むような旅を続けていたようです。
近年では、現代に取りこぼされつつある土地と人とが紡いだ歴史についてリサーチし、雑草や植物の樹皮、ご自身の髪の毛などの有機物を使ったインスタレーションを制作、発表しています。
さとうさんがアーツカウンシルしずおかのMAWを知ったのは、御殿場市にある「マンテンゲストハウス(現・noctarium/マウント劇場)」を友人と訪れたときのこと。そこに掲示されていたMAWのポスターがきっかけでした。
大学院を修了して社会人になり、気づけば作品制作よりも仕事の方が忙しくなっていたとさとうさん。そんな状況を変えていきたいという思いが募って参加したMAWは、「作品制作に再び舵を切るためのいい機会になった」と話してくれました。
龍山だから行きたいと思った
MAWは、地域で活動する団体がホストになり、アーティスト等のクリエイティブ人材2〜3人を「旅人」として1週間程度受け入れるプログラム。「旅人」たちは、ホストの活動地域を自由に散策する中で、地域住民との出会いやその地域ならではの文化や歴史などを発見し、その様子をnoteに記録し発信します。
さとうさんは、2022年度のMAWで浜松市天竜区龍山町に滞在。MAWの地図の中から「一番自然に入り込めそうなところ」という視点で選んだそう。
龍山町は浜松市の北部に位置し、人口はおよそ500人。学校もコンビニも宿もない、とても小さな集落です。
県東部を拠点とするさとうさんも、MAWに参加するまで龍山町の存在を知らなかったそうですが、「龍山町以外は考えていなかった」というほど強い思いがありました。
「自然が魅力という地域は他にもあったのですが、一見『何もない』と見過ごされがちな龍山町だからこそ行きたいと思った」
さとうさんにとって、龍山町の静かな地域性が唯一無二の魅力だったのかもしれません。
当初、他2人の旅人と同時期に龍山町に滞在する計画でしたが、当時まだ2類のコロナ禍での体調不良でスケジュールの再調整をすることに。滞在初日にホストの地域案内を受けた以外は、ほぼ1人で行動していました。
さとうさんはそのときの様子を「ひたすら山を徘徊し、宿泊場所に戻ったらその日起きたことを大きな紙に描き留める。そしてその中の一部をnoteに公開する。そんなことを繰り返していたらあっという間に1週間がすぎていました。でもそれが私とって実社会に戻ったときの制作のモチベーションにつながったし、性に合っていました」と、振り返っています。
絵からはじまるコミュニケーション
ぐるぐると山を歩きつづける日々の中でも、数々のおもしろい出会いがあったそう。
「見かけた人に、石碑を描いたポストカードをだして、『こういうの、探しているんです』って話しかけてみると、みなさんどんどん教えてくれるんです。そういう話を聞くのも楽しいし、宿泊場所に戻ってホストのみなさんに『こんな話を聞いたんですけど…』とお話すると、ホストのみなさんも知らない情報だったいうのが分かったりして」。
自分の絵をポストカードにし、それを手にして地域を歩く。このさとうさんなりの歩き方に、ホストの「龍山未来創造プロジェクト」のみなさんも感銘を受けた様子がnoteで記録されています。MAW茶会に急遽ゲスト出演してくださった龍山未来創造プロジェクトのメンバー鈴木千陽さんも、こう語ります。
「なつみさんのポストカードを使った自己紹介は、地域のみなさんにとってその人が何をやっている人なのかが覚えやすかったり、そこから会話が膨らむことも多かったり、とてもよかった。なつみさんの振る舞いから、地域のみなさんと関わる方法について気づかせてもらったと感じています」。
昔から自己紹介が苦手で、「話す」より「絵を描き、絵を見てもらう」ことで他人とのコミュニケーションをはかってきた、というさとうさん。そんな彼女にとって、初めて会う人とはまず絵を見てもらうことが一番しっくりくる方法でした。
今回はさらに見ず知らずの土地であり、山奥であり。「自分の絵をポストカードにして持って行くしかないかな」と思ったそう。
観光地でもなく、日頃から互いを支え合うコミュニティがしっかりと残る地域だからこそ、見慣れぬ人の姿にちょっとした警戒心が生まれるのも自然なこと。
そんなときこそ、いつも使っている「言葉」に加えて「絵」という別のコミュニケーション手段をもつことによって、場の空気をやわらげたり、違いの緊張の糸を緩めたりすることができるのかもしれません。
「記録」と「作品」の違い
MAWの後も、さとうさんは自主的に龍山町を訪れ、地域のみなさんから聞き出したことをもとに昔話の再編成を行うプロジェクトを進めています。道端でスケッチするさとうさんの姿を見つけて「おう、なつみ!」や「どうだ、描けているか」など、声をかけてくれる人がいてとてもうれしいと笑顔で話してくれました。
現在は龍山町でのプロジェクトに並行し、自身の活動拠点である静岡県東部においても、江戸時代の巡礼道を歩き直す「YOKODO33」プロジェクトを進行中。そこでも道中で見た情景を絵で何十枚も描き溜めています。そんな「YOKODO33」でも龍山町のプロジェクトでも共通する自分のスタンスがあるとさとうさんはいいます。
「本などの資料を調べて読んだこと、知ったことをただ絵にするのではなく、私が絶対大事にしたいのは、その話につながる場所に自分自身が必ず足を運ぶこと。そして、そこにいらっしゃる方に実際に話を聞くということ」。
GoogleMapに上がっている写真のように、目の前のものを忠実に描き取るというのではなく、自分が歩く中で「あっ」と思う道中の何気ない風景やポイントを、思いのまま感じたままに描くこと。「それが「記録」と「作品」の違いなのかな」と、さとうさん。
個人の思考や価値観というフィルター(主観)を通しているかいないか。
それが、事実に忠実さを求める「記録」と、個人の表現としての「作品」の違いなのです。
振り返れば、MAWのnoteもまた、「旅人」たちの個人のフィルターを通した地域の姿が、主に「言葉」というメディアをつかって表現されています。
彼らのnoteを読み込むと、よく地域で言われる「この地域には何もない」は本質なのかといつも考えさせられます。
さとうさんの「自分の身体で、その場所に行き、温度とか風とか視覚情報だけじゃないそこで感じたものを作品にしたい」の思いこそが、MAWのその後につながっている動機であり、作品制作の源泉なのだとすれば、たとえそこが1日に何千、何万と人を呼び込む話題の場所でなくても、彼らにとってその地を訪れる動機になるのです。
龍山町のホストを担った龍山未来創造プロジェクトのみなさんは、そのような「これからも龍山町と関わりながら作品制作を行いたい」という「旅人」を再び迎え入れられる受け皿をつくり、舞台や展示といった発表の機会を自主的に用意するなどサポートしています。
地域にとっては小さなアクションかもしれませんが、「旅人」すなわちアーティストたちがこの地を訪れ歩いて表現されるものをとおして、龍山町の新たな町の姿を一緒に考える機会を作る。それもまたMAWの役割なのです。
(プログラム・コーディネーター 立石沙織)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?