アイドルというパフォーマンスに特異性はあるか?

11年前の1週間ほど前、「光貴」として初めてステージに立った。
ステージに立つということを初めてしたのは10歳で、歌も踊りも演技もしたし、それからもレッスンは続き、人前で何かをすることについて自分はそれなりに自信があるとずっと思っていた。
少し大きくなって舞台でお芝居する機会が増え、なんとなくその自信は確固たるものになった。

だけどデビュー前、一度ライブで歌うことになり、その自信は、というか自信と経験があったからこそ、自分が何もできないことに気付いた。
とにかく自分の歌を聴いてみて、これはヤバい、と思ったのだ。
そしてデビューライブは散々だった。イメージしていた「アイドル」のライブはできなかった。

もともと歌やダンスが得意、というわけではなかったが、ミュージカルのレッスンも受けていたし、やってできないことはないだろうと鷹を括っていた。

一体、何ができなかったのだろう。

時々、アイドルの歌やダンスが易しいかのように、言われてしまうことがある。
もちろん個々の事情や背景は様々だが、アイドルがステージに立つというのは全くシンプルでなく、実は複雑な演技をいくつも同時に行っている。
もちろん、他のジャンルステージやスポーツ、各種の仕事や日常生活でも同じようなことが起きているが、アイドルはその複雑性が見えにくいのではないだろうか。

具体的にアイドルのパフォーマンスでは何が起きているのか?
ここで少し分解を試み、11年前、初めてアイドルとしてステージに立つ際に、やるべきだったこと、を一つ一つ考えながら、アイドルのパフォーマンスとは何が特徴なのか、検討してみたい。

(なお、明らかに理論的な言及が必要なテーマだが、あえて読者のために一度省く。気になる方はごめんなさい)

1. 歌う

ここでは、歌を歌うにあたってすべきことが最低2つあることを確認する。

歌詞を覚えることと曲を覚えることである。

普段好きな歌を好きなように口ずさんでいる時はあまり意識しないが、改めて歌手(歌い手)として歌を歌う場合、歌詞とメロディが頭に入っていることが肝要である。

もちろん、決まった歌詞と決まったメロディが歌を歌う上でそれほどまでに大事か、ということは、よくよく考えると単純な問いではない。
表現の上でそれが崩れることもあるだろうし、アドリブのような表現方法もある。
ただ、11年前に自分が立ったステージを例に考えると、そこではメンバー5人で1つの曲をやるわけだし、カバーであるということもあるが、かなり明確に、どんな言葉でどんなメロディで歌うかということにしっかりした基準があった。
以降ここで扱うのは、それに準じるケース、オリジナル曲であっても、として作業を進めていく。

歌詞を、もちろん言葉を見ずに、一言一句、間違えずに歌うというのは当たり前のようでそんなに簡単でない。
頭で覚えているつもりでも、急に口から出てこなくなったり、ふっと歌詞が消えてしまったりする、
しかも、この後みていくように歌詞にのせて歌を歌うのは、複雑なパフォーマンスの中の一部だ。
考えながら、思い出しながら歌うことは、まず難しいであろう。
何をしていても無意識に歌詞が口が出てくるくらい、身体的に叩き込む必要がある。
このことは最後までお読みいただければさらに理解が深まるはずである。

とにかく歌詞は間違えてはいけないのだ。
確か、11年前、筆者も歌詞が飛んだ(歌詞を忘れた)と思う。
とても困ったことに、歌詞の間違いは観客に気付かれる可能性が高い。
無言の状態はもちろん、歌詞や歌を知っていれば言葉の違いもわかりやすいミスとなる。
さらに複数人で歌っているともなれば、ステージ上でも混乱を招くし、間違っていない演者の歌まで間違ったかのように聞こえる。
こうしたあからさまな「失敗」は観客の集中を切ることになる。
決して意地悪な気持ちがなくとも、「あっ間違えた」というノイズを発生させることになるのである。
これは意図された場合を除いてマイナス以外の何者でもない。

そして、もちろん歌詞は歌のメッセージを伝える上でも大きな役割を持っている。
つまり、歌詞を覚えるだけでなく、理解することも必要だ。
ただ「歌う」のではなく、パフォーマンスとして歌う以上、歌詞の持つ意味を自分が理解しておく必要がある。
言葉の意味はもちろん、その背景や語られる内容など、自分なりの解釈を持たなければならない。
また複数人で歌うのであれば、その解釈を共有する必要もあるだろう。
アドリブなど特殊なケースもあるが、勝手に変えることも本来は許されない。

曲についても、同様にメロディや音程、リズムを覚えなければならない。
難しい音楽理論やコード進行を理解することは必須ではないが、歌うために最低限よく聴いて落とし込む必要はある。
よし、覚えた、歌おうと思っても、確認すると、意外なところで間違えて覚えていたということもある。そうした場合は矯正するのも一苦労だったりする。
さらにハモリの場合は、主旋律と自分のパートを理解しておく必要もある。
(ただ、これは混乱するので自分のパートだけを叩き込むということも往往にしてある。)

そうして覚えた歌を、まずは基準に対して間違えずに歌う、これが最低限行われるべき行為となる。
歌割りがあれば、自分がどこをどう歌うのか、ということももちろん覚える。
歌う行為はシンプルだが、重要な分、達成へのプレッシャーもある。

これを遂行するための準備、すなわち練習の方法は人それぞれだが、参考例として筆者の場合を紹介する。

なお、これは11年前には半分ほどしか実行できていなかったと思うので、今現在のやり方として参照されたい。また各手順は、場合によって省略されたり、反対に丁寧に繰り返されたりする。

①歌詞を手書きで書き写して自分用の歌詞カードを作成する。
②歌詞カードを見ながら音源を聴いて曲を頭に入れる(言葉とリンクさせる)。
③歌いながら…歌詞カードに自分なりに気を付けるべきリズムなどを書き込んでいく。歌詞カードを見ずに歌って引っかかる箇所を確認する。
④とにかく歌詞を頭に入れるために何度も書く(デジタルデバイスでも可)。
⑤歌詞と曲を覚えたら歌を録音して練習する。

お気付きの通り、ここまでの「歌う」に表現や歌唱テクニック、さらにこれを可能にするボイストレーニングなどの基礎的な訓練は含まれていない。
分解作業のためにあえて切り離すが、実際には同時並行で行われているということにご留意いただきたい。

2. 踊る

ここでは、1曲まるまる振り付けがあり、歌いながら踊る場合の「踊り」の話をする。

アイドルのダンスや振付は、既存のダンスジャンルに対応せず「アイドルダンス」などと呼ばれることもある。
根底にはヒップホップやジャズ、時にはファンクやコンテンポラリー、バレエなどの要素も取り入れられるが、まさにヒップホップを踊るかと言われるとそれとも違う。
ミュージカルや、歌に合わせたバックダンスなどと同様に歌詞をそのまま表現する振り(アテ振り)も多いが、歌だけでなく演者(アイドル)本人を魅力的に見せるような振りや、観客と一緒に踊る振りなどアイドルダンスに特有と言えるような特徴的な振付も多い。
つまり、そのように振付されることが多いということであろう。

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