何年か前の、特に何の日でもなかったある日、帰宅するとポストに薄い小包が入っていました。差出人はもう何年も会っていなかった学生時代の友人、中には文庫本が一冊。唐突に手元に届いたイギリスの古書店員とアメリカ人女性との文通記録*を素直に読み始めた私の脳裡には、本に描かれた内容(大西洋を挟んで往来する本や手紙が引き起こすあれこれ)の他に、あの人は一体どういうつもりでこれを送ってきたのかというはてなマークと、しかし心のもっとずっと遠くの方で、学生時代に一度読んだきりの、とある書簡集の美しい一節がはっきりとよみがえってくるのを感じていました。
きみは『骨董屋』を読むようにと仄めかしつづけていたが、その言葉が、ぼくを包んでいた気おくれを打ち破ることになったのだ。数日前からぼくは、その本にのめりこんでいる。そのさい、それがつい最近にきみによって読まれたと分かっているので、ぼくには誰かが灯火をもって先立っていて、本の暗い坑道を照らし出してくれているような気がした。ぼくはその灯火について行き、おどろくべき鉱脈がきらめくのを見たよ。(『ベンヤミン/アドルノ往復書簡』ローニツ編、野村修訳、みすず書房、p.8)
私はいてもたってもいられず、この往復書簡集を改めて買いに出かけました。そして、自分もまたこの灯火に導かれているという安心感のまま、その文庫本を読み終えました。未知谷の本を読んでくださった方や興味を持ってくださった方に向けて、本を作って売るだけじゃなく、灯火を持って本の坑道を照らすような何か、どういう形なら提供できるだろうかと考え始めたのはこの時だったような気がします。
今回、著者、訳者の方々にご協力いただけることになり(ありがとうございます!)、noteでチャレンジしてみることにしました。作品を読んだあと、自分と同じように、いやそれ以上にその作品を大切に思っている人の言葉がどこかにないだろうかと探しているあなたへ。また、その作品の奥にあるはずの次の扉はどこにあるんだろうかと探しているあなたへ。そういうものをうまく探せずにがっかりしていた私のようなあなたへ。未知谷から小さな灯火となるような手紙の数々を送れたらいいなと思っています。
(編集部・伊藤より)
*『チャリング・クロス街84番地』ヘレーン・ハンフ編集、江藤淳訳、中公文庫
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