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[マハン]海上権力史論の話

はじめに

 今回は地政学でシーパワーの必要条件を見ていきたいと思います。その為、アルフレッド・セイヤー・マハン著の海上権力史論を取り挙げる。最近、国際政治学者の藤井厳喜先生が取り挙げたことでご存知の方もいるかもしれません。重要なことが書かれてる第一章をピックアップします。

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アルフレッド・セイヤー・マハン

時代背景の移り変わり

 マハンは過去の先例を出しながら、軍事的な観点で説明しますが、それはガレー船と蒸気船とでは戦法がかなり異なるということを強調する為です。具体的な違いとして以下のようなものがあります。

・ガレー船は敵の船に乗り込みをかけて戦う戦法を取ることが多い
・蒸気船は長距離弾道兵器を搭載し、射撃を基本とした遠距離攻撃の戦法を取ることが多い
・ガレー船と比べ、蒸気船の機動力は天候や人力に左右されない

シーパワー6原則

マハンはシーパワーに6つの原則(principal conditions)があると定義してます。
1.地理的位置(Geographical Position)
2.海岸線の形態(Physical Conformation)
3.領土範囲(Extent of Territory)
4.人口(Number of Population)
5.国民性(Character of the People)
6.政府の性格(Character of the Government)


具体的な話は後述しますが、端的に説明として以下のようになります。
・地理的位置は海に面して、交易をおこなう港が整備されてるかの話。
・海岸線の形態は海から陸にかけて流れる河川利用の話。
・領土範囲は領域ではなく、海岸線の長さが重要という話。
・人口は海岸線の人口や交易に関連する雇用人口の話。
・国民性は海洋国としての利益追求をする国民性の話。
・政府の性格は政府、役所、時の権力者が海洋国へと発展する道に及ぼす影響の話。

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地理的位置(Geographical Position)

簡単な要点のまとめ
・陸からの脅威に対して、常時備える必要がない
・海上交易の要所を確保し、自国船を守る海上兵力を準備する
・一級の軍艦の補給と整備が可能な港の整備
・海上交易路を守ることは必ずペイする
・パナマ運河を建設すべき理由

陸からの脅威に対して、常時備える必要がない

 まず、陸上で自身を守ることや、陸上における領域の拡張に専念する必要性のない立ち位置であれば、目を海上に向けることが可能であり、陸上に勢力圏を置く国より優位性があると述べてます。フランスやオランダは大きな軍隊の維持や独立を維持する戦いで疲弊してました。このことからフランスやオランダよりも英国がシーパワーとしての強みが優位に働くとマハンは主張してます。加えて、陸上国の富が戦いを通して、消費されるともマハンは述べました。

海上交易の要所を確保し、自国船を守る海上兵力を準備する

 マハンはフランスの海上兵力の分散(東洋艦隊と西洋艦隊)がジブラルタル海峡で通過の際、頻繁に損失のリスクや実際の損失を被ってきた経緯から海上交通路の要所の確保の重要性も指摘してます。逆に、英国は海上交通路の要所を抑えていたことから損失リスクは大幅に軽減してました。マハンはフランスを例として、米国の海上兵力の分散が合流する要所の話を持ち挙げ、大幅な迂回をしないといけない現状は米国の弱点と指摘してます。マハンは米国が二つの海に挟まれてることは大きな弱みともなりうるし、広い海による海上交易の利が働くと説いてる。「広い海による海上交易の利」は仮想敵との距離が遠いメリットを示しているが、仮想敵が近い場合のデメリットとして通商破壊(フランス語のguerre de course)に晒されやすいことを挙げてました。これは民間の通商船は基本的に防備がないためであり、小規模の軍備をもつ軍艦が必要になります。これには民間の船は近くに避難や応援が駆けつける場所が必要であり、その海域における自国の軍艦や、友好関係にある港が担保します。

一級の軍艦の補給と整備が可能な港の整備

 軍艦が鉄製の蒸気機関船の時代に入り、石炭補給と整備港の重要性が増しました。友好関係にある港は常に同じ場所にある為、石炭時代のクルーザー級船舶の補給網として真価を発揮します。地理的位置における地の利は兵力の集中というメリットの他に仮想的敵に対する作戦を行う基地としても機能すると述べてます。帆船の時代と比べ、蒸気船の登場や港の改良により、海峡(channel)の通過が容易になったが、船の進化で手入れをするだけの技術と要員が存在する港を基地として利用する必要性が現れました。

海上交易路を守ることは必ずペイする

 最大のポイントは海上交易です。大英帝国の例で自国の海岸に兵力を集中させたことで地の利を犠牲にしてきた側面がありました。一方で、植民地統治システムの構築で海上兵力の増強数よりも、海上交易船数が劇的に増えたことにより、失うものよりも得るものの方が上回った為、交易が国益に繋がったのです。海上交易がペイすることが語られる背景には、先駆者として米大陸に上陸したスペインの話があります。スペインは金銀といった高級資源を採掘する目的だったのに対して、大英帝国は交易を主体とした目的でした。スペインは短期的に莫大な利益を上げていたが、英国は中長期的に採掘された金銀を交易を通して手に入れることから英国の方が一枚上手だったと言えます。

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パナマ運河の図

パナマ運河を建設すべき理由

 時系列の説明をするとフランスによるパナマ運河建設が難航していた時にこの本が執筆されました。当時の米国は通商の中心地に港がない為、地理的位置関係から通商破壊が難しいが、同盟国に港の使用を求める必要がありました。おまけに、太平洋と大西洋に面していても、海からのルートでは大幅な迂回を強いられてました。しかし、パナマに運河が建設されれば、話は変わります。パナマ運河建設は元を辿るとスペインが構想し、フランス主導(スエズ運河会社)が挑戦したが現地の流行り病である黄熱病の蔓延、工事の技術的問題、資金調達等の問題で1889年に倒産する。と言った時代に書かれた本です。本が世に出た後も1892年のパナマ運河疑獄事件で政治的にもとん挫したりと中々前進に苦労がありました。ただ、重要なポイントはパナマ運河建設の意義をこの本から学んだセアドア・ルーズベルト大統領を建設に踏み切らせる影響力を及ぼした点でしょう。ちなみに、マハンは運河無きパナマに対して厳しく評してて、「カリブ海の終着、地元交通の場、良くて未完成の交通路」と述べました。マハンは他に戦争に対する不準備が米国の弱みであるとも述べていて、パナマ運河建設を通して敵からの守りと一級の軍艦を修理できる組み合わせの港に軍艦を持ち、海を勢力下に置く必要があることを述べました。

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海岸線の形態のイメージ図

海岸線の形態(Physical Conformation)

簡単な要点のまとめ
・海岸線の形態と河川が接続され方で進出範囲が決まる
・海洋国が戦争状態になると国家を支える貿易が崩れる
・制海権の確保の必要性

海岸線の形態と河川が接続され方で進出範囲が決まる

 海岸線の形状と河川の接続で進出する領域が決まる話はミシシッピ川やハドソン川が例として持ち挙げられました。河川の流域では繁栄するのは海に繋がってるからであるという主張です。他に海岸線の形状で深水港(deep water port)が整備されやすいと述べました。豊かな農業と水資源を持つフランスの海岸線の形態が米国と酷似していた為、マハンはフランスが持つ国土の豊かさが米国でも再現されてると述べてます。

海洋国が戦争状態になると国家を支える貿易が崩れる

 海洋国が戦争状態になると国家を支えていた貿易による収益分の税が消えると述べてます。これは漁業と貿易が干上がり、加工場(workshops)も閉じ、仕事も停止するからです。マハンは英国とオランダの1653-1654年の戦いが例として登場し、その閑散ぶりを「港は船のマストの森と化し、国中が物乞いで溢れ、道に草が生え、アムステルダムの1500家に賃貸者がいない状態」と評してます。貿易に関して他に船作りの材料が多くあることや、他の最低限の投資で非常に儲けが出やすいことは民間の関心事であったと述べてます。

制海権の確保の必要性

 マハンは制海権の確保も指摘していて、イタリアの例で細長い半島の山脈で二つの細い地区(narrow strips)で分かれてることを指摘し、海岸線の形態を改造して、そこから港に繋がる道があるが、完全な制海権を確保できていないと述べてます。その為、連絡手段(communications)を保障(secure)できないのです。これはどこから敵が攻撃を仕掛けてくるかが予想できないことに起因します。しかし、十分な海軍力を駐在させることで深刻な連絡手段と基地へのダメージの最小化を計れます。海に面し、囲まれ、更には国を2地区以上に分断する場合、制海権の管理は必須になります。このような海岸線の形態はシーパワーとしての誕生や力を与えるものであると同時に国を無力化させるものでもあります。マハンはフロリダ州の海岸線の形態も似ていることを述べ、攻撃されやすい特性を説明してました。

領土範囲(Extent of Territory)

簡単な要点のまとめ
・領土範囲は領域ではなく、海岸線の長さが重要
・マハンの南軍が海軍を持っていないと記述した話

領土範囲は領域ではなく、海岸線の長さが重要

 マハンは領土範囲は領域ではなく、海岸線の長さが重要と述べてます。南北戦争の例を用いて、先の二つの条件を実際の領土と照らし合わせた上でシーパワーになる素養を持っていた南軍がそれを生かしきれなかったことによって、領土範囲が小さくなったと述べてます。この項目は他項目と比べ、非常に短かったので、気がかりな記述を取り挙げます。

マハンの南軍が海軍を持っていないと記述した話

 マハンは南軍が海軍を持っていない記述をしてますが、これは間違いである。南軍も海軍は持っていました。それも北軍と同レベルの技術力です。ただ、南軍の海軍規模や重要性の扱いは北軍が優れてた点では正解です。

 南軍にはCSS Virginiaという船橋部分が鉄製で船体が木製の蒸気機関の軍艦がありました。北軍も南軍も蒸気船の開発をしており、南軍のCSS Virginiaは木製の海上封鎖船との戦闘記録も残ってます。北軍と南軍の鉄製蒸気船が五分五分の戦いを繰り広げ、木製蒸気船が撃破されることが多くなり、鉄製の船の時代の幕開けを象徴する転換点と言えます。合衆国側では90隻の海軍艦艇が戦争開始時に保有してました。蒸気船の積極活用や長距離弾道兵器の搭載技術の差で勝っていて、戦争拡大に伴う将来的な需要により、生産力が更に上がる状況でした。他にも北軍の心配として、英国海軍の介入に対する恐れもあった為、海上戦力は怠らなかった背景があります。あと、錦の御旗(noble cause)を立て、(人種の話)で英国の介入を防いだ説も介在するが、これは別の機会に話すことにします。

人口(Number of Population)

簡単な要点のまとめ
・海岸線の人口や交易に関連する雇用人口
・技術的潜在力
・旗の下での統一意識

海岸線の人口や交易に関連する雇用人口

 主に交易船とそれを守る軍艦の補給関係者のことを指してます。船員以外に多大な人員が海軍物資の製造・修理を担います。他物資も同様です。その人口が整ってるところから始まります。マハンは海岸線の形態における人口の配置や交易商に関連した産業はこの本が執筆された頃はないに等しかったと述べてるが、ここは確認が必要です。おそらく探せば、あるにはあったはずです。

技術的潜在力

 先程の人口は技術力の優位性を保つ為にも重要な役割を果たします。最新の軍艦や兵器は作られるまで長い期間を要する為、敵が準備できる前に攻撃をすることで優位性が保てます。マハンは英国の技術分野におけるリーダーシップが技術的潜在力を与えてることが忘れがちであると述べてます。その技術的潜在力が鉄製の蒸気船への対応力として現れ、戦争の際はその余剰人員である船員や技術職は武器の海運に回せます。こうした潜在力(reserve strength)の要素である管理力、次に海上交易を主体とした人口、技術力、富も上がります。後世でいうところの合理的選択理論的発想で技術的潜在力によって、戦いを挑む合理性を削ぐ形で戦争の抑止効果も含まれてるのではないかと思いました。

旗の下での統一意識

 マハンは「旗の下」ということにも触れていて、一つの旗の下に対する忠誠心と捉えることのできる共同体認識があります。旗に共鳴する(attached to the flag)船員が自国生まれでも海外生まれでも戦時に力になります。1000人を超える外国人が軍役を認められた瞬間から艦艇の乗員になるまではそう長くはないと述べてます。これは旗の下で戦う意識を共有してることを示唆している。通商に関しても旗の下で行われる為、旗の下で通商活動を行うにあたっての力にもなります。

国民性(Character of the People)

簡単な要点のまとめ
・国民の目的が海上交易を通した利益追求

国民の目的が海上交易を通した利益追求

 マハンはシーパワーの国民性の特徴として、海上交易を通した利益追求と結びついてると述べてます。シーパワーの素質を持ちながらもなれなかった過去の例としてスペインとポルトガルが持ち挙げてました。スペインの地理的位置とよく整備された港、新世界で100年ほどの間挑戦者がいなかったこと点でスペインがシーパワーの座を取るとみられてました。ここまでのスペインとポルトガルに対するマハンの評価は「大胆または勇敢(bold)、企業心に富んだ(enterprising)、度を越さない(temperate)、苦しみを忍び(patient of suffering)、やる気が持ちながら国家感に恵まれてる(enthusiastic, and gifted with national feeling)」と評価しています。しかし、スペインらは健全な発見や冒険ではなく、不健全な金銀といった目的追求があったとも述べてます。交易ではなく、資源の略奪で富を形成してたのだ。国内生産(本土の生産力)でスペインは毛糸、果物、鉄の生産量が少なく、製造業も大したことがなく、産業は苦しみ、人口が緩やかに減少してました。スペインとその属地は生活用品に至るまで多くをオランダに依存しており、生産力の低さから価格競争で負けていました。こうした生産力の軽視の観点で製造業を強みとした英国と交易を強みとしたオランダに服のみならず、ありとあらゆる商品、日用品、塩魚、穀物に至るまで依存していたと主張してます。ポルトガルに至っては採掘したブラジルの金を対価として支払っていた為、事実上、イギリスに富を吸われる状況でした。交易の範囲の拡大と資源利用の最大化の過程で船もより多く作られるようになり、スペインとポルトガルが没落するスパイラルに入ります。マハンは交易をする性格や交易で取引されるモノの製造がシーパワーとしての発展するにあたっての国民性で最も大事な特徴であると述べており、中長期的な利益追求をした英国がシーパワーとしての国民性が伴っていたと読み取れます。

政府の性格(Character of the Government)

簡単な要点のまとめ
・外地の統治管理能力と外交の重要性

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ボストン茶会事件

外地の統治管理能力と外交の重要性

 マハンはシーパワーとしての発展過程で政府、政府機関、時の権力者の影響すると述べてます。政府の性格が賢く(wise)、活気があり(energetic)、辛抱強さ(persevering)がある前提で、その品行は知的な意思の力(intelligent will power)になり、成功を収めると述べてます。逆もしかりで、その場合は失敗に終わります。オランダの場合、海から得られた利益がはるかに影響力が強かったが、政府の政策はそれに見合うものをとらなかった為、英国が優位に立つことになりました。シーパワーの観点で成功してるところを観察すると政府が巧みな指導力があってのものでしょう。

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チェサピーク湾の海戦(フランス対英国の海戦)

 他にも、国民の意思が合致することも大事です。これは外地の統治管理下にある民も同様です。本土以外の外地を持ち、その土地の資源利用の最大化を計る能力のある指導力を持つ場合、外地は拠点として利用するのも良いと述べてます。但し、外地の現地民が忠誠心を誓う場合に限ります。統治管理の失敗例として米独立戦争が挙げられました。人口の多さもそうですが、重税を負わせたことも統治に悪影響を及ぼしてます。英国の米領統治管理の失敗は税の話が大きいだろうと個人的には考えてます。政府の知性や策略は外交でも見られる書き方がされてます。恨みを買い過ぎると別件で団結をされてしまうという話です。米独立戦争の援軍に駆けつけた国々はまさしくそのパターンでした。米大陸英領の内政的な事情(統治管理の失敗)、外交的事情(恨みを買い過ぎた)、経済的事情(重税)もあって、米国として独立されてしまいます。独立されるということは外地の拠点を失うことですからシーパワーとしての損失もかなり大きいことは容易に想像が出来るでしょう。

まとめ

 マハンの海上権力史論では、自然条件(地理、海岸線、領土)から始まる分析に人口や国民性とそれを統治する政府の話をしました。当時の国際情勢と照らし合わせると内容がより鮮明になる本だと思います。パナマ運河建設の難航の中で書かれた本が後に大統領になる人物に読まれ、自然条件を人為的に突破してしまった意味でマハンの海上権力史論は歴史を動かした本だと言えるでしょう。一部細かい事実と異なる記述があったので、ツッコミを入れて置きましたが、インターネットでファクトチェックができない時代に書かれた本ですので、そこは大目に見るべきかと思います。残りの内容を読みたい場合は直接入手して読む方が速いので、そうしていただければと思います。

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#国際政治

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