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5.好奇心の種

好奇心旺盛な人は、新しいことに躊躇しない。成果は二の次で、ともかく動き出す。貪欲で行動的。そのキャラクターは、なんだか面白い。ただ、手を出してはみたものの、道半ばで投げ出してしまったものも少なくない。だけど経験してきたことは、けっして無駄にはならない。後々なんらかの形で回収できることも多い。
好奇心がうずく動機はいたってシンプル。“面白そう”という感覚。飽きずに取り組める何かに出会えるかどうか…。それは運まかせってところもあるかもしれない。探し続ける生涯というのも悪くないけれど、熱中できる何かを見つけて極めるってところまで行けたら、人生はより楽しい。これを続けなさいと、誰かに強制されるってのは少し違う。やってみたいと感じられるものを自分で見つけるのが理想だ。

当たり前だけど、時は止まってくれない。僕らは、生まれた瞬間から終わりに向かっている。劇的に成長する子供時代は、新しい出会いから影響を受け、日々変化していく。大人になるにしたがって、その変化は緩やかに感じられる。だけど1秒は1秒。常に同じ速度で進んでいるんだよね。体感の違いは、1秒の持つ意味が変わるのだろう。
「これはおそらく、こういうことでしょ?」って、経験値が上がってくると、予想の段階で判断を下してしまう。合理的だけど、なんだか面白味に欠ける。やってみて意味を知ることも多いはずだ。今思うと、僕もやらなかった後悔がけっこうあるなぁ。大人になって、未知へのトキメキが少なくなってしまうのは、なんだかつまらない。子供の頃のアクティブさをなんとか保っていきたいね。

僕が好奇心を自覚したのは、転校を経験したことが大きい。
1970年、小学校3年の終わりに、東京の十条から東京都下の町田市へ転居することになった。大人である親にとっては、住む場所が変わる程度のことだったかもしれない。でも子供だった僕には、そんな単純なことじゃない。これまでの生活環境が一変するというのは、かなりインパクトの強い出来事。仲良く遊んだ友達と、突然、別れなければならない。なんとも理不尽な話で、子供の僕には、たやすく理解出来ることじゃない。寂しさと不安がいっぱい。初日の自己紹介は、さすがに緊張したなぁ。だって知らない人だらけの中にポンッと放り込まれるわけだからね。僕からすれば全員が知らない人。あちら側に待ち受ける新しいクラスメイト達は、時間をかけてすでに関係を築いてきている同士。どんな毎日になるのか、まったく想像がつかなかった。
でも、いざ新生活が始まると、すぐに楽しくなってきた。遊びのルールやあだ名の法則なども違う。前の学校とは明らかに異なった文化があって、それがとても新鮮に感じられた。
当時の町田市は、新興住宅地として急ピッチで開発が進められていた。その古さと新しさが混在した不思議な風景は、小学校4年になった僕をワクワクさせた。
辛かった別れは楽しい出会いで帳消しになり、新しく触れるあらゆるものに刺激された。知らない人たちに囲まれて、知らないことだらけの土地。新しい友達の名前を覚え、知らない道を次々に解明していく。今風に言うと、自分がヴァージョンアップしていくような感覚。
そのまま前の学校で日々を積み重ねていったとしても、もちろん新しい出会いや出来事があったはずだ。ただ環境が激変することによって、未知のものと出会う経験がわかりやすい形で僕の身に起こったということだ。これをきっかけに好奇心の扉が開き、今に続く生き方の基礎が作られたんだと思う。

好奇心は、僕の心の最前列で羅針盤のような役割を担っている。今でもそうだ。退屈なら視点を変える。ワクワク出来なければ、理由を考え改善を模索する。環境が悪いなら手直したり、時には根本的に再構築なんてこともやってみる。変化は怖いことじゃない。むしろ停滞する方が怖い。思考を柔らかくして、新しいことに目を向け、手を動かす。それによって広がる自分自身の枠は、人生を楽しく豊かにしてくれる。
たとえ親の都合といった外的要因であっても、環境の変化によって吹き込む新風は、成長の糧になるだろう。まだ知らない新しい自分を見つけるチャンスだ。未知のものを恐れず、心を開いて世の中と接して欲しい。好奇心の種を芽吹かせ育てて行くことは、もしかすると人生の根幹かもしれない。少なくとも優先順位の高い重要事項だと断言しておきたい。

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