オートリバース──エメラルドグリーンの夏




※ラジオ小説オートリバースのネタバレを含みます

オートリバース ディレクターズカット版 https://radiko.jp/rg/special/autoreverse/







 また彼らに会えると聴いて、もしかしたら、今度こそはとありもしない期待をしてradikoを起動した。

 結論から言うと残念ながら今回も高階は病に倒れ、高階の母はカワニシに騙され、どこまでもカワニシは最低なヤツで、ヒメは最後まで可愛かった。


 親衛隊の仕事は「守って育ててスターにする」こと、そして親衛隊は「努力が報われる場所」。それに本人に会えると言うなら高階も直も入らない手はなかっただろう。そもそも隊に入ったことは悪いことではない。


 それにしても最初から最後まで直は一貫して優しい男だった。親の都合に振り回され、オートリバース式に進む世の中にうんざりしていながらも目の前の相手に真っ正面から向き合い、その相手を尊重できるのである。

 転校して早々に喧嘩を挑まれた高階の目が綺麗な青色に見え、彼氏に浮気されていたヒメを「(浮気相手)全然ブスだよ 知らないけど」と不器用に励まし、暴徒化した親衛隊の連中ですら「自分のためにやっている」のだとはっきりと否定しなかった。

 そんな心優しい直がいちばん大切にしていたのが高階である。単純な応援や警備では済まされなくなった親衛隊の指揮を執る高階を、自分とは目指す方向が変わった高階を、直は一秒たりとも見捨てなかった。高階が自分の隊にいちばん身近な直を誘わなかったのは彼の優しさが伝わっていたからだろう。

 高階は転校してきたときからどこか遠い未来を見ているような、地に足をべったり着けずに渡り歩いてきたような人物である。「転校してきたら挨拶」という唐突な理不尽を飲み込み、向かうべき相手を瞬時に見極め、前に前に進んでいく。直とは反対の男だった。

 とはいえ、高階とて優しくないわけではない。アイドル誌を透かしてロマンスを感じたり、ヒメに惹かれた直を否定しなかった。ラジオ小説の中では描かれなかったがきっと母親のことも大切にしていたのだろう。母親は直がいちばんの「ダチ」であったことを知っており、再婚相手の暴力から母親を庇い、母親自身も息子に纏わる大事な連絡をすぐに直にしたことからの推測であるが。



 このラジオ小説の中ではオニヤンマ、海、グリーンフラッシュ、蝉の声、といった具合で度々自然の描写がある。都会で起きる暴力ばかりの学校生活や親衛隊の喧騒から離れた伸びやかな自然の描写がオートリバースの世界へぐっと引き込まれる要素である。

 海ではヒメと直とのシーンが印象的だろう。しないよ、と言ったあのシーンだ。親衛隊のトップ三谷の彼女であるヒメと高階隊にも誘われなかった、学校に通いながらコイズミの応援をする直。掴めそうで掴めない、絶妙に似ていて、どこか似ていない、そんな2人である。身分違い(誇張しすぎ)の危険な、儚い恋だけが海辺と山手線という対極を越えて描かれる。

 高階の最期、直がヒメに依頼し実現した高階とコイズミの淡い逢瀬。女神に奇跡は起こせなかったがカワニシに対しても、学校で高階連れてこいと言われたときも、直は高階に対することだけには強い感情を持って自分のプライドも棄てて向き合ってきた。良いやつだなぁ、友達にしたい。


 さて、そんな直の胸に空いた穴は誰なのか。


 オートリバースが再び配信されてから改めてよく考えるようになった。私が惹かれた、繊細で儚い、風が吹いたら飛ばされそうな男の穴を開けたのは誰なんだ。



 単純に考えたら高階ということになろう。

 似たような境遇で出会い、同じアイドルを好きになり、一緒に応援してきた高階。自分を置いて手の届かないところまで飛んでいってしまった高階。変わっていく中で病室の2人はゲームセンターに居るときのような穏やかな空気が流れていた。



 そしてもう一人思い付くのはコイズミ。

 親衛隊でも、やはり1位になった国民的アイドルなのだから簡単には会えないだろうし実際に高階の最期にコイズミは間に合っていない。私達が画面越しに担当を見て思うような「会いたい」の向かう先にアイドルがいる。男子高校生の列記とした感情だろう。




 ここで私が唱えたいのは「ヒメ」である。


 豹変していく親衛隊を見ながら、その先頭を走るダチを見ながら、元気のないコイズミを見る。その隣に来てくれたのはヒメだった。

 ヒメは「怖い」や「変わっちゃった」という素直な気持ちを、彼氏には言えない本音を直にぶつけてくれた。そうして直は独りになってしまった心に寄り添ってくれる人を見付け、自分の感情が間違っていないと確認できたのである。

 自分が親衛隊から抜ければ必然的にヒメとの接点を失い、会うことも連絡を取ることもなくなってしまう。直はヒメが発した「好き」を「うん」と返したが例え隊から抜けても、カワニシ辺りが居場所を嗅ぎ付けてくるだろうし、ヒメと2人で幸せになる未来が見えなかったからだろう。

 好きなのに。お互いに思いあっているのに。好きを受け入れてはいけない。一緒に居たいのにいれない。そうして彼の心にヒメが穴を空けのだと考えた。


 海や夕陽が描かれた衣装で歌うドラゴンフライは格別なものがある。所謂''お下がり''なのにこの曲のためにあるような、切なくて綺麗な衣装である。


 この歌が、この作品が、5人の未来へ向かう羽になりますように。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?