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文字書きさんに100のお題 069:片足

新しい家族

 家の猫はいつも片足を僕の腕に引っかけて寝ている。クリップみたいに僕を挟む格好だ。
 以前は胸の上に寝ていた。胸が重く苦しいので目を覚ます。猫がどーんと上に載っている。僕が猫を排除する。猫が腕から僕の上に這い上がってくる。毎日この静かな攻防を繰り返し、決着がついたのがこの形だ。
 猫のひんやりとした肉球は、夏の暑い夜に心地よい。ときどき温まってぺったりした感触になるのもよい。猫の肉球には夢が詰まっている。肉まんの皮と親戚なのかもしれない。
 あいかわらず猫は僕の上で寝ている。マウントを取らないと気が済まないのか、僕に依存しているのか。僕が突然このワンルームマンションに帰らなくなったら、猫は死んでしまうだろう。だから僕に気を遣って、毎日ぺったりしているのかもしれない。
 車のステッカーに「家に猫がいます」というものがあって、僕はなぜ猫の下僕であることを主張するのだろうとおかしかったのだが、あれは飼い主が事故に遭って家に帰れなくなったときのサインなのだという。なぜ「家に犬がいます」のステッカーがないのか。犬は吠えるからか。一瞬で答えが出る。
 猫は実家からもらってきた。実家から「猫を飼いました」と子猫の動画が送られてきたとき、僕は嫌な予感がしたのだ。前の猫も親が真夏にクーラーもかけずに外出し、弱ったところを僕が引き取っていた。そして猫が死ぬまで僕が面倒を見た。
 かわいいからといって安易に猫を飼ってもらいたくない。が、親は子猫を見ると喜んで引き取ってしまう。そして飼いきれなくなった親が僕に猫を押しつける。というか、僕が見かねて猫を家に連れてくる。野良猫なのであまり長生きしない。これで猫を引き取るのは三度目だ。僕は猫を連れて帰るなと親に釘を刺したが、たぶん親は聞いていないだろう。僕の家はワンルームマンションなので、猫を引き取るにも限度がある。親に子猫と出会わない呪いをきちんとかけておかなければならない。
 一人っ子なのによくできた子供だと言われてきた。親が子供だと子供は大人になる。家に誰かひとり大人がいないと家族は回らない。親から離れるため、高校を出てすぐに料理人になった。おかげで猫の餌には困らない。
 猫の片足の感触を感じながら、そろそろ人間の足が身体に載ってほしいと考える。子供のえくぼがついたぷにぷにの腕でも、女の子の白くて冷たいお尻でもいい。猫のやわらかくあたたかい毛を撫でながら、僕も家族が欲しいと思えるほど大人になったんだな、と感慨にふけった。

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