「ぼくのお父さん。」(投げ銭)

今日は授業参観日だ。お母さんが風邪でこれなくなり、急きょお父さんが来てくれることになった。ぼくはお父さんが大好きだ。お父さんの大きな背中はとても頼もしい。ぼくが不安になった時は、いつだって背中で語ってくれる。心配いらない。お父さんがついてるよ。って。さあ、今日はお父さんに良いところを見せるぞ。ぼくは後ろを見まわした。みんなのお母さんやお父さんが並んでいる。しまった。なんということだ。ぼくはお父さんの背中ばかり見すぎて顔を見た事がなかったのだ。どれがぼくのお父さんだろうか。あの髭が立派な人か?いや違う。ぼくのお父さんの背中から察するに髭は生えていない。髭が生えているなら、もっとこう、猫背のはずだ。それじゃああっちの大きな黒縁眼鏡をかけている人か?いや違う。ぼくのお父さんの背中から察するに眼鏡はかけていない。眼鏡をかけているなら、もっとこう、肩甲骨が発達しているはずだ。そうなると、あのギョロ目の人か?そうかもしれない、どことなく、ぼくのお父さんの背中と、この人の顔は似ている。このおじさんは僕のお父さんの背中顔だ。いやちょっとまて、出っ歯じゃないか。危ないところだった。ぼくのお父さんの背中から察するに出っ歯ではない。出っ歯なら、もっとこう、背骨なんてないはずだ。昔から”出っ歯なる者、背骨あるまじきかな”というものだ。先人の知恵に助けられた。そうなると、消去法で残るはあの人だ。でもこの人じゃない。絶対に違うぞ。こんな、うだつの上がらない髪の薄い中肉中背おじさんなはずがない。ぼくのお父さんは背中で語る、カッコいいお父さんなんだ。お父さんはどこだ。ぼくのお父さんはどこだ。

父を探すそのまなざしには、うっすら涙が浮かんでいた。次第に少年の視界は、水中に居るかのようにぼやけていった。海の底深く潜っていく少年の目には、自分に向けて手を振る、髪の薄い中肉中背おじさんの姿は映らなかった。

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