ギャンブラーと月のラジオ(投げ銭話)

コップ一杯の日本酒を口に注ぐ。少し赤らんだ顔は、笑みを演出するには十分である。ギャンブラーとは、賭けで生計を立てる者。と定義するならば、この男もその宇宙に閉じ込められていた。今日は15万円の勝ちだ。そういうのろしを山から上げた。伊賀も甲賀もギャンブラーののろしを確認済みだ。もちろん上司にも報告済みである。そこへ、1人の少女が凧に張り付けの状態で舞い降りた。ギャンブラーは、その自分の視覚野に一杯奢って落ち着かせ、冷静さを保とうとしていたが、白目だった。少女は長い舌を使って、持っていたカッターの刃をカチリと出した。二枚舌なので、もう一枚を使ってロックをかけた。これ程の落ち着きはあったのだが、昨日父から貰ったマニュアルのおかげだと、腰の低さを見せつけたが地上からはまったくわからなかった。凧から自分を切り離し、白目のギャンブラーの肩に乗ろうとタイミングを見計らう。汗がダラリと、こめかみ、頬、顎、頬、こめかみの順に巡っていく。なぜかと言えば、回転しているからだ。早くも走馬灯が少女の脳内にフィルムを映写する。小さな頃、母親に抱かれる映像、そして次に昨日食べたオムライス、基本はこの2枚の写真が高速で入れ替わる。思い出が極端に少ないことに、自ら違和感を覚える程であった。そうこうしているうちに、ギャンブラーが意識を取り戻す。また、意識と同時に、土地の権利書も取り戻した。取り戻す事が得意であることがここで明らかになった訳だ。初めて正面を向き合い、互いの表情を確認する、そして相手の考えを読み取ろうと妄想を肥大させていく。つまり、表情肥大だ。一見病名のようだが、説明した通りだ。音の無い、空気が薄い世界が二人を掴む。すると、少女が言う。

「君は、ギャンブルが好き?」

「あぁ」

「最高のギャンブルを教えてあげる。」

「なんだい?」

「月にうさぎが居るか、居ないか。」

「そんなの、居ないに決まってる。居ないに賭けるよ。」

「そう、じゃあ、居ないに決まってる。があなたの答えね?つまり、居ない確認が出来なければあたしの勝ち。」

「参ったな。それは難しい。」

ギャンブラーは困り果てた。プライドから、受けた勝負は投げ出せないし、投げ出そうにも、投げるとか出すとかそういう力士的な一面は痩せ型の自分には見出せなかった。少女のまっすぐな目線がギャンブラーに突き刺さる。突き刺さりすぎて背中から目線が飛び出している。こんな時、どうすればいい。こんな時、僕を助けてくれるのはなんだ。ギャンブラーは、いつも競馬の実況を聞いている愛用のラジオを取り出した。そして、力なくつぶやく。

「きっと、聞こえないだろうな。」

ギャンブラーは月に向かって、アンテナを傾けた。

“ザザザザザ…ザザザ…

ザザザ…

今夜からザザザッ…

雨が上がザザ…

月が綺麗にザザザ…えるでしょうザザッ”

ギャンブラーは、微笑んでこう言った。

「あの、夜、肉眼で確認します。」

少女は、少しムカついた。


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