シングルベッド
子どもが酒が飲める年齢になる前にみんなでカラオケに行く家庭っていうのはうちくらいだと思う。
今は片親だが、両親が離婚する前(殊に、父が不倫する前の小4あたりまで)は月1ペースで家族でカラオケに行っていた。毎回母が歌っていたのが聖子ちゃんの『赤いスイートピー』で、父が必ず歌っていたのがシャ乱Qの『シングルベッド』だった。
我が家のカラオケはセオリーというものがあり、予約を済ませると弟と自分が猛ダッシュでBOXに向かい、そのせめぎあいはまるで、カーズのライトニング・マックィーンとジャクソン・ストームの熾烈な争いのようで(伝わらないのが面白いという裏笑いではなく、家族にこの例えがよくウケたため使わせてもらう)、先に着いた方がデンモクを勝ち取り精密採点を入れ、部屋に入ってきた父親に速やかに渡すというもので、受け取った父は必ず流行りの歌を1曲入れ、1番までは順調に歌えるが、2番に入ると誰も知らないフェーズが訪れ、家族全員で野次を飛ばすのだ。歌い終わると大体80点くらいをとり、(歌詞を知ってる部分は限りなく上手いが、知らないとこはまじで0なので)自分が「いや、反応しづらいわ!」とツッコみ、これもまたドッとウケる。
2番手は父が歌ってる間に5曲も6曲も入れている自分と弟。よーでるよーでるよーでるよーでるとか、げらげらぽーげらげらぽーとか、なんとかかんとかやってるとあっという間に2時間経っており、途中途中母は聖子ちゃんとかゆーみんとか歌うのだが、父は一向に歌おうとしない。気を使うことを知らない自分と弟は歌に夢中になってるスキに父にデンモクを奪われ、歌ってる時に「3曲名 シングルベッド」のバナーが入るとバカ2人もそろそろ帰るのも近いことがわかり大人しくなる。残り2曲を派手に歌い終え、父の番がくると自分は毎回わくわくが止まらなかった。
夜遅くまで働き、朝早く仕事に出て、仕事のない日は麻雀かパチンコをする父と会うのは土日か水ダウ見るために頑張って起きている水曜くらいしかない。土曜の家での父はみんなのソファを占拠しており、自分軍そして弟軍の猛攻に昼夜耐え抜きその牙城を崩すことのない鋼鉄の城だが、日曜になると一変。遅く起きて先に起きている弟とシンケンジャーに釘付けになっている自分に、「終わったらどっか行くか」と提案してくる。もちろん答えは「う」、「ん」、「!」の3文字に決まっている。イオンでもエスタでもサッポロファクトリーでもキャッツアイでも、札幌中のメダルゲームにも連れてってくれるし、江別の意味わかんない店まで車走らせて1000円ガチャもやらせてくれるし、競馬場で子供二人よりアツくなるし、父はどこにでも連れていってくれた。父はどこに来ても誰よりも楽しんでいた。子ども2人を全力で楽しませようとするあまり誰よりも楽しんでしまう、誰よりもエンターテイナーな父は朝やってるシンケンジャーとディケイドよりずっとずっと日曜のヒーローだった。
「流行りの歌も歌えなくてダサいはずのこの俺〜🎶」
「95点!」「「「おー」」」
歌い終わって気持ちよくなってる父に、家の最寄りのファミマでありったけのお菓子をかってもらい、途中から見るイッテQを見終わると同じくらいに食い尽くし、「もう9時だから寝なさーい」という母の声に「はーい」と返し、2段ベットの床に就く。「あんた歯磨いたー?」「ごめん今磨く!」2段ベットから緊急脱出。のんびり歯を磨きながら父と見る行列のできる法律相談所には紳助さんが出てた気がする。いや、やっぱでてなかった。父が寝落ちすると母は録画してた再放送の花より男子とかTSUTAYAで借りたGOOD LUCK!とかを見るというのもお決まりで、お陰で今日日まで自分の中のイケメンランキングはいつだって1位松潤2位キムタクから変わらない。でも、流行りの歌なんか歌えなくても、シングルベッドを歌ってる時のお父さんは松潤よりもキムタクよりもかっこよかった。
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