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【第14話】 歌おう。真っ白な世界に色を塗るように、声で絵を描くように

 曲のイントロが聞こえてくると、まるで太陽が昇るみたいに気分が満ちてくる。
 どこにも行き場がなかった憂鬱な思い、悶々と渦巻いていた濁った感情が、トンネルの向こうで信号が青に変わるのを待っているようだ。
 さあ歌おう。真っ白な世界に色を塗るように、声で絵を描くように。
 その瞬間、滞っていた感情は、出口を見つけスピードを上げて飛びだして行く。
 「なんて気持ちいいんだろう」歌っていると体の中が浄化されて新しい綺麗な水が流れ込んでくるみたいだ。
 横にいたアキの声も、リズムを纏い変わっていった。
 アキは歌と一緒に、自分の思いをラップにのせて吐き出した。
 「吃音なんだ」そう言っていたはずのアキは、そんなこと全く感じさせないほど流れるように、信じられないほどするすると言葉を紡ぎ出していく。
 いつまでもこうやって歌っていたい――
 気がつくと、ステージを降りていた。階段を下りきった瞬間、制服の二人は肩で息をしながら顔を見合わせた。言葉は交わさなかった。ただ数秒間見つめ合うと、どちらからともなくプッと吹き出して、声をだして笑った。
 大声で叫び、空っぽになるくらい吐き出したはずなのに、なぜか心は満たされていた。
 今ならどこにでも行けそうな、そんな気がした。
 ライブハウスから出てくると、ちょうど夜が明けるところで、朝日が二人を迎えてくれた。
 なんとなく名残惜しくて出口で立ち止まる。するとアキが、いつか教師になりたいんだと言った。「ラップはいいの?」とマリンが聞くと、「両方やりたい。ラップで授業する教師とか」と言うので、「いいかも」と二人で笑った。
 マリンは、歌いたいという気持ちには気づいたけれど、まだそれがアキのように“なりたいもの”なのかどうかはわからなかった。
 ピンクやオレンジが交じり合った空は、信じられないほど綺麗だ。
 「またね」そう言って二人は、反対の方向へと別れていく。
 いつかまた、アキに会えるだろう。その時はきっとお互いに気づくはずだ。どんな姿をしていても。
 マリンは、“ログアウト”した。朝焼けの空の下から、自分の部屋へと戻ってきた。