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闇の鬼と悔やみ(掌編小説)


「ここ数ヶ月の間、人間の遺伝子に異常のある症例がこの地域で増えていますが、その原因の可能性が1つあります」
「何だ、その1つとは?」
「暗黒物質です」
「宇宙論における、質量はあるが電気的性質がないため電磁波で観測出来ないという物質か?」
「暗黒物質の候補であるニュートリノは確率的に、巨大な水槽などとは反応するのですが、それ自体の性質がまだ詳しく分からず、現在何らかの原因で暗黒物質が大量にこの地域に集中して降り注ぎ、人間の遺伝子に放射線のような影響を及ぼしているようです」
「何故だ?それは人為的なものか?」
「人間側から操作出来るものではなく、暗黒物質自体に未知の反応があるようです」
「調査を続けてくれ」

1週間後。

「ある種の暗黒物質に、知性があると分かりました。それも人間にかなり近いところがあります」
「何?電気的な性質なしに、そんな作用が出来るのか?具体的にどう人間に近い?」
「人間による宇宙探査機は天体の重力を利用して加速し、軌道を調整するスイングバイという操作を行えますが、ほぼ重力だけで暗黒物質が未知の作用をもたらし、生命のように自己組織化しているようです」
「そして、何を考えている?人間の病気を増やす気か?」
「彼らにとって人間とは情報の資源であり、一種の買い占めに近い現象が起きているそうです」
「資源?買い占めとは?」
「地球生命の遺伝物質の繊細な構造を利用して、彼らは暗黒物質を撃ち込み一部の生物の進化や遺伝を操作し、痛覚や防衛反応を引き起こし、その情報の刺激により自らの文明を発展させたというのです。人間がニュートリノを観測出来たのも干渉の一環かもしれません」
「そんな馬鹿な!地球生命は暗黒物質の塊に操られた実験台だというのか?」
「人間も生物の全ての個体でなくとも多種の生命を実験台にしてきたように、また、それにさしたる必要性がないこともあるように、彼らも生命の苦しみを利用しており、彼らが生命進化の全ての原因ではないと話しています」
「それで、買い占めとは何なのだ?」
「彼らにも市場経済と国家による規制に当たるものがあり、人間から得た刺激を資源として売り買いしていました。ここ数年の政策で市場競争が激化し、ある地域の人間だけが不足するというデマが不安を増大させて本当に不足させてしまう連鎖反応が起きて、その買い占めのために材料である我々人間の乱獲が起きているのです」
「何だと!彼らの国家は何をしている?」
「国家が統制し過ぎて経済が回らずに、荒廃した結果別の惑星の生命を荒らしてしまった例もあり、逆に現在は市場の暴走が止まらず、そのしわ寄せが、地球のこの地域に来ているようです」
「国家と市場の均衡が経済を支えて...ではない、何故人間を利用する化け物にそんな心配をしなければならないのだ!そんなものは痛みを利用する、そうだ、吸痛鬼(きゅうつうき)だ!」
「そういった表現は的確かもしれないと、彼らも認めています。彼らはこちらの質問に応答し、交渉をしようとしています」
「一体何だ」
「読み上げます。地球のみなさんの中に、買い占めを後悔している人間、それを償いたい人間はいませんか、だそうです」
「どういうことだ?」
「彼らを吸痛鬼と呼びますが、吸痛鬼の中にも犯罪や取り締まりの概念があり、彼らの基準で買い占めをする不安に駆られるのを止めたい、良心に当たるものを持つ個体がいます。その存在はNと名乗っています」
「人間を搾取して申し訳ない、というのか」
「いえ、Nも人間を資源とみなすこと自体はさして問題視せず、人間が実験動物に抱く程度の感情と、ある種の興味しかありません。Nはあくまで吸痛鬼としての倫理で、定期的に資源を得て地球と暗黒物質世界の生態系を守るべきだと主張しています」
「それが良心か?人間を何だと...いや、実験動物に知能があれば人間にそう怒るかもしれないな」
「Nは実験対象である人間にあえて交信し、人間の文明でも買い占めなどの経済危機があったこと、それを解決出来たこともあるのを見習おうとしています。そのため、まずは不安からの買い占めの経験、それを後悔して償いたいが出来ずに困っている人間を探しているそうです」
「その人間をどうする気だ?」
「悔やむ人間の脳波を分析して、彼らを司る暗黒物質の波動と共鳴させて、後悔からの良心を連鎖させて経済を倫理的に調整出来るそうです。心をのぞかれる苦痛はあるかもしれないが、それに耐えるほど悔やむ人間もいるかもしれないとNは探しています」
「しかし、それで買い占めは止まっても、彼らによる人間の搾取は止まらないのだろう?」
「Nは話しています。私は確かに鬼ですが、鬼にも一つの理があります。私達は人間の経済を守る信頼を学びたい、人と鬼の何かを変えられるかもしれないと」


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