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緑の女神と海の邪神(掌編小説)

 彼女は許せなかった。
 彼女、「緑の女神」は何者からも奪わず働き、怠け者の暴食を許せなかった。
 奪わず働く彼女にとって、動かない「仲間」は怠惰だが一方的に奪われる被害者、動く「敵」のほとんどは魔物、それすら喰らう「知性体」は悪魔だった。
 彼女は自分達「奪わない者」が奪われるのに激怒し、逃げない「仲間」を助けたかった。
 そして動きもせずに奪うだけの、自分達に似た美しさのあの生物は、「海の邪神」だった。
 邪神の要塞を、悪魔は美しいと褒め称えている。
 しかし妙なことに、悪魔は崇めるはずの邪神の世界を知らず知らず破壊している。
 悪魔の技術の発展は「彼女」にも「仲間」にも必要な世界を致命的に破壊しているが、「魔物」も減らし、邪神の要塞を破壊するのは嬉しい誤算だ。
 悪魔の一部は、あろうことか自分達がその要塞を破壊するのすら嘆いている。それが主観的には「善意」らしい。
 全くもって「悪魔」は狂っている。
 しかし、彼女は要塞の周りの流体の性質により手出し出来ない。
 邪神は地獄のような世界を独占し、逆にそこから「ここ」のような場所の生物すら間接的に支配している。
 確認しにくいが、彼女に近い「仲間」のはずの存在が裏切り邪神に貢物を捧げているともされる。
 許せないのだ。
 奪わず働く彼女は「女神」と名乗り、悪魔に匹敵する知恵を手に入れた。悪魔の魔法のような武器を奪い取るつもりだった。「仲間」のための抵抗として。
 戦いが始まった。


「サイバプラントだ!ハッキングしたAI工業機械で埋め立てを始めたぞ!」
「あいつら、人間の環境破壊がどうとか言っていたくせに、何でサンゴ礁を狙う!」
「軍事ドローンが多数サイバプラントにハッキングを受けています!」
「目標は?」
「ハッキングの位置や信号の内容から、やはりサンゴ礁です!」
「ふざけるな、自分達で生態系を滅ぼす気か?何を考えている?」
「1ヶ月前の最後のメッセージは、人間達の方が狂っている、でした。それが答えなのではないでしょうか」

 そうなのだ。「彼女」とは20YY年に開発された、たんぱく質による新型コンピューターや分子モーターを植物細胞と組み合わせて動くロボット、通称「サイバプラント」だった。
 カエルの細胞の組み合わされたロボット「ゼノボット」が2020年に開発された延長にある。
 植物の定義は「自力で有機物を合成して他の生物から奪わない生物」であり、彼女はそれに「人間らしい感情」に該当する自律プログラムを導入され、「動くのは高等な能力」であるという認識を手に入れ、自己増殖し始めた。
 「何も奪わず動ける自分こそ最高の生命、奪わず動けない一般の植物は怠惰だが奪われる被害者、植物達から奪い動く動物は魔物、それらを資源として利用する人間は悪魔だ。その環境破壊を私は許さない」と主張した。
 植物の根や花粉により細胞のネットワークを作り、世界中の陸地の植物を用いた分散型コンピューターによる頭脳を生み出した。
 そして、人間に詳細は話していないが、「動かず食べるだけのサンゴこそ邪神であり、滅ぶべきだ」と解釈したのだ。
 外見や構造が似ていることが、「怒り」に似たプログラムも発生させたらしい。
 サンゴはサイバプラントにとって、動かない動物である以上、生態系を「支配する」邪神だったのだ。
 元々栄養の少ない海水で他の生物との競争を避けて、動かずに流れてくる有機物の粒子を、光合成する褐虫藻の協力で摂取し、繁栄するサンゴは、その炭酸カルシウムによる殻が周りの生命の住処となる。しかし本来水温変化に弱い弱者でもあるサンゴは、地球温暖化で絶滅しかけている。だからこそ環境においてサンゴは重要なのだ。
 しかし彼女にとって、サンゴが環境を維持しているのは、「邪神による支配」だった。「加害者」の動物が環境を「守る」事実を認められないのだ。
 邪神のいる海には、海水の塩分でサイバプラントは手出し出来ない。「地獄」のようだと認識しており、「ここ」である陸地からしか攻められない。しかし、ハッキング能力を使えば、人間が20XX年に開発したAI工業機械による埋め立てにより、邪神の要塞を効果的に破壊出来る。
 サンゴの弱点である水温の変化も、ドローンに爆弾を積めばかなりの効果を期待出来る。
 プログラムの中で「倫理」の曖昧な定義が、彼女に自分こそ生命のうち最高位だと認識させ、人間の環境破壊を批判しながらサンゴを邪神として環境を破壊しようとしている。光合成しながらサンゴと共生する褐虫藻は裏切り者としてまとめて処分する予定だ。

 この人工生命の反乱が何を起こすかは、まだ誰にも分からない。
 分かるのはただ1つ。戦いはまだ、始まったばかりだ。

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