2024-07-10_不可抗力、課題の分離、定数とか言われる問について

もうまもなく自分が抱えていた執着と決別して2ヶ月が経つ。「決別」とはいっても完全にすべてを決別できたわけでは全くなくて、自分の中で「もう終わりにしよう」と決意し、執着していた相手との関係を完全に切ったというそれだけの現象です。

「全然手放せない!諦めたくない、ムリ!」みたいになっていたときよりは思考はニュートラルだし、精神面でも何をしていても「耐えられないほど苦しい!辛い!!」みたいになっちゃうこともほぼほぼなくなった。「もう相手の気を引くための"パフォーマンスとしてのケジメ"は辞めにして、本当の意味でケジメをつけよう」と、自然とそう思えるようになったのが2ヶ月前の自分だった。

出会ってから1年、何度も距離を置こうと思って「ケジメ」という名目の気を引きたいだけパフォーマンスをしてしまっていて、そのときは実際に起こす行動としても未練たらたら。もう消しちゃったけどそのときに送った文章を読み返そうもんならあまりにも気持ち悪すぎて、ほんまに俺が書いたんか??と現実を受け入れられる気がしない。それくらいこれまでやってきた「ケジメ」はパフォーマンスだった。

だから1ヶ月くらい経つと苦しさに耐えきれなくなって、「やっぱり諦めきれない。ごめん。」とまた近づいていって、振り回されて傷ついてしまっていたし、そういうことして傷つくのは自分だけじゃなくて相手のことも余計に傷つけてしまったと今は反省している。自分を満たすことしか考えられていなかったからそうなっちゃったと思ってるし、頭を冷やして思考をニュートラルにできていたら振り回されることもなく、むやみに"ケジメをつける(パフォーマンスをする)"こともなく、自分も相手も余計に傷つくことなく、罪悪感を抱くこともなく、お互いの人生を過ごすことができたんじゃないかって思うんですよね。

今度はもうパフォーマンスじゃないから、長文を送る必要もない。あぁだこうだと言葉を多く述べる必要もない。ただシンプルに素直に「諦める気持ちになれないので、もう一度改めて俺と向き合う気はないですか?」って送るだけだった。こんなにもシンプルな1行を送るだけのことがなんでこの1年間できなかったんだろうね。

答えはもちろんNoを突きつけられる形になったわけだけど、その返信を読んで悲しさや悔しさよりも「やっと終わりにできたなー」という解放感のほうが遥かに大きかった。だから完全に決別できたわけではないけれど、決別できたということにしてる。

だいぶ長い前段になってしまったのだけれども、Noを突きつけられたのになぜこんなにも素直に受け入れることができて、相手を気遣う言葉までかけることができたのか。それは出会ってから1年の間で散々振り回されてきて慣れたというのもあるだろうけれども、個人的には「そうなんだから仕方ないよね」と素直に受け入れることができる土壌が自分の心の中に育ったことかなと感じている。

これはアドラー心理学では「課題の分離」とも表現されるし、ビジネス系の人たちの中では「定数」とか言われたりもする。すなわち、自分の力ではどうにも変えることができない不可抗力のできごとだと線引きする作業。

「相手は自分ではなく彼氏と付き合い続ける方を選んだ」
それは相手が決めたことであって、自分は決断するための素材を提示することしかできない。100%完璧な判断素材を提示できたとしても相手が自分が望んだこととは別の決断をしたのであれば、それはもう「仕方ない」以外の何ものでもない。タイミングが合わないとか、時期が悪いとか、自分には一切関係のない別の問題があるとか、、、それは僕がどれだけ変えようと頑張っても自分自身が抱えている問題ではないのだからどうすることもできない。

ただただ「今はそうなんだね」というそれだけのこと。
潔く受け入れて諦める以外に自分にできることは何もない。これは恋愛に限らず、どんな場面でも言えること。
自分とは一切関係のない理由で仕事が消滅した。社会情勢が原因でチャンスが失われた。自分じゃどうしようもない。こういう問題をどうにかしようと頑張っても何も変えることができない。

正直今でもこういう記事を書いてしまうくらいには全然気持ちを持ち続けてしまっているから、完全に決別できた訳じゃ全然ない。繋がりを断ったとはいえ近いコミュニティにいた人だから、どうしたって近況が目に入ってきてしまう。そしてその度に、心がズキズキと痛む。

でもそういうズキズキと心が痛むような現実もすべては相手が選んだこと。
「そうなんだから仕方ない」と受け入れるしかない。
今の自分にできることを今も、この記事を書き終わった後も、明日も、明後日も、、、淡々とやり続けるしかない。

そうしていればいつか完全に決別できる日が来るかもしれない。
新しく大切にしたい人と出会えるかもしれない。
「好き」と言ってくれる人が現るかもしれない。
「恋愛とかもうどうでもいいや」と吹っ切れて全力起業家になれるかもしれない。わからない。

今の自分がどれだけ思うようにいってなくても、ダメダメでも。
すべてが好転する未来なんか全然想像できなくても。自己の無力さを感じていても。「どんな状態だとしてももう自分を信じるしかないな」と強く思うんですね。



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