2024-07-09_自分の無力さを感じた

週末に都知事選という政治の一大イベントがありましたが、報道とかYouTubeのコンテンツを見ていて自分の無力さを非常に感じました。特別政治に深い関心があるとかではないし、今回の都知事選も熱狂していたとかそういうわけでは全然ないんだけれども、決して無関心という人間でもないからチラチラと情報は追っていた。

もちろんメディアの候補者インタビューとかも色々と観た。そしてSNSでは思っていた通り候補者へのバッシング、出演者たちへのバッシング。政治に関心を持つことは決して悪いことではないし、自分の意見を述べることも決して悪いことではないけれど、なんかこの不特定多数の顔も見えない人たちの中で特定の個人に対する誹謗中傷の応報が行われている状態が「政治に関心を持つ」の目指した姿なのだろうか。と、疑問に思った。

人目を浴びる場所に立って、政治というコンテンツを扱う以上、対象になる人たちはみんなそれなりに覚悟はしているんだろうけど、みんなそれぞれの正義や意見があるんだろうけど、、、それを見ていることしかできない自分はなんでこんなに無力なんだろうと思ってしまった。

特定の人に対する誹謗中傷や、一方的に正論で責め立てるようなコメントがこんなにも溢れているけれども、候補者やコメンテーターたちはそれぞれあの緊張感の中で真摯に向き合ったはず。我ら一般人には想像もできない重圧とか緊張感がある中でインタビューして、それに回答して、自分があそこに立っていたらどちら側にいたとしても一言とて発言できる自信がない。声が震えて何も言えずに終わる自信がある。

その空気感の中で仕事をやり切った人たちがなんでこんなバッシングの嵐に晒されているのだろう。そしてそれを見ていることしかできない自分の無力さが悔しいなって思ってしまった。だからといって今すぐ何かができるわけでもないこともまた悔しいし、あと、平気でなんの悪意もなく(なんなら善意だと思って)そういうコメントができちゃう人たちの思考もわからないし、ほーんと無力。

政治というコンテンツである以上は仕方ないと思うんだけれども何がこんなにも人々を盲信的にさせ、何が人々をこんなにも攻撃的にさせているのだろう。無知から来るものなのか、想像力の欠如から来るものなのか、わからんすなぁ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?