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人影に魅されて(2/2)


 
 
 

❞人影に魅されて❞(2/2)


 
 

ふたりは、白いさん橋から島の周囲に沿う小道にもどり、集落の先に進んでみることにした。
 
「まただれかと出会うのかしら?」
ルビンが尋ねると
「そうだね。道がつづくということは、きっとだれかに会えるさ」
そういうと、セマンは上空から見下ろすことにした。
 
大きな広場があって、古びてはいるが大きな建物がみえた。屋根は瓦。まわりに民家もちらほら目につく。
(人がいそうだ)
セマンは下降した。
 
そこは小学校だった。
一つの教室だけが、授業中のようだ。
セマンは、教室をのぞいてみることにして、窓際に止まった。
「あ、人だ。何しているの?」
ルビンはうれしそうだ。
「先生とよばれる人に、みんなが何かを教わってるんだ」
 
男の先生は、左手に教科書をもって、右手の指にチョークをはさんでいる。
その右手を振りながら、生徒たちに何かを話している。
先生が何か語るたびに、生徒たちは拍手をしながら笑っている。楽しい教室にちがいない。
 
生徒たちみんなの目は、ひとり残らず輝いていて、先生を中心にまとまっている。教室が真剣な雰囲気で一色である。
「こういうのって、見ていて、とてもいいんだよなあ」
と、セマンは透明であわいワインカラーの翼を小さく震わせた。
 
こころがひとつになる。
それには秘密があるのだ。
いのちというのが、みんなとひとつだからである。
みんなのいのちがひとつになっていて、だれとでもどことでも、空気のようにつながっている。
 
気とも、いのちとも、こころとも、そして、みんなともひとつになれるのだ。
それはセマンの「生き物美学」であった。
「みんながひとつだと、先生も生き生きだし、生徒たちも生き生きしているんだ。だから、先生も教えやすくなるし、生徒たちも勉強しやすくなるし、いいことずくめなんだよね」
 
先生は、黒板になにかを書きはじめた。
生徒たちは静かに、それをノートにとっている。
 
ふたりは窓際を離れ、校庭を出て、上空に移動した。
目にはいったのは、大きな客船が接岸した港であった。
この島におとずれたたくさんの観光客の人たちが、いままさに波止場に集まって上船するところである。
 
出航準備もととのったのか、客船の煙突からは、エンジンの起動をつたえる煙が立ちのぼっている。
波止場の上船客は長い列をつくりながら、順次にタラップを上っていく。
ひととおり上船をすませた人たちは、こんどはデッキにならぶように顔をだして見下ろしている。
 
見送る土地の人々に手をふったり、色テープを投げて別れを惜しんでいる。岸で見送っているのは、多くは民宿の人たちである。
「またきてねえ。元気でねえ!」
「またねえ。また会おうねえ!」
とかけあう声でにぎやかである。
 
やがて銅鑼が鳴り響いた。
波止場には、先ほどからわかれのメロディが流れる。
船尾の海水がスクリューに押し流されて渦を巻くと、客船はゆっくりと岸を離れた。
デッキの人たちと見送る人たちとをつないでいたたくさんの色テープも、そのうち、届かなくなって、海にひらひらと舞い下りている。
 
セマンは、上空から観察してみることにした。
客船が港をでると、それまでまわりにいた多くの漁船たちが、島を離れるその船を追うように、エンジンをかけて動き出した。
行く人、見送る人は、お互いに顔が見えなくなっても、思いを伝えながら、いつまでも手を振りつづけて終わらない。
 
港をあとにして沖に向かうその客船の後方には、幾艘もの漁船が半円状にならんでついてくる。大漁旗をつけているもの、「さようなら」や「また会いましょう」と書いた旗をなびかせるもの、と色とりどりである。
一艘だけ、猛スピードで客船の前方に飛び出す漁船もあり、その主は海水パンツひとつで両手を振りながら、大声で「また来いよお!」、と顔を赤らめて連呼している。
そして、スピードをゆるめると、大きく手をふりながら思い切り一回転しながら、海中に飛びこむパフォマンスを見せた。それを見届けた客船の人たちからは、さまざまに歓喜と驚嘆の声がどよめいた。
 
「ルビン、なんだか感激だねえ」
セマンは、いいものをルビンにみてもらった。
するとルビンは、
「感激、感激! 人ってとってもいいじゃない。こんなにも人はすてきなんだね」
と、絶叫そのものである。
「そうさ。人は別れを惜しむのさ。みんながこうしてきずなをかためれば、どんなことだってのり越えていけるんだ」
「わたしもそう思う! 」
 
ふたりは、午後の日ざしのなか。水平線の向こうに遠のく客船を見つめている。
この楽しい夢路の旅も、そろそろ終わりを迎えていた。

第二章の終わり

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