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ふたつの再会(三)


 
 
 
 

❞ふたつの再会❞(三)


 
 
 馬車に揺られるルビンは、景色をみながら、あることを思い出していた。
 ルビンは大学では社会学を学んだ。
子どもたちの生きる社会に関心があった。
 
 社会人としてはたらく準備もできたルビンは、気持ちにけじめをつけるために、ひとりでどこかを歩いてみたくなった。
 旅行先は決めてはいるものの、コースや楽しみ方には、なんの計画もなかった。
ある島に船で渡ることにした。
 
そのコースでは、大きな鍾乳洞をみることができるという。
鍾乳洞は、入り口をはいるとひんやりとしてうす暗く、洞くつが奥につづいている。
もちろん、観光のために支障のない照明や、美しさを伝えるための照明は、効果的に設置されている。
 
 ルビンは、そのはじめてのすずしさに、思わずあわい緑のショールで肩をつつんだ。大学に入ってからは、どこへ行くにも、ワインレッドの小さなショルダーバッグと、このショールだけはいつも身につけているのである。
 
 洞のなかは、観光客でいっぱいである。
 見学の順路は、往路も復路も一㍍幅ほどの通路で、安全のため、左右には手すりがほどこされている。
 
 高いところから水面に落ちる・・・・・大小さまざまなしずくの音・・・・・・。
 ルビンは、この音をどこかで聞いたことがある。
(なつかしい感じの水の音だわ)
 そう思いながら順路を歩いていた。
 
 すると、うしろからひとりの男性が声をかけてきた。
「こんにちは。これ落っことしましたよ」
 そういって手渡してきたのは、花柄文様のはいったハンカチである。
「あら、間違いなさそうだわ。どうも、わざわざありがとうございます」
 というと、登山服かっこうのその男性は、にっこりと笑顔をのこして、ルビンの先を歩いていった。
 
 千変万化とあらわされる鍾乳石は、何ひとつ人にけがされた形跡もなく、ここは自然を愛する観光客ばかりと想像させる、それが何よりであった。
自然現象のスケールの大きさや時間の長さ、数億年いじょうもまえに鍾乳石をしずめたといわれる水の美しさなど、じゅうぶん堪能したルビンは鍾乳洞をでた。
 
 外のレストランで一休みすることにした。
出入り口に近いテーブルが空いていたので、そこに席をとった。
 奥のテーブルにはさきほどの男性が、帽子を膝において、地元の牧場の名物牛乳を飲んでいた。
 
男性は観光のパンフレットに目をとおしていたが、のこった牛乳を飲み干すと、すぐに立ちあがり、リュックを肩に下げると出入り口に向かって歩いてくる。
 ルビンと目があったその男性は、かるく会釈をしてくれた。ルビンもさきほどのお礼の意味で、笑顔で会釈を返した。
 
 活火山めぐりのコースには、火口一周道路もあるが、ルビンは、レストランで食事をすませると、港近くにある観光協会の事務所に足をはこんだ。そして、とりあえず、この日の宿泊先を予約することにした。
 きめた宿はゆいしょある木造の平屋であった。歩いて二十分の距離にある。大きな牧場や農園、それにゴルフ場などを眺望できる高台にあった。
 
つづく

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