ひとり暮らしレポート 冬を越せるか
寒さが身に沁み始める。ときどき暖かく感じる日もあるが、やはり12階の部屋は寒さがある。湯たんぽと電気毛布とヒーターを早々に購入したので、これらで何とか乗り切ろうと思う。それよりも深刻な問題は、一向に肉がつかない身体と、また戻してしまったことだ。今回は会社の女子会で、話すことないなあ、と思いながら正気でいるのも苦痛で、食べながら飲む、という習慣がないわたしは梅酒や日本酒をあおり、くらくらしながら厠へ行き、それまで飲んだもの、食べたものをすべて戻した。三千円も払って戻すって、わたし何してんだろう・・・と本気で思った。また、孤独死とか考えながら、すっきりして厠を出ると、女子会では一番若い女の子が結婚の話題を出していて、ぼんやりとした頭で何か話した気がするけど、戻した上にこんな話するって、やっぱり会社の人との飲み会は、わたしにとってはただの苦痛な時間でしかないと再認識した。女と飲みに行くのは、やはり気の置けない関係の人とに限る。それ以外なら、男の人と飲むほうが何億倍も楽しい。
生活はだいぶ流れができてきて、ごはんを作りたくない日もでてきて、ジャンクフードを食べることもある。帰宅時間帯に合わせて配達指定をしたが、なかなかこない荷物に苛立ちながら、キッチンでカレーを立ち食いしたりもする。先日読んだ高山なおみさんの本に「ひとりで暮らしてゆこうということ、自分で自分にご飯を食べさせるということは、自分の意地きたなさをはっきり目の前に見てしまうということだ」という一節があり、まさに、と思いながらしゃきしゃきと歯ごたえのいいレンコンをかみ砕いた。こんな姿は、ほんとうにひとりで暮らしていないとなかなか露呈できない。
さいきんは朝の通勤電車で、いろいろと考える。たとえば、これからもわたしはひとりなのかなあ、とか、自分の精神を確立しているものはなにかなあ、とか、うつくしいとは、かっこいいとはなにか、とか、そんじょそこらの男より、きっとわたしのほうがかっこいいし、でも、わたしに内なる魅力がないから、わたしはいまひとりなんだなあ、とか。職場の最寄り駅で、毎日のように、昔好きだった男の子の面影をどこかに持つ人とすれ違う。それは同じ人だったり、違う人だったりする。わたしはその男の子のことが、いまでもいとおしい。わたしより年上だったけど、わたしより幼く見えて、ずっとずっとかわいそうな男の子だった。彼のことを思い出す度に、身体がさみしさにうずく。きっと、あたたかく寄り添っていた季節がまたやってくるからだ。ひとり過ごすには、寒すぎる。