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MiFID IIが与えた株式調査ビジネスへの影響を振り返る

欧州発の金融規制MiFID IIはバイサイドのアナリストの報酬と株式取引執行手数料をアンバンドリングすることをもとめた。この規制により投資運用会社とブローカーは、取引執行とリサーチについて別々の料金体系を設定することが義務付けられ、いままでタダで得られた証券会社のアナリストのインサイトは明示的なチャージを介してリサーチの料金を支払う必要に迫られた。

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source : The Impact of MiFID II on U.S. Financial Markets p.5

この規則は2年半前から施行されており、その結果は甚大なものだった。各証券会社のリサーチ予算は削減され、多くのアナリストが業界からさった。MiFID IIの導入後、投資顧問のリサーチ予算は平均30%減少したとの試算もある。

しかし、すべての規制介入と同様に、意図しない結果が生じた。特に以下の2つが顕著である。

第一に、規制は価格のアンバンドル化を求めていたが、利益のアンバンドル化は求めていなかった。言い換えれば、企業は顧客への価格転嫁のポイントを自在に調整することができた。たとえばリサーチ料金を非常に低い手数料で提供し、取引執行手数料でその分を取り戻すといったことができてしまった。これはリサーチ手数料がバンドリングされていた時代と透明性が増したという点以外はほとんど変わらないと言える。これにより、財務上の柔軟性が高い大企業が明らかに有利になった。規制は大企業をより大きくするために機能したといえる。

第二に、エクイティ・リサーチの提供する企業への財務諸表などの分析を通した監視という一種の公共的な役割の縮小だ。数多くのアナリストが企業の財務諸表の精査に従事していることは、市場に関心を持つすべての人にとって有益なことであり、重要なことだ。エクイティアナリストは発行体自身から直接的な報酬をもらっておらず、一定程度独立して企業のことを語る立場にある*1。MiFID II以前は、取引手数料に上乗せされる形でアナリストに資金提供されていきた。上乗せを禁止すれば、誰もそのためにお金を払いたがらなくなる可能性があるとされてきた。特に、取引手数料が低い市場のスモールキャップ・セグメントでは、エクイティ・リサーチがカバレッジを提供するインセンティブはほとんどないといえる。確かに、最近の調査によると、MiFID II導入後の最初の1年間に、欧州企業の8%がリサーチカバレッジを失っていることが判明した。

*1. もちろん投資銀行部門やセールストレード部門などを通して証券会社は発行体から報酬をもらっており、こうした収益圧力は巡り巡ってアナリストにプレッシャーを与えるケースもある。これは新聞社やメディアのジャーナリストが広告主からメディアの広告部門を通して受ける圧力と同種のものだ。同種といっても証券会社がもつ収益に対するアグレッシブ性を考えるとジャーナリストよりもその点では脆弱な可能性はある

こうした負の影響をうけて、またコロナの影響で金融規制全体が緩和傾向にあるためMifid2の規制が緩和の方向に微修正されることも明らかとなった。
FTによると小型株の手数料上乗せが緩和されるという。MiFID IIの改正案は、時価総額10億ユーロ以下の小規模企業のリサーチを容易にし、資本調達を容易にするために導入される。債券リサーチのアンバンドリングは完全に廃止される予定だ。

米国でも同様に、規制当局はアンバンドリングにたいして懐疑的な見方が増えている。2007年に証券取引委員会(SEC)の委員長がこのアイデアを提案した時には、反対派が多く、実現しなかった。最近では、SECは米国企業がMiFID IIの適用除外のための免除措置を2023年まで延長した。

MiFID IIがもたらした業界にとって良い側面としてはリサーチの質が厳しく問われるようになったことだ。投資運用会社の限られた利用可能なリソースをリサーチ費用として分配するため、より質にたいして厳しい目が向けられることになるのは必然だ。リサーチアナリストは質で直接的に競争するようになったため、小規模な、さらには個人の株式リサーチャーにとってもチャンスが生まれた。こうした市場の構造変化を狙って個人の分析を流通させるためのテクノロジーソリューションも多く登場した。たとえばSeeking AlphaやSmartkarmaやStockViewsなどのリサーチアグリゲーションプラットフォームだ。

Seeking Alphaは、同社の投資家向けマーケットプレイスが1月に年商1000万米ドルに達したことを発表した。同社は25%の手数料を引いた上で、残りの75%をプラットフォーム上の独立系アナリストのために支払う。

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