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第三話「卒業する女」

「さて、ここからは第22枚目シングルの選抜メンバー発表になります!」
司会者の声も熱気を帯びてきた。総勢約300名を誇るアイドルグループの
頂点を決めるイベントである。普段熱狂的なアイドルファンでなくてもTVやネットでそのイベントが放送され、特にアイドルファンでも無い人達にも注目されているイベントである。
「Stars of Idol」このイベントは投票権付きのCDを購入したり、ファンクラブに入会して投票権を得たりして自分が応援しているアイドルに投票してあそのアイドルグループの頂点を決めるイベントだ。表現を変えれば、自分が応援しているアイドルの目の前にどれだけの現金を積むのかを競っている。そのStars of IdolでTOP  16名が次回CDシングルのメンバーに選ばれるのだ。
Stars of Idolを勝ち抜くのは実に難しい。ただ容姿が優れているだけでは駄目で様々な戦略と戦術を駆使しなければ勝ち上がれない。
四宮はiPadでネット中継を見ながら、オンライン・ポーカーに興じていた。
四宮はそこまでオンライン・ポーカーをやりこんでいるわけではないが、
ポーカープレイヤーの端くれとして時間があるときはなるべくプレイするようにしている。
「今年の一位の予想は難しいな..鈴木麻友、佐藤珠理奈、柿沢美波の誰かだと思うんだけどな」
四宮はオンラインの画面から目を離し、炭酸水を飲んだ。直ぐにオンラインの画面に視線を戻す。画面ではUTGからオープンが入りMPで3bet、Buttonが
All inをしている状況、四宮のハンドはなんとAAだった。
「ついてる! ごちそうさまです!」
歓喜の言葉をはき、四宮はAll in ボタンをクリックした。その瞬間、オンライン・ポーカーの画面がフリーズした。何たる不運..
その後、四宮は間違った選択をした。このような障害が起きた時はPCをシャットダウンし、スマホやタブレットのオンラインポーカーのアプリを起動して続けるのが定石だが、余程あせったのか四宮はサイトの再起動を試みたのだ。iPadではStars of Idolのネット中継を観ていたし、スマホは運悪くアプリを削除していたのだ。当然、サイトの再起動は成功せず、PCを再起動してテーブルに復帰したのは障害が起きてから10分後だった。ゲームに復帰はしたものの、その後ハンドは入らず、ミスプレイも連発した。結局自分がティルトしていることにさえ気がつかず、シートオープンした。
「Damn it!」
四宮は柄にもなく大声で叫んだが、部屋と四宮の精神には虚しさだけが残った。ふとIPadに目をやると今年のStars of Idolはなんと指原麻衣が優勝していた。
「指原麻衣が優勝?なんかの間違いだろ?」
指原麻衣..その子はちょっとしたスキャンダルを起こし、人気チームを追われ
地方の姉妹グループに追いやられたメンバーだった。抜群の美人というわけでもない。然しながら人気は急上昇中だった。然しながら、頂点を狙える位置でもなかった。
「まさかねぇ...こんなこともあるかのかね。」
その後、指原麻衣は優勝インタビュー中にグループからの卒業を発表し、IPadからは会場のどよめきが聞こえてきた。暫くTwiteerを観ているとみるみるとTLは指原麻衣卒業の情報で埋まった。四宮はPCをシャットダウンし、IPadもしまい、ため息を1つついてベットに潜り込んだ。

数日後の土曜日、四宮は店に向かった。今日は古くからのプライズマッチが開催されるのだ。オンラインも良いがやはり物理的なカード、物理的なチップを触っているのが心地よい。プレイヤーの数は十数人だったので2テーブルでゲームが進行している。今日はそこそこ調子が良い。四宮は順調にスタックを増やし気分も乗ってきた。プレイヤーも徐々に増え始めレイト・レジスト締め切りの時には延べ60名程のエントリーがされていた。ふと、別のテーブルを見渡すと20代前半の女性プレイヤーが一人いることに気がついた。そこそこスタックを築いている。どこかで見たことあるなと四宮は思ったが、直ぐに自分のテーブルとハンドに注意を戻した。
テーブル移動があり、四宮は先ほどの女性プレイヤーの右隣のシートに座った。彼女のスタックは先ほどよりも明らかに増えていた。ロングで艶のある髪、眼鏡を着用、着ている服はオーバーサイズのデザインだったがかえって
スタイルのよさと華奢な体格を強調している。四宮は軽く話しかけてみることにした。
「調子が良さそうですね」
その女性はちらりとこちらを見たが、全く興味が無さそうに冷たい返事を四宮に返した。
「ゲームに集中したいんで話しかけないで貰えますか?」
「あっ、すみませんでした。」
四宮はこういった返しには慣れている。自分がイケメンではないことは知っているし、高い社会的地位や経済力を持っているわけではないからだ。関心を持ってもらいたかったらそれなりに努力が必要だ。その時点で足りなかったら更に自分をアップデートするしかない。然しながら、女の子と仲良くなるのとポーカーのプレイは別だ。四宮は思考を切り替え左隣に座る彼女を一人のプレイヤーとして再認識し直した。
その後、四宮とその女性プレイヤーとは結構な頻度でポットを争うことになる。スキルはそこそこだが上級者というわけでもない。然し、かなり少ないアウツを引いてポットを獲得するのが多いという印象が残った。
MPからオープンし、SBから四宮が3bet、BBの彼女は四宮のbetにコール。MPのオリジナルはダウンした。フロップが開く。四宮のハンドは9h9d。
9cQhJh
四宮はセットを引いたが、ボードはウェット。四宮はCBを打つ。彼女がTや二枚のハートを持っていたらリレイズが返ってきても良さそうな場面だ。案の定3倍のリレイズが返ってきた。四宮はやや警戒してコールした。
9cQhJh  9s
ターンは9s。四宮の心に天使のラッパの音が鳴り響く。願ってもない展開だ。クワッドだ。後はコール止めしたJJのフルハウス、QJの2ペア、KTのストレートあたりからバリューが取れる。慎重に行こう。クワッドが出来たことに気づかれはならない。
「All in」
彼女は確かに力強くAll inと発生する。四宮は満面の笑みを浮かべコールと叫び、カードをテーブル中央に華麗に投げて滑らせた。他のプレイヤーは沸く。別のテーブルからも人が押し寄せた。当然ながらハートのAが落ちればロイヤルが出来て負けだが、まず無い。1アウツ。引けるはずが無い。引けるほうがクレイジー。ディーラーも状況は分かっていて最大限に場を盛り上げる為にゆっくりとリバーのカードをテーブルに置き、まるで薄紙を剥ぐようにそのカードをめくった。
それはハートのAだった。ハートのA以外のなにものでもなかった。
1アウツを彼女は引いた。約2%の確率を彼女は引いたのだ。テーブルはこの世のものとは思えないほど沸いた。四宮の存在はスタックと同時に消滅し、当然のことながら、彼女がそのテーブルの女王となった。その後四宮はバーカウンターでトーナメントが終了するまでテーブルを見ていたが、そのままの勢いで彼女が優勝してしまった。
トーナメントが終了した後、他のプレイヤーはなにやら彼女に声をかけていたが「忙しいんで」と四宮と同じように冷たくあしらっていたのが四宮の自尊心をなんとか救った。
彼女が預けていた荷物を受け取り、眼鏡を外してかけ直す瞬間を観た時、四宮はハッとした「あれ?もしかしたら指原麻衣じゃないか?」彼女はそのまま誰とも話すこともなく店をでて、待たせてあったと思われる車に乗り込みそのまま夜の街へ走り去っていった。
一週間後、四宮は秋葉原の店にいた。その日は店のベテラン・ディーラーが卒業するというので卒業イベントが開かれていたのだ。店内は華やかに飾り付けられ卒業するキャストは何故かウェディングドレスを着ていた。あの店の雰囲気も好きだがこの店の雰囲気も好きだ。四宮は根っからのマイナー好き、かつサブカル好きなのである。
まもなくビンゴ大会が始まった。四宮が選んだ数字はなんとなくである。
三つ目の数字が読み上げられた。
「ビンゴ!」
いつの間にかとなりに座っていた女性客が叫んだ。「早いな、一発か」女性客は卒業するキャストの手作りクッキーを貰ってもとの席に戻ってきた。ふと彼女の顔を覗き込むと、四宮は息を飲んだ。彼女は紛れもなくあの日ロイヤルを引いた彼女だったからである。一瞬話しかけるのを躊躇したが結局駄目もとで話かけてみることにした。
「あの、僕のことを覚えてますか?先日ロイヤルで負けたものです....」
「ああ、あの日クワッドを引いたのに私に負けた人ですね。覚えてます!」
良かった。今日は何故か彼女は機嫌が良い。そのまま思い切って聞くことにした。
「あの間違っていたら申し訳ないんですけど、アイドルの指原麻衣さんではないですか?」
指原麻衣は驚いた表情も浮かべず、周りをぐるっと見渡し四宮に顔を向き合わせずに返事をした。
「そうです。バレてしまいましたか。今日はいつもと違う装いで来たのに。」
「ああ、やっぱり。先日はStars of Idolの優勝おめでとうございます。まさか優勝するとは思ってませんでしたよ。本当におめでとうございます。」
四宮は発言した瞬間しまったと思ったが会話は続く。
「はっきり言うんですね。ふふ。ありがとうございます。貴方は私のファンというわけではなさそうですね。」
「アイドルは昔少しはまっていた時期はありましたが、ここ数年はそれほどでもって感じです。でも時々テレビで音楽番組でアイドルをみるとやっぱり萌えますね」
「そうですか。またアイドルの活動を応援してくださると嬉しいです。」
「ところで指原さん、この前のトーナメントは凄かったですね。僕の時もそうでしたけど、信じられないくらい確率が低いところを引きまくる。それもここぞというときに」
「はは。」
指原麻衣は軽く笑った。その表情にはいわゆる謙虚さというものはなかった。何故か自信が感じられる。
「ところで貴方のプレイヤーネームを教えてくれてもよいですか?いつまでも知らないのもなんですから」
「あっ、四宮って呼んでください。」
「四宮さんですね。分かった覚えておく。」
四宮は心の中でガッツポーズをした。アイドルにそれほど興味がなくなったとはいえ、彼女は国民的なアイドルだ。ポーカーをしていてよかったと心から思った。
ビンゴ大会はまだまだ続いている。それなりに欲しいと思える商品がある。何故か立ち乗り二輪車のセグウェイもある。店長の趣味かな、と四宮は思った。一等はなんと都内にある超有名ホテルの宿泊券だ。確か一人一泊6万ぐらいするものだ。何故こんな豪華な賞品があるのだろう?と四宮は不思議に思ったが直ぐに氷解した。数ヶ月後に行われる有名なポーカー・ツアーの開催会場なのだ。運営が一部屋、都合つけてくれたのだろう。何としてでも当てたいと思うがどうだろう?四宮のビンゴカードは全く当たるような様子ではない。次々に当選者が発表されていく。せめてキャストのサイン入りチェキぐらい欲しいなと思ったが、それもことごとく外れていく。指原麻衣もビンゴカードを数枚持ってはいたが、当たったのはこれまででキャストの手作りクッキーのみだ。彼女はそれでも楽しそうだった。
「なかなか当たりませんね。ところで指原さんは何故このお店に来たんですか?」
「私ですか?」
指原麻衣は少し考えたあと、小声で話始めた。
「実は私、大昔ここのお店でキャストしてたんですよ。今日はその時の同期がこのお店を卒業するっていうんでお祝いで来たんですよ。」
「本当ですか! それは凄い! 僕がこのお店を知って通いだしたのが二年前ですから、もう少し前にこのお店の存在を知っていれば一緒にゲームを楽しめたというわけですね。残念すぎる。」
「四宮さんはポーカーを始めて何年ですか?」
「かれこれ7年ですね」
「長いですね。でも私にこのお店で出会うことは無かった。四宮さん、少し運が悪いほうかもしれませんね」
「確かに.....」
四宮は本気で残念に思った。もしこの店を知るのがもう少し早ければ有名アイドルと楽しくゲームが出来たのかもしれないのだ。四宮は自分の運の無さを呪った。
「ところで、指原さんに聞いてみたいことがあるんですけど、1つ良いですか?」
「私が答えられる範囲のものであれば、良いですけど」
随分前から疑問に思っていたことであった。しかしながら、アイドルにさほど興味がなくなった今、ほとんど忘れていた疑問であった。その疑問が何故か四宮の脳裏に浮かび上がって来た。
「指原さんはトップアイドルになるのに一番重要なことは何だと考えていますか?」
その答えは即答で返ってきた。
「結局は「運」ですよ」
四宮は正直驚いた。てっきりもって生まれた容姿、もって生まれた才能、地道なダンスのレッスンや、地道な活動、そういった話が返ってくると思っていたからだ。運か....
「運..ですか」
「そう運。確かに地道な努力をして、実績を積み上げなければいけない。そういったことを人の数倍行えば私たちの世界でいうところの選抜メンバーまでは行くかもしれない。けど、トップ、頂点に立つのに最後に絶対必要となるのが運ね。運がなけばトップには絶対になれない。私は自分に強い運があると信じてる。いえ、貴方も知っていると思うけど、あのスキャンダルが結果的に私の運の強さを証明したと思ってる。」
指原麻衣は四宮を一瞬鋭い眼光で刺した。四宮の身体に戦慄が走った。
やはりこの娘はひとつの世界の頂点にたっているんだなと実感が沸いた。
政治の世界、経済の世界、スポーツの世界、芸能の世界、どの業界でも振り返ってみればその世界の頂点に立つ人間は強い運に恵まれている。
それに例外はない。実力だけで上っていけるには限界があるのだ。
「それはポーカーでも言えることでしょう?スキルは抜群なのに、毎回、毎回ITMだけはできる人、ファイナルテーブルには何度も行ったけど勝ちきれず優勝できない。そういう人が多い気がする。残念だけどね。」
「確かにポーカーの神様に余程気に入られないと数百人のトップにはなれない..な。」
「ポーカーの神様って、面白い表現するんですね。アイドルの世界には意地悪な神様しかいなかったな。」
「そういう世界ですか...」
四宮は妙に納得してしまった。当然四宮には知ることができない数々の修羅場をこの娘はくぐり抜けて来たのに違いない。トップになるどころかそこそこ生きる残るためにも運が必要な世界に違いないのだ。
ビンゴ大会はついに最後の商品を残すのみとなった。超有名ホテルの一日宿泊券だ。MCをしているキャストの発表も熱が入る。四宮も自分のビンゴカードを確かめる。もし「7」であればビンゴという状況だ。指原麻衣もキャストの発表に注目している。
「お待たせしました。お待たせしすぎたのかもしれません。最後の数字は..最後の数字は...」
MCのキャストは発表をもったいぶった。それもそのはずホテルの宿泊券はペアで十数万円相当なものだ。誰もが当てたい。
「最後の数字はエーシーズです!! エーシーズ!! 」
四宮は数字を外してため息をついた。指原麻衣のカードを見る。流石だ。驚きもせずビンゴを完成させていた。
「指原さん、流石持ってますね。トップアイドルは伊達じゃない。」
「当然というところね。」
指原麻衣は大はしゃぎこそしなかったが、満面の笑みを浮かべた。
「これあげる。私は先日の宣言通り今日でアイドルは卒業するけれど今後も芸能活動は続けるから忙しいまま。あの宿泊券の有効期限までに使用できるかどうか分からないから。」
「え?本当にいいんですか?別に僕でなくても友人にあげればよいのに。」
「ふふ。四宮さん、なんかあなたは運が悪そうな雰囲気持ってる。これを機会に運が良くなるようにと思って。だからこれあげる。頑張って。じゃあ、私は卒業するあの娘たちに挨拶して帰るから。またテーブルであいましょう。何時になるかはわからないけど。」
指原麻衣は椅子から立ち上がり、服装のちょっとした乱れを直した。
「いや、指原さん、僕の運はそこそこ良いと思いますよ。貴方に会えたし
 貴方からこの大当たりのビンゴも貰った。そのうち大規模のトーナメントで優勝できるとも思っています。」
指原麻衣の表情が緩む。
「確かにそう!私に会えたこと自体とても運が良いですね。私は元トップアイドルだし。ふふ。なかなか切り返しが上手いですよ、四宮さん。」
「ありがとう。ではお仕事頑張ってください。ネットを通してまたは舞台とかやるのでしたら、リアルに応援に行きます。」
指原麻衣は手を軽く振って、そして卒業するキャスト達への方へ歩いていった。
「強運..か」
四宮は帰りの電車内でポツリ呟いた。だが四宮も馬鹿ではない。強運だけが
結果を実り豊かにするものではないことを知っている。結局は努力をして実績を積まねばならないのだ。四宮はスマホを取り出し、指原麻衣の卒業となるシングルの曲をダウンロードした。

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