あらしのよるに
つい先ほどの出来事である。
19時過ぎ。
在宅勤務中、突然インターフォンが鳴った。
宅配なんて頼んでなかった。
なんの約束も無かった。
だって今夜は、台風の夜だから。
モニターを見るとスタバの紙袋がドアップで掲げられている。ピッとマイクを繋ぐと、『Uber Eatsでーす』と聞き慣れた声がした。
なるほど。
扉を開けると、前職の空港でグランドスタッフの先輩だった三個年下の女の子が、暴風に吹かれ、前髪を濡らし立っている。
『Uber Eatsでーす!』
と、彼女また一言そう言った。
「うん、とりあえず入りなよ」
私は客用スリッパを玄関に置く。
彼女は仕事帰りのようだ。
重たそうなリュックを背負い、がさがさと騒がしい音を立てながらリビングに入ってくる。
吉牛特盛とスタバのフラペチーノとあんバターブレッドをどっさり持って。
私は取り敢えず、畳んでしまっておいた来客用のラグを敷く。
荷物をどかっと置くなり、彼女は喋り出す。
『見てこれ!最新のフラペチーノ!飲んだ?』
「あ、ううん、まだ。」
『見てこれ!memeちゃん乙って書いてある!』
「ほんとだ、ありがとう」
『あとねこれ!あんバターブレッドも!好きでしょう?うちしょっぱいの食べたかったのにスタバになかったの』
あれよあれよとテーブルが賑やかになる。
どれもこれも二つずつ、ものが並んでいく。
私は彼女に空返事をしながら、急いで最後の会議資料を完成させ、在宅勤務終了申請を送った。
『見て吉牛!肉多いよね、すごくない?』
「ほんとだ」
『早く食べようよー、食べてもいい?』
「あ、うんいいよ、そうだ味噌汁いれるね」
『ねぇこれって豆腐って書いてるけど結局わかめも油揚げも入ってるから袋分ける必要ないよね!』
「言われてみればそうだね」
彼女が減塩味噌汁の袋を指差しながらあーでもないこーでもないと言っているのを背中で感じながら、急いで湯を沸かして味噌汁を淹れた。
その後彼女は、無言で爆速でそれらを食べ続けた。
私も無言で食べ続けた。
『ねぇ久しぶりに食べたよ牛丼!美味しいね!ハマりそう!』
「うん、美味しいね、おいらも久しぶり。」
急に人が来たのと温かいご飯をかき込んだから部屋の温度が暑く感じて汗が滲んだ頃、なんだか幸せな気持ちになった。
だれかがただそこにいてくれるってこと。
クーラーの温度を下げた。
それから二人で最後まで夢中になって美味しいものを食べた。
彼女は話したいことをバーっと話し、ご飯を食べ終え、『じゃ、電車止まる前に帰るね!』と言いながら玄関に向かってゆく。
「リュック開いてるよ」
『さっきお財布出したからだ!』
そう言いながら彼女は、背負ったまま器用に手探りでチャックを閉める。
『じゃあねーおやすみー!』
カチャン。
あまりにも突然かつ爆速だったから、いつもよりずっと寂しいドアの閉まる音。
その後、おそらく彼女が電車に乗った頃、『ありがとう!』と一通のLINEが届いた。
それはこちらのほうだった。
「今日もありがとう」
一言そう返信する。
嵐のように突然やって来て、
嵐の夜にあっという間に帰って行った。
彼女はいつもあんな感じで、こんな風に私をぐるりと温かいもので包んで帰ってゆく。もうそんな関係も、五年目だ。
なんだかとても、いい一日になった。
こんな愛おしい気持ち、これ以上のことが他にあるだろうか。
こういうことの一つ一つを
愛おしく積み重ねていきたい。
取り急ぎ、記録まで。
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