最近の思い


 体は資本だと世は言うが、全くその通りだと思うことが増えてきた。数年前だったら何の躊躇いも無く、できていた所作を、今の年齢になって少しずつできなくなってきたりと。緩やかに老いというものを、迎えに行くのだろうな、と強く、鈍く、認識する夜が増えた。やれやれ君はまだ若いじゃないか、なんて言われても、確かに、私は、老いへと、死へと向かっているのだ。


 身体のピークというのは、おおよそ21歳と聞いたことがある。つまり既に下降線である。今年度で23歳になる私は、近くにあったはずの私の身体の最高値を、指を咥えながら、思い返して、今の私と比較しては、勝手に1人で茫然自失とする。

 私は、幼少の頃、自由だった。何の制約も束縛もないまま、飯を貪り、すくすくと身体を大きくした。やがて、学校に所属していく中で、規律に従う人間へと調教されていったが、自由な校風が、私服通学が可能であった点が、返って自由の色を強くさせた、そんな気がする。というのも、最近、というかこれから、まだ未定ではあるが、就職活動というのが始まるらしい。まだ将来のことも、明日食べる飯の内容すら碌に決まっていない私は、ただ日々、研究室の仕事など、雑務の濁流に飲み込まれていて、呼吸をするので精一杯なのであるが、少しだけ休暇を頂き、人生で初めて職業体験というか、俗に言うインターン、と呼ばれるものに参加する運びになった。といっても即日のもので、多くの時間を取るものではないが、内容の濃いものではあった。


 どうやらカジュアルな私服とのことであった。まぁ、流石にスニーカーやパーカーで出席するのはまずかろうとのことで、よく履く黒いワイドスラックスに、色味のあるシャツを着て、背広を羽織り、革靴を履いた。私は、革靴というものが、何よりも嫌いだ。靴紐が解けやすいからだ。歩き方に癖があるのか、結び方が悪いのか到底わからないが、しょっちゅう自分の足を靴が引っ張る。裸足で歩いた方が早く歩けるのにと、切に思うのである。背広というのも実に邪魔くさい。どこか肩が自由に回らない感覚がある。非常に厄介である。革靴を履き、背広を羽織った私は、差し詰め自分の身体を鎖で巻かれているようなものである。どんな健康な状態であれ、最低でもその2つが揃ったら駄目なのである。唯一の救いは、ズボンをまだ履き慣れたものにしていた点である。本当に正解だった。万が一、スーツのスラックスを履こうもんなら、私は鎖に雁字搦めになった肉塊。しかし、普段のように動こうとする下半身と、履き慣れたスニーカーでは無く歩き難い革靴による足が生み出すパフォーマンスの差異、身体への負荷の齟齬は、ゆっくりと私の身体に重たい痛みと疲労をもたらしたことも、また事実なのである。



 嗚呼、頭ガ痛イカラ チチンプイプイ
 嗚呼、足ガ痛イカラ チチンプイプイ
 嗚呼、目ガ痛イカラ チチンプイプイ
 嗚呼、体ガ動カナイカラ チチンプイプイ
 プイプイ チチン プイプイ チチン
 嗚呼、頭ガ痛イカラ チチンプイプイ
 嗚呼、足ガ痛イカラ チチンプイプイ
 嗚呼、目ガ痛イカラ チチンプイプイ
 嗚呼、体ガ動カナイカラ チチンプイプイ
 チチンプイプイ チチンプイプイ
 チチンプ イプイ チチンプ イプイ
 チチンプイプイ チチンプイプイ
 チチ ンプイプイ チチ ンプイプイ
 プイプイ プイプイ プイプイ プイプイ
 プイプイ…プイプイ…プイ…プイ…プ。


 革靴なんてもう2度と履きたくないな!
 背広なんてもう2度と着たくはないな!

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