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兵馬俑のモデルたち

菩提寺が旧乃木邸の向かいだったので、両親は墓参の帰りには
よくここに連れてきてくれた。
私は幼い妹たちと広い庭を走り回ったものだ。
父はある部屋を示して、乃木大将は明治天皇がお隠れになってここで自刃、
殉死したことを話してくれた。
子供心に、偉い人が亡くなると側近の人たちも
一緒にあの世に往くのかと、大人の世界の厳しさを感じたものだった。
 
秦の始皇帝は、死の床で側近たちに訊いた。
「あの世でも、お前たちは我を守ってくれるのじゃな?」
側近たちは即座に「もちろんでございます」と平伏して応えた。
天に召された帝を葬り、さてどうするか、側近たちは顔を見合わせ、
殉死の覚悟の程を確かめ合った。
みんな妻もいる子供もいる老いた両親もいる、
俺が亡くなれば路頭に迷うだろう。
こんなに元気にしているのに死ぬのはなんとも惜しい。
なんとか帝の御霊を慰める方法はないかと考えた末、
帝をお守りしてきた者ども全員にそっくりな人形を作って
身代わりとして、お許し頂こうと話はまとまった。
 
当代選りすぐりの職工を集め、側近、兵士一人一人を
目、鼻、口、眉、髪、髭、装束、武器の細かいところまで
忠実に陶土に写し取っていった。
そしていつでも出陣できる隊列を組み、帝の陵墓のほど近い西側に埋めた。
おかげで、みな安心してそれぞれの生涯を全うしていった。

西安にある秦の始皇帝の兵馬俑の数はなんと8千体にも上る。
上野の森美術館に行って鑑賞したが、我が命に代えて作らせただけに
2000年を経ても活き活きとした様を感じさせる。
名前が分かれば呼びかけたくなるリアルさがある。
それにしても、押しつぶされそうな帝への畏敬の念を上手く躱して、
生き延びて生を謳歌してくれたこの兵馬俑のモデルたちに拍手を送りたい。
我が命は誰のものでもない、それでいいのだ。

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