100点差で負けた話

スポーツ漫画なんかで、作中の主人公やライバルの強さを際立たせる為に登場する所謂「モブ」のチームが存在する。そういったモブはいかに主人公やライバルが理不尽で強大な力を有しているかを見せつける為の餌として存在していて、主人公たちに大差で敗北をしたりして「こんな奴らに勝てる訳がねえ…」なんて情けない言葉を吐かされたりする。そしてそのバックストーリーには殆ど触れられる事はない。


僕は中学生の時のバスケ部の公式戦で11対111という「100点差」で敗れた事がある。バスケットボールという実力差が出やすいスポーツとはいえ、ここまでの大差というのは殆ど目にしない。まさに完全なるモブ。しかしそんなモブにもストーリーがあり、感情はある。


中1で僕が入部した中学校のバスケ部は男子が僕1人だった。小学校の最後に身長が高いからと親に勧められてミニバスにちょろっと入り、その流れで何となく中学校もバスケ部を選んだのだが同級生は僕の他に1人も入らなかった。入った当初は3年生が6人ほどいたが、入ってすぐの夏の大会で引退してからは男子部員は僕1人になった。

ちなみに女子部員は一個上の2年生が2人で、男女合わせて3人で練習をしていた。当然、その人数ではまともな練習も出来ずに走り込みやらドリブルやらパスやらの基礎練習を1年間。黙々と3人で続けた。


そんな惨状でなぜ辞めなかったの?なんて思われるだろうが部員3人しかいない中では正直辞めづらい。更に男子バスケ部は僕が抜けたら部員がいなくなる。その時点で廃部だ。
僕が入ったことで顧問やコーチたちは部が潰れずに済んで喜んでいたし、感謝されていた。僕が辞めたらその人たちが悲しむ。
辞めるに辞め辛い状況だった。



女子の先輩2人と1年間練習をして、春になると新入部員が入ってきた。なんと男子は7人も入ってくれた。ミニバスをやっていた後輩たちが部員1人の小林先輩がかわいそうだから入ってくれたのだ。やった。これでスリーメンやフォーメーション練習なんかの実戦的な練習が出来る。試合にも出れる。
女子バスケ部も8人ほど部員が入って先輩2人も喜んでいた。


新入部員が入ると、満足に練習をする暇もなくすぐに市の大会があった。中学に入って1年間ちょっと。いよいよ試合が出来る。楽しみだった。
トーナメントの組み合わせが発表される。1回戦の相手は市内で1番弱いと言われている中学だった。

後輩たちも「小林先輩!これは勝てますよ!小林先輩の1人で頑張ってきた1年間見せてやりましょう」なんて湧き上がってくれた。
本当に良い奴ら。
「そ、そうかなあ?」僕の鼻孔は広がった。


「部員が揃わずともバスケへの愛を忘れられず、1人黙々と練習を続けてきた男」

まるで漫画みたいじゃないか。スポーツ漫画だったら読者から根強く愛される人気キャラだろう。本当は辞め辛くて辞めなかっただけだったのはすっかり忘れていた。後輩の熱い言葉を浴びて完全にヒロイズムに浸ってしまった。


そして試合当日。場所は平塚総合体育館。スラムダンクの湘北対陵南や陵南対海南戦が行われた聖地。絶好の場所じゃないか。ここから僕の物語が始まる予感がした。

体育館のコートのセンターサークルに両校の選手たちが並ぶ。さすがは市内最弱と言われている中学。相手選手の体は細く、ユニフォームはブカブカで見るからに弱そうだった。僕の1年間を見せつける噛ませ犬にしか見えなかった。自然と口角が上がる。そしてジャンプボール。試合開始だ。


試合開始早々に10点差を付けられた。
相手は市内最弱。とは言えど向こうのスターティングメンバーは全員3年生。こっちは2年生の僕1人に後は全員1年生だ。力の差は歴然だった。
1年間女バスの先輩と練習をしてきたが、はじめて対峙する男バスは速くて強かった。「こんなに強いなんて…」僕の顔は青ざめていった。

相手を止められない。初めて食らう男子の激しい体の当たりに僕は何度も吹っ飛ばされた。ヒョロヒョロだと油断していたが、僕の方が弱かった。それに抗おうと僕は相手選手を手で押しのけようとする。笛が吹かれ、ファールを取られた。


再び相手が激しく体をぶつけてくる。抗おうと手で押しのけると再び笛が鳴る。
「ど、どうすればいいんだ???」完全に頭の中はパニックになっていた。そんな事を繰り返して僕は4回のファールを開始8分で犯してベンチに下がらざるを得なくなった。バスケは5ファールで退場になるため、仮にもチーム最長身の僕の退場を避ける為にベンチで休ませる事になった。


魚住のように頭にタオルを被せたまま、呆然としながらベンチから試合を見つめた。気づけば試合は後半に入り、0-50になっていた。中学に入ったばかりの後輩たちは向こうの3年生たちのスピードに当然全く着いていけず、涙目になりながら必死に追いかけて足がもつれて転んだりもしていた。大切な後輩たちが苦しんでいるのに見ている事しか出来ない自分。こんなに自分に腹が立ったのは初めてだった。


そして4つのファールを犯している僕は再びコートに戻った。

「小林先輩の1年間を見せつけてやりましょう!」

後輩たちの熱い言葉が脳裏によぎった。ここまで頑張ってくれた後輩たちの為にも、ただでは終われない。鼻息が荒くなる。その瞬間、ゴール下を守っていた僕の目の前で相手選手がレイアップシュートを放ってきた。僕は反射的に手を伸ばした。


僕の手は相手選手の手に当たり、悲痛な笛が鳴った。5ファール退場。なすすべもないままに1年間待ち続けた僕の試合は終わってしまった。


そのあと80点差ついたあたりから、向こうの中学が全員1年生にメンバーを代えてきたりもあって、僕たちのチームも初得点をあげることが出来た。しかし、勿論追いつくことなど出来ず結果は11対111。市内で最弱と呼ばれている中学に100点差を付けられての敗北だった。


荷物置き場に戻ると試合を見ていた他校が僕の方を見てヒソヒソと何かを話しているのを横目で感じた。あの中学弱すぎない?とかそんな話をしているようだ。コーチも心中を察して試合後のミーティングはなしですぐに帰らせてもらえた。あまりのショックに帰って熱を出して寝込んだ。




スクールウォーズなんかのドラマでは、主人公たちはここから奮起して、立ち上がり、快進撃を見せるのだが、僕はそれ以来試合というものが怖くなってしまった。こういうところが完全なるモブの思考。最後まで弱小チームのままで3年間を終えた。


そんな中学生は現在31歳。芸人。芸人界でもここまでは完全なるモブキャラ。あの時僕たちを負かせたあの人たちは、主人公になれたのだろうか。とんでもない成功者になっていてほしい。
それでこそ、我々モブキャラが浮かばれる

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