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大学芋

今住んでいる家の近くに弁当屋がある。



決して大通りではない通りの中で、昔ながらの佇まいで通行人にノスタルジーを振り撒いているような弁当屋。僕の家からは必ず通る道にあり、ついつい目がいってしまう存在感を常に放っていた。



家族経営なのだろうか?お爺さんとおばちゃんが基本的に店内には居り、たまに小学生ぐらいの女の子が大根を切ったりお手伝いをしていた。それもまた小粋さを感じて僕の中の注目度は益々上がっていた。



そしてその弁当屋は「大学芋」の推し方が半端ではない。年季の入った大学芋のインサート写真が店頭に3枚も貼られている。有名なのだろうか?

僕にとって大学芋という食べ物は正直、好きと言えば好きという程度の存在。自ら進んで大学いもを買いに行った経験はない。


しかし連日弁当屋の前を通るたびに大学芋のインサートが視界に映る。するとサブリミナル効果の如く大学芋が気になってしょうがなくなってしまった。気付けば人生初の「大学芋の口」という奇特な症状に陥っていった。食べたくて仕方がない…

生まれ変わった自分の口を満足させてやるために僕は大学芋を買いに行くことにした。

ある日の18時ごろに僕は弁当屋に向かった。目当てはもちろん大学芋。開きっぱなしのドアをくぐり、大学芋を頼んだ。しかし大学芋は売り切れだった。

また別の日の17時ごろに弁当屋に行き大学芋を頼んだ。しかしその日も大学芋は売り切れだった。


大学芋人気すぎないか?


この店は昼の12時頃に開店する。そして大学芋はどうやら14:30~15:30分ぐらいの間に販売を始めるようなのだが、そこから夕方までの間にいつも大学芋は売り切れてしまうのだ。相当人気商品なのだろう。



期待値は極限まで高まっていた。その頃には僕は何を食べても味がしなくなっていた。





常に頭の中には大学芋。僕の目は大学芋を見る為にあり僕の鼻は大学芋を香る為にあり僕の口は勿論大学芋を食べる為にあるのだ。





僕は必ず大学芋を手に入れると決めた。


僕は次の日の12時。開店と同時に弁当屋に向かった。開店準備をしていたおばちゃんに話しかけた。


「すいません。今日は大学芋は何時からですか?」


「今日は15時30分からになります!」


おばちゃんは軒先の貼り紙を指差した。そこには大学芋15時30分から販売の旨が書いてあった。よく確認せず聞いてしまい少し反省した。



そして僕は15時20分頃、また弁当屋に向かった。おばちゃんに言われた時間までは10分ほどあるが、こういう時は何かあった場合の為、余裕を持った時間を伝えておくのが社会というものだ。もう出来たての大学芋が店内に並んでいるはずだ。



「すいません。大学芋できましたか?」



「すいません。まだ出来てないんですよ」


大学芋は出来ていなかった。まずい。相当がっついているみたいだ。なぜ、わざわざ時間を聞いたのに早めに来てしまったんだろう。今の僕はお預けの出来ない舌をダランダランに垂らした犬みたいに映っているだろう。


「あと何分ぐらいで出来ますかね?」


「16時…ぐらいまでには出来ると思います」

大学芋作りに少し手こずっているようだった。



一旦家に戻り、時間を潰し16時15分頃に店に向かった。この時点で本日3回目の来店。だいぶ気まずい。しかし、指定された時間より少し空けることで大人の余裕を見せようとした。僕はあくまでスマートに大学芋を買いたいのだ。


「すいません…」


「大学芋ですか?」


矢継ぎ早に返答された。大学芋目当てのロン毛が4時間に3回も来店したのだ。そりゃ覚えるだろう。スマートに見えるはずがない。おばちゃんはこう言った。


「すいません。手作りなのでちょっと時間かかってしまって…あと5分で出来ます」


また一旦家に戻った。5分というのは店の外で待ってもいいが、店側にプレッシャーをかけているようで気まずかった。そして自問自答した。僕はそんなに大学芋が食べたいのか?こんな恥を晒してまで食べたい物ではない気がしてきた。別の日にしようか?しかし、3回もおばちゃんに買う感じを出しておいて、今日買いに行かないという選択肢はもう無くなってしまっている…


僕は16時40分頃、この日4度目の弁当屋に向かった。がっついている感じを出さないためにまた少し時間を空けた。あわよくば4回目だと気付かれないように服装を変え、長髪も縛って雰囲気を買えた。今回も買えなかったらどうしよう…弁当屋に向かう足は震えていた。


「すいません…」


「はい!大変お待たせしました!大学芋ありますよ!!」



矢継ぎ早に大学芋はあった。やっと買える…!!
ここまでの4時間40分辛かった…僕はおばちゃんに大学芋を頼んだ。




「大学芋小パックください!」






おばさんは「え!?ここまで執着して小パック!?」という顔をしていた。実際におばちゃんの手の平はフライングで大パックの方に置かれていた。だいぶ気まずかった。



かくして、僕は悲願を達成した。





おばちゃんは4回も来店させたお詫びに不揃いで販売出来ない大学芋をおまけで付けてくれた。功労品のように感じた。優しさに感銘を受けたが、小パックの為に4回も訪れたロン毛を不憫に思った説も拭い去れない。





大学芋は美味しかった。またぜひ買いたいが気まずいので日にちは空けようと思う。

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