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井上さんの「百姓の塩」

向具津半島の西のはしっこにある油谷湾。
青い海は海底の小石が見えるほど澄んでいる。
この地に魅せられ移り住んだ井上雄然・かみさんご夫妻。
美しい油谷湾の海水でつくる「百姓庵の塩」はすべて手作業で、
ひと手間にかけた塩への想いがぐっと詰まっている。

この記事は、2016年3月発行の「やまぐち食べる通信」創刊号からの抜粋です。取材した時は2015年の夏。山口の食を紹介するときに、一般jに思いつく産物やツーリスティックな地名ではなくて、その場所を紹介するのに、向津具(むかつく)という場所を選んだのには、多くの理由があります。「やま食べる通信」で当初伝えたかったことは以下のようなことでした。

第一に、海に囲まれている地域である山口は地政学上も外からの影響を実は多く受けていること。大陸や半島との関係を歴史的に持っている。
第二に、ステレオタイプな山口=幕末・フグではなくて現代の山口に暮らす人(主に一次生産者)やモノ・コトを取材したかったこと。
第三に、自然に寄り添う暮らし方を知りたかったこと

旅が好きで、美味しいもの、ワクワクすることを知りたいのが一番ですが、このようなことを考えると、向津具(ムカツク)半島という地名の面白さとその地域に移住し、自給自足の生活を送り、海水から塩を作るという井上雄然さんの話を知ったときから、是非訪ねてみたいという気持ちがいっぱいになりました。当時はYOU TUBEくらいでしか「百姓庵」の情報はなかったのですが、井上夫妻の存在は多くの人の知るところになり、また百姓という100の仕事を持つという生き方を実践していらっしゃいます。

百姓庵については、そのあと、随分多くの方と一緒にうかがいました。県庁の方、女性支援の仕事のかた、地域の仕事をしている方など。もちろん単独で訪れた方もいらっしゃいますが、ちょっと自慢したいのは、それらの方たちよりもいち早くワクワクを見つけられる自分のアンテナが嬉しかったです。

2019年8月に第2回目となった山口スタディツアー(東大生×やまぐち食べる通信プロジェクト)では4名の大学生たちと百姓庵を訪れました。また山口銀行とのコラボになるダイニングバルゼンでは、パエリアにもその美味しさに感動し地元長門市の地域の食材を堪能しました。

百姓庵の企業理念や、暮らし方を通して、塩という、人間の生命維持に必要なものが、海からの恵みであること、そしてその地域のありかたを伝えるものであることに感動します。多くの人にも影響を与えていることもまたご紹介していきたいと思っています。

今後も、目の離せない変化を続けられることでしょう。
別の機会に、去年のスタディツアーの様子もお伝え致します。




#やまぐちの人

探し求めてたどり着いた塩の理想郷

歩いても一周2時間という油谷島。棚田と大海原、海と山の恵みを受けた豊かな自然の原風景が残る。ここに「百姓庵」を構える井上さんご夫婦。理想の土地を求めて日本中を探し歩いた雄然さんがこの地に惚れ込んで移住したのが、2002年。その後、福岡から遊びにきたかみさんと出会い、結婚。塩作りは2008年から始めた。

海水のくみ上げから薪割り、釜炊きまでほぼすべてが手作業。さらに塩田や釜、釜小屋にいたるまで雄然さんの手作りだ。

「古代の日本では塩(しお)を水火(しほ)と書いたそうですが、まさにその通り。塩を作るのは、海の水の神と火の神であって、僕はその経つ台をさせてもらっているにすぎない」と雄然さん。来る日も来る日ももくもくと、水を汲み、火を燃し続ける。

雄然さんは油谷湾の水質保全にも力を注ぐ。たった一人で始めた油谷湾沿岸の清掃活動は「ビーチクリーン」という清掃イベントに発展、大勢の参加者を集めるようにもなった。そして訪問者たちの口コミで「百姓の塩」は「まろやかで優しい」「海そのものの味がする」と評判を呼び、大人気になった。今では全国から注文がひっきりなしに入る。

それでも、自然にそった夫婦の暮らしは、ゆったりとした時の流れの中にある。母屋は田畑に囲まれ、家畜小屋には甘いミルクを提供してくれる山羊たちも。「まだまだ自給自足には程遠い状態だけど、理想の暮らしを少しずつ実現できています。百姓庵の塩と野菜といっしょに、油谷の自然の素晴らしさを皆さんにお届けできたら嬉しい」とかみさん。

「今の日本でもモノやカネに支配されない自由な暮らし方ができることを、肌で感じて欲しいので、移住者も大歓迎。みんなで力を合わせて塩を作り、野菜や米、家畜を育て、食物だけでも自給自足ができるコミュニティを作るのが今の目標」と話す井上夫妻を慕って油谷に移住した若者も増え、それぞれ農業や畜産業に奮闘している。

百姓の塩は、来る人全てを包み込む油谷の自然と同じく、おおらかで優しい味わい。合わせる食材を選ばず、和洋中料理はもちろん菓子作りにもぴったりだ。

百姓庵
自然と一体感を味わえる暮らしを目指し、田畑を耕し、家畜を育て、手作りのものに囲まれている井上さん一家。百姓庵での暮らしが体験できる「百姓塾」を開催している。

山口県長門市向津具下 1098-1
http://hyakusho-an.com/


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