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伝統の延縄漁、そして周防鱧とは?

2017年6月11日、場所は山口県周南市。
JR徳山駅からほど近い徳山港に向かった。
待ち合わせは夜10時。待ち構えるのは漁船。
そう、『やまぐち食べる通信』1年振りの漁現場取材だ。
今号お届けする鱧はいかにして獲られるのか?
延縄漁とは一体・・・??
高鳴る期待を胸に船に乗り込んだ。

この記事は、2017年7月発行の「やまぐち食べる通信」第九号からの抜粋です。

23:30 〜 1:30 延縄を仕掛ける

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夜10時半、取材スタッフをのせた一隻の船が徳山港を出発する。鱧といえば凶暴な魚として有名だ。これから明け方まで船の上。逃げ場はない。噛みつかれたら痛いのだろうか?とならぬ心配をよそに、船は沖へと進む。

乗せて頂いた船は、橋本浩二さん(山口県漁業協同組合徳山支部副運営委員長)の『大浜丸』。そして今回取材を引き受けてくれたのが、3年前に独立を果たしたニューフィッシャー・原将明さん(36)だ。

「昨日原くんの船が故障してしまったんです。原くんもやりにくいだろうし、本当は同行したくないんですが・・・まあ、しょうがないですね(笑)」と橋本さん。「船までお借りしてしまって申し訳ないです」と原さん。二人は師弟関係。原さんに延縄漁を教えたお師匠が橋本さんだ。

Keyword 用語解説 『延縄漁』
日本で開発された伝統漁法。歴史は古く、『古事記』にも登場する。
一本の幹縄に針のついた枝縄を一定間隔で取り付けた漁具を使う。枝縄の長さは数百メートルから時に数百キロに及ぶことも。縄は古代には栲縄(こうぞの繊維であんだ縄)が用いられ、その後、麻縄から木綿縄にかわり、現在ではナイロンなどの合成繊維製品が用いられるようになった。
山口県特産「ふく」は下関が有名だが、ふく延縄漁発祥の地は徳山である。今号でご紹介する鱧はこのふく延縄漁を応用した底延縄で漁獲されている。

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そうこうするうちに見えてきたのが、山口県が誇る工場夜景。『日本8大工場夜景都市』に選ばれている絶景も、徳山の漁師にとっては見慣れた風景。一目散に目指す漁場に向かう。

しばらくすると辺りは真っ暗。漁場に近づいたためか、原さんが漁の準備をはじめる。傍らには、延縄の入った大きな容器と冷凍イカ。容器のフチには荒縄が巻き付けてあり、そこに鋭い針が無数に刺さっている。旗のついたブイと重りを落とすと、それは始まった。

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船の速度を一定に保ち、針にイカをつけ海に放り投げる。針と針の間隔は約8m。右手で針を抜き、左手でイカを握り、針に付け、海に投げる。この1サイクルが時間にして3〜4秒。リズムは「1・2・3・ポーン、1・2・3・ポーン」だ。この日はこれを約1000針分、およそ8kmにわたって行う。

こう書くと簡単そうに思えるが、その速さと正確さが尋常ではない。しかもこれ、船を操りながらの作業なのだ。

「多い時で周囲に4〜5隻の船が直接声の届くところで漁をしています。それらとバッティングしないように船を操りながら、かつ狙っているポイントに餌を落としていきます。」(原さん)

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全ての針を落とし終わると、橋本さんがおにぎりとお茶を差し入れてくれた。小休憩だ。あっけにとられた2時間だった。それでも原さんは「まだまだです」と言う。「橋本さんは自分のスピードの倍以上です。かかる時間も正確さも雲泥の差があります。」

橋本さんがおにぎりをほおばりながら「このキャリアでここまでできるのは凄いですよ。でも、まだまだ伸び代がある。教えるのが楽しくて仕方ないんです」と嬉しそうに話す。団らんも束の間、橋本さんの「よし、あげるか」の声で原さんの顔が引き締まる。いよいよ、本番だ。

2:00〜5:00 鱧と格闘する

最初に落としたブイの位置へ戻り、船へと引き上げる。延縄の端を巻き上げ機にセットし、ローラーを回転させる。仕掛けた針が次々にあらわれる。漆黒の海にキラッと白く輝くものが見えた。原さんはローラーを止め、ぐっと力を入れ持ち上げる。

鱧だ!

バタバタと暴れる鱧を特殊な形状の棒でバチンと叩き落とす。ぼっかり空いた船倉には海水が張られ、それがそのまま生け簀になっている。生きた鱧ははじめて見たが、獰猛の一言に尽きる。大きく開かれた口の中には鋭く尖った歯が並び、数歩離れた場所にいても思わず身を引いてしまう。

壮絶な格闘がえんえん3時間。全てか終わった頃には夜が開けていた。

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港に戻る船の中、橋本さんが気づいたことを原さんに伝える。その中で何度も出てきた言葉が「考えろ」だ。

「延縄漁は見ての通り、ほとんどが手作業です。技術を磨かなければ漁として成り立ちません。同じ時間で仕掛けを1000落とすか、1500落とすかで大きな差が生まれる。そのために全ての所作に一切の無駄をなくす必要があるんです。自分で考えてどうしたら効果が良くなるか、身体の置き場所、餌の持ち方ひとつまで徹底して突き詰める。徳山の延縄漁はこうして受け継がれてきたんです。」

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港に戻ると、仲買の人が次々と集まってくる。原さんが鱧を籠に入れ、卸しの現場まで運び込む。鱧以外の魚はその場で次々と〆ていく。その様子を眺めながら「綺麗に〆よるでしょ。手際がいいし、扱いが丁寧なんですよ」と橋本さん。まるで自分のことのように嬉しそうに話すのだ。

最後、船を洗う原さんに延縄量について尋ねた。

「底引き漁もやっているんですが、延縄は別世界です。仕事の質も魚の鮮度も違います。底引きでも鱧はかかるんですが、同じ魚とは思えないぐらいキレイです。まだまだ本当に未熟なんで、橋本さんからどんどん技を盗んでいきたい。頑張りますよ。」

後から聞いた話だが、原さんの鱧は市場で高値がつくと言う。徳山の伝統漁法『延縄漁』、その伝承の現場を垣間見た気がした。

Keyword 用語解説 『周防鱧』
産卵を控えた6月から7月あたりまでが最も美味しい旬。口が大きく鋭い歯を持っているのが特徴で、夜に海底近くを泳ぎ回って獲物を探し、魚やエビ・タコ・イカなどを捕食する。一説にはよく噛みつくことから「咬む」が変化してハモと呼ばれるようになった。京都の夏の風物詩として有名で、京料理には欠かせない高級食材。長くて硬い小骨が非常に多く、食べるには「骨切り」という下処理が必要になる。京料理の板前は「一寸(約3cm)につき26筋」包丁の刃を入れられるようになれば一人前といわれる。徳山では、伝統の延縄漁で獲られた鱧だけが『周防鱧』と呼ばれる。

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