知るも知らぬもの逢坂の関

百人一首で蝉丸が詠んだ詩の下の句、ご存知の方も多いだろう。知人も他人も皆ここで別れ、そしてここで出会うと言う有名な逢坂の関であると言う訳がまぁ適当だろう。勿論、ここで私の古典知識を開けっぴろげにしてひけらかすつもりは毛頭ない、今日はここで今さっき起きた奇妙な一期一会の話をしようというのだ。読者諸兄には、情動が先行した拙文ではあるが、最後までお読みいただけると恐悦である。

さて私は高校時代からの悪友と大阪にいる。というのも私は明日から長崎は五島列島へ足を運ぶことになっているのだ。かくして大阪は梅田、阪急ホテルに本営を設け明日に備えて眠りに就こうとした矢先、突如としてホテルの部屋の呼び鈴が鳴動した。移動とそもそも先日までの検査入院で全快とは言い難い体調である、疲労が溜まり目蓋はシャコガイの如く硬く閉じていたが、出ないわけにもいかない。私はベッドサイドのランプを捻り、明かりをつけドアに歩み寄った。チェーンをかけ恐る恐るドアを開けると、そこには屈強なホテルのボーイでも屈強な強盗団でもなく、身長160cmほどの若い女性が立っていた。彼女は自身が派遣型風俗店の店員であると名乗った。

脳が凍る、そう表現するのが最適だろう。友人の悪戯かこの女の子が部屋を間違えているという2つ選択肢を提示した後、無責任にも脳は活動をやめ思考を停止し、絶対零度で休眠した。そして宛もそれに冷やされたが如き汗が全身から滲み出て、全身の筋肉が硬直した。

取り敢えず、私は尊敬するビスマルク元帥の教えに忠実でないことを謝しつつ、ここは経験に学び其れに基づいてより無難な選択肢を彼女に提示してみることにした。

私は震えた不規則に動こうとする声帯をどうにか統御し、まるで深い井戸から細い麻紐で釣瓶を手繰り寄せるような慎重に言葉を選び、二十日鼠にでも問うのかという声の大きさで「部屋を間違えていませんか?」と尋ねた。すると彼女は右手に持った大きな鞄からスマートフォンを取り出して一寸俯いて、其れを一瞥すると、選択肢が最悪であることを告げる返答、即ちこの部屋で合っている旨の挨拶をした。そうなると、もう犯人は同行の大馬鹿ということになる。私は慌てて部屋に戻り友人に電話をかけ問いただした。すると悪びれることすらなく、あっさりと就職祝いだと告げてきた。絶望である。果たして人材派遣型の性的サービスにクーリングオフ制度は適応できるのか、そもそも契約の時点で虚偽の外観の作出に当たるのではないか、今になって法学部での不勉強が強い後悔の念となってこみ上げてくる。

眠いので明日に続く