朗読会用台本

テーマ「愛」
タイトル「TON-JIRU」

穏やかな風が窓から入ってきた。
外では桜の花が揺れている。
そんな、のどかな春の中
父の人生は終わりを迎えようとしていた。

国内で極めて危険な伝染病が蔓延し、料理研究家であった母は昨年命を落とした。
そして父までもが同じ病に倒れてしまったのだった。

「ワンや、こっちへ」父は細く痩せ細った手を差し出した。
「父さん、、、!」
「ワン。お前に言っておかなきゃいけない事がある。」
「うん」
父は声を振り絞って話してくれた。
「お前には使命がある、、、。実はな、、、母さんの遺品から、、、伝説のレシピが見つかった。アレを取ってくれないか」
父は弱々しく母さんの位牌を指さした。

この位牌は木工職人である父の手作りだ。
今まで気付かなかったが、巧妙な細工を施してあった。
パカっと開くと中から古びた手帳と塗り箸が出てきた。

「父さん、これは、、、?」
「伝説の、、、豚汁の作り方だ。一部意味の分からない言語があってな。夕べようやく解読が終わった。この手帳には豚汁を作るためのヒントが書かれている。どうやら具材の精霊の生まれ変わりを集めなくてはいけないらしい。
ワンよ、協力しあって伝説の豚汁を作り上げるのだ。このノートには彼らの特徴が書かれている。」
「そんな、、、オレにできるの!?」
「大丈夫だ、困った時はわしの作った塗り箸が助けてくれよう。この伝説の豚汁は病魔に勝てる筈だ。行きなさい、ワンよ、、、」
そうして父は静かに目を閉じた。

数日後。
父の葬儀を済ませたオレは
手帳と塗り箸をリュックに詰め込み旅に出たのだった。

手帳を開くと、最初はネギの精霊の特徴のイラストが書かれていた。
ヒョロっとした、メガネをかけた40代半ば位のサラリーマン。いかにも出世しなそうなタイプに見える。
オレはなんとなく新橋に向かった。
新橋=サラリーマンのイメージが有ったからだ。

そういうタイプの行きそうな安いチェーンの居酒屋に入って、情報収集をする事に決めた。
レモンハイをちびちびやりながら周囲を観察していると、こんな声が耳に入ってきた。

「ワタクシ根岸は勤続20年ッ、会社に骨を埋める覚悟でッ、働いてるわけでありますッッッ」

根岸、、、?
ねぎ、、、し、、、?
ねぎ、、、、、?
まさか!!と思い振り返ると、手帳に書かれているイラストそっくりな男がベロベロに酔っぱらっていた。

オレは男に近寄り話し掛けた。
「あの、根岸さんですか?」
「いかにもッッッ。あなたは、、、?」
「オレはワンと言います。実はこれこれこういう事情で、ネギの精霊の生まれ変わりを探してるんです。根岸さんはネギの精霊ですか、、、?」
「はぁーん??記憶にございませんなァ」

そういえば、精霊らしき人が見つかったところで、どうやって確認をしたら良いのだろう。
前世の記憶があるんだろうか?

そうだ!
困った時は父の遺してくれた塗り箸。
オレは試しに塗り箸を根岸の方へ向けると、ピカーッと光り出した。

「やはり貴方はネギの精霊に間違いありません!一緒に旅をしてください、そして疫病から人々を救済しましょう!」
「そういう事なら喜んでッッッ、この根岸、休職届けを出しましょうッ」

こうしてオレは根岸と旅を進める事になった。

オレと根岸は次の日からネットカフェを転々としながら情報収集を始めた。

次に探すのは大根の精霊だ。
手帳のイラストを見る限りでは、色白でむっちりとした美熟女だ。
はて、どうやって探したものか、、、

「あの〜ワンさん、ちょっといいですか?」
「ああ、どぞ」
「色っぽい美人で大根、と聞くと、自分は女性のフトモモを想像するのであります」
「なるほど、一理あるな」

根岸はパソコンにカチャカチャっとなにか入力し、とある店のホームページを開いて見せてくた。

「コレ見てください」
そのホームぺージには丸っこいフォントで
【脚フェチクラブ・ダイコン娘】と書かれていた。
「きっとここにいるんじゃないでしょうか!」

心做しか興奮気味な根岸。
性癖がダダ漏れである。

「まぁ行ってみようか」
俺と根岸は【脚フェチクラブ・ダイコン娘】を目指して電車に乗った。

その街は猥雑な雰囲気が漂っていた。
【脚フェチクラブ・ダイコン娘】は
風俗店やラブホテルが並ぶ一角に有った。

「お好みの子がいたら声掛けてくださいね」
ボーイに案内されて俺と根岸はソファに腰をおろし、女性スタッフの写真をまじまじと眺めた。

やがて、手帳のイラストに似ている子を見つけた。
名前はダイ子ちゃんと言うらしい。
ダイコ、、、ダイコン!?

「根岸、この子似てないか?」
フハー、フハーと鼻息を荒くしながら根岸が答えた。
「たたた確かに似てますね、フハッ。この子にいたしましょうッッ」

「いらっしゃいませぇ」
しばらくして甘ったるい声の美女が入ってきた。
ミニスカートから覗く太ももは確かに大根のように白くムチムチだ。
「ダイ子でぇす、よろしくお願いしまます♡」

「カハッッ」
もう我慢出来ない、とばかりに太ももに飛びつく根岸。
「お兄さんってばせっかちねぇ、かわいい♡」

「おい根岸!目的を忘れるなよ。」
正直俺も太ももに触りたかったが、平静を装った。

「え?どういうこと?」
キョトンとした顔のダイ子に事の経緯を説明した。
これこれこういう事情で、大根の精霊の生まれ変わりを探して居ます、と。

そして塗り箸を手渡すと、箸はピカピカと光り始めた。

「あなたは大根の精霊に間違いありません。共に人類救済の手伝いをしてください」
「ええ、私で良かったら喜んで」
ダイ子は笑顔で答えた。
「アッシはもう少しこのままで、、、おうっふ、、、」
ダイ子の右足に自分の顎髭を擦り付けながら根岸が言う。

キモい。
今後根岸を「キモい発祥の地」と呼ぼう。

さて、豚汁と言うからにはメインの豚肉が必要である。
豚肉の精霊の生まれ変わり、、、?
なんだか奇妙な感じだが実在するらしい。

俺と根岸とダイ子はファミレスのドリンクバーで粘りながら作戦会議を始めた。

「手帳によると、豚肉の精霊の生まれ変わりは女性のようだ。純朴な雰囲気の、やや太めの中年女性らしい」
「って事は抱き心地がいいんでしょうなぁ」
探し当てても居ないうちから抱く発言の根岸。
流石はキモい発祥の地だ。

「太めって事は、大きいサイズのブティックを利用してるんじゃないかしら!私もモモが太いせいで普通サイズが合わなくて、買いに行く事あるんですよ」
ダイ子がアイスティーの中のレモンをストローでいじりながら言った。

「なるほど、有り得るな」
「私の行きつけのお店を巡回してみましょう!」

こうして一行はダイ子の馴染みのブティック数軒をハシゴして偵察を続けた。
ところが1週間経っても、 それらしい女性は現れなかった。

諦めて作戦を練り直すか?そう思い始めた時だった。
田舎者、という感じの女性がズシン、ズシンと店内に入ってきた。

「イんヤー、あづがったな!すっかス東京サはええもん売ってるなァ。アレもコレもめんこいなぁあ」
背負ってた風呂敷包みからガマ口財布を取り出した。

「可愛い。アリ。全然アリ。」
うん、うん、と頷きながら根岸がつぶやく。
どんだけ守備範囲が広いんだよこのオッサンは。

「ん〜?なんだべか?オラかわいいなんて言われたのはずめてだ~」
女性が俺たちの存在に気づき、声をかけてきた。

「いやですね、これこれこういう事情で、豚肉の精霊の生まれ変わりを探してるんですよ。失礼ですがお名前伺ってもいいですか?オレはワンと言います」
「オラのなめぇか?オラはトン子ちゅうだに。家が養豚場やっとってな、おとっつぁんが付けたんじゃ」

トン子、、、
トン、、、豚!?

ダイ子が塗り箸をトン子に向けると、箸はピカピカと光った。
「やった、当たりだわぁ。トン子さん、あなたは選ばれし人よ」
ダイ子はパチッとウインクをした。

「トン子さん、俺たちと旅をしましょう。そうして人類を救済するのです!」
「そんなら田舎のおとっつぁんに許しサもらってくるで、一旦帰るでの。3日後に合流しまひょか」
「よろしくお願いします!!」

3日後、俺と根岸とダイ子は東京駅でトン子と落ち合った。
「よろしくたのんます~。これはおとっつぁんからです。」
トン子はお菓子の包みを差し出した。
節約生活で甘い物など食べていなかったので、非常に嬉しい差し入れだ。

「早速だが。最後の精霊はコンニャクだ。
これで伝説の豚汁が完成することになる」
「おおおー!!!」

が、手帳を読み進めて俺は絶句した。
「な、、、なんだって!?」
「ワンさん?どうしたのぉ」ダイ子が髪の毛先を指でクルクルしながら言った。

「最後の精霊の生まれ変わりは、、、マッチョな外国人らしい」
「えっ!外国人!?」

「ほう。肉体派もいいですなぁ~!ひ弱な自分には憧れの対象です。好きであります」
根岸の眼鏡がギラッと光った。

まさか両刀なのか?
どこまでもこのオッサンは、、、。

「すっかす、外国人なんてどうやって探すっぺ?」
「ボディビルダーを片っ端から当たってみるしかないかな」
とは言っても外国人ボディビルダーなんて相当な人数が存在するだろう。
俺たち一行は再びネットカフェに行き、情報収集をする事にした。

「あ!ワンさん」
「いたか?トン子?」
「これ見てくんろ」

画面に写ってるYouTubeの動画では、筋肉隆々の大男がポージングを決めていた。
名前はコニャックと言うらしい。

コニャック、、、コンニャク!!!
怪しい。
調べたが、ボディビルダーでコニャックという名前の人物は1人しかヒットしなかった。

コニャック選手のFacebookを探し出して見ると、近々ボディビルの大会で来日予定だと言う。

俺たち一行はボディビル大会まで休養を取る事にした。
軍資金に限りがあるので贅沢は出来なかったが、レンタカーを借りて房総方面へキャンプに行った。

幸い、トン子の父親が豚肉を送ってくれたので
安くバーベキューを楽しめた。
色ボケ根岸はテキパキと火を起こし肉を焼いた。
こいつ意外に良いパパになるタイプかもしれないな。

「なあ、みんな」
「うん?」
「この旅が終わったら何したい?」
最初に答えたのは根岸だ。
「自分はこの経験をまとめて、noteで有料公開して小銭を稼ごうかと」
「なるほど、抜け目ないな。小銭ってところがお前らしいよ(笑)ダイ子は?」
「あたしは婚活でもしようかなァ、旅の経験談は婚活で受けそうじゃない?」
「はは、ダイ子らしいな。じゃあトン子は?」
「ワタすはおとっつぁんと豚汁づくりのボランテアさしようと思っとると」
「それはいい考えだな!お前の家は養豚場だしな」
「んだ、今度子豚さ産まれっから、ワンて名前つけてけてけろーっておとっつぁんに頼んだだ」
「フハッ」根岸が吹き出した。
釣られて、みんなゲラゲラ笑った。

この旅がもう少しで終わるのかと思うと少し寂しい気持ちになった。
でもこの経験は一生の思い出になるだろう。

翌朝俺たちは東京方面へ向けて出発した。
海岸沿いの道を歌いながら走った。
この風景にはユーミンが似合うね、とダイ子が言ったら
根岸が「埠頭を渡る風」を歌い出した。
それがまた、調子っぱずれで滅茶苦茶なもんだから大笑いした。

こんな調子が都内まで続くのか思うと嬉しいような悲しいような、、、
俺はハンドルを握りながら、色々な思いを巡らせていた。

俺たちはボディビル大会の裏口で出待ちをする事にした。
幸い警備は緩く、待っていても何も言われなかった。

やがてコニャック選手らしき人物が出てきた。
駆け寄るトン子。
「あんのぉ~、コニャック選手だべか?」
「オウ?ドナタデスカ、、、」
困惑の色を隠せないコニャック。
そりゃまあそうだろうな。

「はじめまして、コニャックさん。オレはワンと言います」
「オウ~、ワンワン、イッヌデスカ、、?」
「いや、父が木工職人でね。正確には、お椀の椀と書くんだ。オレ自身はあまり好きじゃなくてカタカナでワンと名乗っているんだけどね」

「えっっそうなの!?お椀の椀だったの!?」
ダイ子が素っ頓狂な声をあげる。
「あれ、言ってなかったか。」
「豚汁をまとめるお椀か、こりゃいいや」
根岸が腕組をしながら、なるほど、という調子で呟いた。

「トンジル、エイヨウマンテンネー。イイダシ出ますネィ。コニャック大好物デーす」
「実はね。コニャックさん。これこれこういう事情で、貴方はコンニャクの精霊の生まれ変わりかもしれないんですよ」
「ファッ!?ミーがコンニャク?のーのー。コンニャク違いムース、コニャックデーす」
オレは塗り箸を取り出してコニャックに向けて差し出した。
「のーのー!!おはしで刺スですか?ハラキリいくなーい」
塗り箸はピカピカと光った。
「間違いない。君はコンニャクの精霊の生まれ変わりだ。君がいれば伝説の豚汁が完成する。一緒に来てくれないか?」
「ノーノー、ワカリムセーン」
コニャックは理解が追いつかない様子だ。

「コニャックさん」
トン子はコニャックの手を優しく握りしめた。

「コニャックさんもおとっつぁんとおっかさんがおるべぇ?」
「はい、います」
「病気サなったら助けてあげてぇべ?」
「はい、病気こわい、助けたいデーす」
「いま日本じゃおっかねぇ病気が流行っとってなぁ、、、ワンのおとっつぁんとおっかさんは、それで命を落としたんじゃ」
「オゥ、、、、、」
「だからちょっくら力を貸してくんろ。なぁに心配はいらん、少しの辛抱だで」
「オウケイ、ワカリムヂタ。コニャックてつだいます」

「ありがとう、よろしくな!」
オレはコニャックと握手を交わした。

さて、いよいよ伝説の豚汁づくりだ。
手帳の最終ページは袋とじになっており、全員が揃うまで開けてはならぬと書かれていた。
オレはペーパーナイフで丁寧に切り開いた。

精霊の生まれ変わり達は前日から飲食を絶ち、身を清めて臨むべし。
ビニールプールに水を張り、全員で小一時間ほど浸かるべし。
その水を使って豚汁を作り、人々に振る舞うべし。
そうすれば病人はたちどころに元気になるであろう。

翌日から俺たちはせっせと
レシピに従い豚汁用の水を生成していった。
水に浸かるのは精霊達だけなので、オレはひたすら出来上がった豚汁用水を容器に詰め続けた。

こうして出来上がった水をトラックに詰め込み、SNSを使って予告をしながら各地で炊き出し活動を行った。

俺たちのアカウントには、沢山の感謝のメッセージが寄せられた。
余命1週間と言われてた婆様が起き上がった。
体調が良くなり、腰痛が消えた。
中には、髪の毛が増えただの、シミが消えただの、3キロ痩せただのという「気のせいじゃね?」レベルの報告もあったが、感謝されているのだから喜ぶべきだろう。

こうして雪がちらつく季節になると、疫病の話は殆ど聞かなくなった。
俺たちは大晦日をもって解散する事を決めた。

行く年を惜しむような、
でもどこかワクワクしてるような、そんなムードの漂う街中を抜けて
降り積もる雪の中、オレは父と母の墓前に居た。
父さん。母さん。今年が終わるよ。
瞼に落ちる雪に涙が滲んだ。

よく頑張ったね、
父と母の声が聞こえた様な気がした。

おしまい

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