3つの小さな物語

ひさしぶり

 今日はクリスマス。孫たちにせがまれて久しぶりの遊園地に来ている。
 雪は降りそうにないが、曇天が寒さを一層引き立てているようで、老体には少々堪える。

「おじいちゃんはやくー! ジェットコースター乗ろう!」
「先に行っておいで……おじいちゃんには乗れないよ」

 最近の小学生は元気なものだ。私なんかは家に引きこもってゲームばかりしていた。大人になってからも、Vtuberというものにハマり動画や配信を追いかける日々だった。
 いや……少し違うな。Vtuberにハマりだした当時はイベントに参加する為、全国各地を飛び回っていたんだ。推しに会えるという事が嬉しくて、外に出なかった自分がいつの間にか変わっていた事に驚いたものだ。
 妻に出会ったのもイベント会場だったし、推しには感謝してもしきれない。
 結婚してからというもの、日常の多忙に追われて動画や配信は見なくなってしまった。推しもいつ頃からか活動をやめてしまっていた様で、チャンネルも既に残っていない。あの楽しかった日々が遠く夢幻の様に感じられ、寂しくもあるが今は家族が幸せな時間を与えてくれている。

「お父さん、お疲れではないですか? 少し休みましょう」
「ああ……たすかるよ。みんなで何か飲もうかね」

 義理の娘が声をかけてくれる。気遣いの出来る優しい子でオタク全開のバカ息子にはもったいないくらいだ。
 オタク趣味については人の事をとやかく言えた立場じゃないが、娘や孫には一応隠している。だって嫌だろ、そんなおじいちゃんは。

「俺はビール! 親父はどうする?」
「メロンソーダを頂こうか」
「でたー! 好きだよなメロンソーダ、いつも頼むじゃん」

 はっはっは、と笑って流す。習慣になってしまったことは案外やめられないものだ。

 園内はロボットの導入が進み、アトラクションの受付などは全て自動だ。かつての様な、サービス精神に溢れたキャストに歓迎される遊園地はもうない。代わりに、ホログラムに投影された3Dキャラクターによってサービスが提供される。言ってみれば在宅ワークみたいなものか。
 Vtuberの流行以降、アバターを通してのコミュニケーションや接客に人々は慣れ、違和感を覚えなくなっっていった。いい時代になったもんだ。

『こちらのアトラクションは現在60分待ちでございます。
ファストパスをお持ちのお客様は右手の列よりお進みくださいませ』
 受付に映し出された金髪の少女が、流暢にアナウンスを行っている。AIが機械音声を使っている場合もあり、ほとんど聞き分けがつかないくらいに進化している。……この子はAIだな、と頭の片隅に浮かぶ。
 なんとなく、わかるのだ。

「おじいちゃん、これなら乗れるでしょー?」
「VRお化け屋敷……おじいちゃん心臓とまっちゃうよ」

 ひとしきり遊び日も暮れだした頃、「蛍の光」が流れ出す。いつの時代も変わらないものはあるもんだと感傷に浸っていると閉園を告げるアナウンスが流れ始めた。

『本日はご来園頂きまして誠にありがとうございます。
当園はこのあと間もなく閉園のお時間となります。お帰りのお客様は――』

 足が止まる。
 聞き間違える筈がない。あの、声だ。

 瞬間、想い出が胸の奥から溢れてくる。
 初めて配信を見た日、イベントでおしゃべりしたこと、サイン入りのグッズ、リスナー仲間とのオフ会、そして武道館でのライブ……。語りつくせないほど楽しかった、楽しかった日々。

『――どうぞお気をつけてお帰り下さいませ。またのご来店を従業員一同心よりお待ちしております』

「おじいちゃんどうしたのー? 帰ろうよー」
「……ああ、寒くなってきたね。早く暖かいお家へ帰ろう」

 元気でいてくれているようだ。私たちのことは覚えてくれているかな。確かめようもないが、来年もまたここに来る理由が出来た。
 長生き、しなきゃな。

親子

「みんな今日も配信きてくれてありがと~!!
また明日もよろしくね! バババーイ♪」

 ふぅ、と人心地ついて配信を切る。もう1年も続けてしまっているけれど、なんだかんだで続くとは思っていなかったら自分でもびっくりしてる。

 Vtuberなるものを自分の母親がやっていると知らされた時は、心底おったまげた。マジ? 年考えなぁ?
 チャンネル登録者数は1万人くらいで、めっちゃ売れてる訳ではないけど地味に色んなイベントに呼ばれたりとかしてて、熱心なファンの方も結構いたみたい。っていうかいる。
 なんだろな、何が人気なのか全然わかんなかったけど、配信の雰囲気がよかったんだろーな。お誕生日配信ではスパチャが飛び交って、泣きだしたりしてたっけ。ファンレターもたくさん、大事に大事に保管されてる。愛されてたんだなぁ。

 推しは推せるときに推せ、っていうの? よく言われるけどさ、あれ本当だと思うよ。だって何があるか分かんないもん。急に入院してさ……心の準備ってやつが出来てないってば、こっちはさ。「ファンの方たちを悲しませたくないから」じゃないんだよ、おかあさんの代わりなんかあたしには出来ないって。ほんとに。

 そんな感じでVtuber始めちゃったわけだけど、コツが掴めたのかな、結構楽しくやってる。初めのうちこそ「中の人変わった?」ってネタで言われたりしたけど。わたしがレトロゲーオタクでよかったね、おかあさん。

『配信おつカレ~! 今日も楽しかったYO! さすがの神プレイ!』
「ありがと~! やっぱ神でしょ? わかる~」

 古参リスナーの大文字さんからリプが飛んでくる。活動し始めの頃からだからもう10年近く? 長く応援してくれているひと。いつも変わらないテンションでコメントしてくれるから、安心するんだよなぁ。

『……ところで今日は、大事なお話があります』
「なになに真面目か~? 聞くよきくよ~」

 珍しい。普段はちょっとおちゃらけた感じの、明るいコメントしかしない人なのに。ガチ恋勢ってやつ? 変な絡まれ方になっちゃったらやだな……でも大文字さんに限ってそれは無いと思うけど……。

『実は先月、父が亡くなりました。今は息子の私が配信を見てコメントなどをしています。気付かなかったでしょうけれど、ファンを大切にしてくれる貴方を悲しませたくなかったという、父の願いでした。
 黙っていることも考えましたが、今は私も貴方のファンなので、それは不誠実な気がして』
『突然、おかしなことを言ってしまい申し訳ありません。ご迷惑に思われたならブロックしてもらって構いません。もし、これからもファンでいさせてくれるなら、今までと変わらず応援します!また次の配信も楽しみにしています』

 ――何、言ってんの?
 足が痺れるまでスマホを見つめてた。
 悲しませたくない、じゃないんだよ。どこに向かってんのよ、その優しさは。不誠実な気がしてって、それはアンタだけの都合でしょう。まったく、どいつもこいつも! あーやんなるなぁ!

 震える手でようやくスマホを持ち上げ、
「大事なことを教えてくれてありがとう。
 わたしは――」

秘密

「今日もお前らぁ! 来てくれてありがとな! カインと~」
「アベルでした。また来週、お楽しみに」

 オフラインコラボ。Discordで通話しながらの配信じゃなく、実際にお互いがひとつところに集まって配信をするものですが、私はこちらのカイン君と組んで2年ほどでしょうか、定期的に配信をしています。

「今日もお疲れ様でした、アベルさん。このあとご飯いきますか?」
「いや、有難いけど動画の編集進めておきたいからね。また誘ってよ」

 配信ではオラオラ系のカイン君ですが、裏では非常に腰の低い、礼儀正しい青年なのが面白いところです。最初にコラボを持ち掛けられたときは、正直どうかなと思っていたのですが、実際に会ってみると180度印象が変わりました。相性がいいんでしょうね。コラボを始めてからお互いのチャンネル登録者数も伸びに伸び、来年にはコンビで企業入りの話も出ているんですよ実は。

 彼は優しい部分もあるんですよ。配信でアンチが暴れていたときに、私が我慢ならずキレそうになるのを抑えて代わりに対応してくれたり。記念日の配信や、誕生日なんかのお祝い企画を立ててくれるのも全部、彼がやってくれますね。私も技術面でのサポートは全力で行っていますが、彼の人を思いやる暖かな心情、配信では見えない気配りや行動はとても有難いものです。
 リスナーさん達には教えたくない、私だけの秘密です。

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「じゃあ、自分は帰りますね。ゆっくり休んで下さいよ!」
「ありがとう。君もよく寝るんだよ」

 ああーーーっ! 今日もコラボ楽しかったぜぇ!!! やっぱアベルの兄貴とは最高なんだよな! コンビでオフコラボ始めて2年くらいだっけ!?ビビっちまってたけど声かけてよかったー! あの頃の俺GJ! まじグッジョブ!

 ほら俺ってさーガサツっていうか乱暴っていうか、そういうところあるじゃん? だから人前では極力おとなしくしてるんだけど兄貴と配信だとついつい素が出ちゃうんだよー。わかる? わかるっしょ?
 配信ではいつも好き放題させてもらってるかんなー。感謝感激雨ざらしってやつ? 俺が適当な事ばっか言っても全部拾ってくれるんだもん。頭がいいんだよな! いやー俺には無いものばっかりでホントに憧れちゃうぜ! 動画編集とかもプロかってくらい凄いんだって! ん? プロっちゃあプロかこれで食ってってるもんな!

 兄貴は大人で知的でクールなイメージだけど、ああ見えて結構短気なとこがあってさ、この間もアンチのクソヤローが配信で暴れてやがったときにキレかけちゃってさ、怒りで震えてる人って初めて見たね俺は。まーリスナーさんこと悪く言われたら誰だってそうなるわ! 優しいんだよ兄貴は。その場は俺がキレ散らかして気を逸らしたけど、あれ爆発しちゃってたらどうなってたか分からんよマジで。マジで。

 こんな俺も企業入りかー全然実感ないけど。ほとんど兄貴のおかげみたいなもんだしさぁ、実際感謝しかないよね! 面と向かってさーちゃんと感謝を伝えなきゃなんだけど、やっぱ配信外だとかしこまっちゃうんだよ! ばかばか俺のばか! ばーか!
 ちゃんと素の俺で気持ち伝えなきゃなって! 兄貴には、今のところ大人しい俺はビビってるだけって、秘密にしといてくれよな! リスナーのお前らには、こっちが素だって分かってるんだろうけど! おっしゃラーメンでも食べに行くかー!!!



素敵な朗読動画を、焔丸さん( @Creators_Nest )に作って頂きました!!

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