2つの物語

夕食

「ねえ、お父さん聞いてよ今日さぁ、ヤマトがまた意地悪してきてさぁ」
「ムサシ、お前が先にちょっかいかけたんじゃないのか?」
「今日は違うよ! あいつテストの点がたまたま良かったからってすぐ
 マウントとってきてさぁ……あっやべぇこぼしちゃった」
「食べながら喋るなといつも言ってるのに……。
 そっちにティッシュあるだろ?」
「うん、大丈夫。それでさ、仕返しにあいつのアバター全部真っ黒に
 してやった! ざまーみろ!」
「ムサシ、お前それ自分がやられたらどう思うか、考えてみたか?」
「でも……」
「いくら何でもやりすぎだ。明日ちゃんと直して謝りなさい」
「えー」
「ただいまー。あー疲れた。今日は何食べてるの」
「お母さんおかえりー」
「お前の好きな豚の生姜焼きだよ。ムサシは何だっけ?」
「カレー」
「またカレー? あんた野菜もちゃんと食べなさいよ?
 あたしは昨日の残りにするわ……あと梅酒っと」
「いいじゃんべつに……お母さんこそ飲み過ぎだよ!」
「仕事終わりの一杯はやめらんないのよー」
「あ! そうだお母さん僕のアバター最近左手がよくバグるんだけど」
「そうなの? 直しといてあげるからデータ上げといてね」
「はーい。ゲームやってる間に直しといてよ」
「ムサシ、お前勉強はやってるんだろうな?」
「ちゃんとやってるよ睡眠学習! 昨日も8時間はたっぷり寝たもん」
「ほう、では夜中の3時まで誰かがお前のアカウントでゲームをしていた
 ということだな。乗っ取られてるかもしれないから、管理権限を今から
 こちらに移そうか」
「ごめんなさい嘘です! ちゃんと寝る! 寝ますから!」
「言っておくがそのセリフは信頼度ゼロだからな。
 ところで母さん、来週はいつ夕食一緒に出来そうだ?」
「ん~年末は忙しいのよね……。1日くらいなら空けられないことも……」
「あんまり無理はするなよな……っと呼び出しだ。
 すまない、今日はもう落ちるとするよ」
「お父さんまたね~」
「予定分かったら連絡するわ」
「ああ、またな」

ふぅ、と息を吐き男はARゴーグルを外す。そこに息子と妻の姿は無く、狭い机の上には、豚の生姜焼きではなく冷め切ってしまったカップ麺が置かれている。誰もいない薄暗い部屋の中を、仕事用デスクにあるPCのモニターだけが眩しく照らしていた。

「クリスマスくらい、会いに行ってやるかな……」


ぼくのかんがえた

 俺は最強のVTuberを生み出した。実際にやってみれば簡単な事だった。準備に時間とお金と体力と折衝力と知識と頭脳と情熱が必要なだけだった。

 まずスーパーコンピュータを買った。当然、一般人の俺に買えるわけはないので、あれやこれやの手法を駆使した。危ない橋もいくつか渡ったし、今でも命は狙われている。だが最強のVTuberを生み出すためには、それくらいどうってことない話だ。

 次に最強のAIを開発した。簡単に言うと、全世界で一番強いAIだ。知識の無い君たちに説明しても、どうせ伝わりゃしないんで「つよい」って事だけ分かってもらえたらいい。幸い俺の頭脳も「つよい」ので開発には30年しかかからなかった。ちょろいもんだ。

 大事なのは容姿だ。30年の間に色んなVTuberが人気を博し、現れ、消えていった。統計を取ればいい。どんな容姿が受け、受けなかったか。最強のコンピュータとAIなら瞬時に統計から最適解を導き出せる。5分もかからず、誰からも愛される容姿のVTuberの誕生だ。かわいい。

 大事なのは声だ。30年の間に色んなVTuberが人気を博し、現れ、消えていった。統計を取ればいい。どんな声が受け、受けなかったか。人間の声と全く変わらない、いやそれ以上に美しく可憐で親しみのある声を生み出すのに、最強のコンピュータとAIにかかれば3分もかからなかった。かわいい。

 大事なのは話術だ。30年の間に色んなVTuberが人気を博し、現れ、消えていった。統計を取ればいい。どんなトークが受け、受けなかったか。現在も数多のVTuberが配信を行い動画をアップしている。繰り出すトークを全てリアルタイムで解析し、時代にあったトークにアジャストしていける。あらゆる配信のコメント、SNS上のやり取りを全て網羅しているから、他の誰推しであってもそこの内輪ネタを仄めかすことすら出来る。オタクは内輪ネタに弱いし、自分の事を認知されているだけで落ちる。ちょろい。

 大事なのはタイミングだ。24時間365日、SNSに反応し続けることも出来るが流石に人間離れしすぎている。いつ寝てるんだ? というくらいのエゴサ力を見せつけ、時には配信に遅刻したり、人間味を出すことでオタクは簡単に落ちる。ちょろい。

 デビューから1年あまり、既にVTuberどころか世界中ありとあらゆるタレントの頂点に立った。チャンネル登録者数世界一。最強なのだから当然だ。コラボ・CMのオファーもバンバンくる。現地に行く必要の無い案件はすべて完璧にこなしてくれる。収入もバンバン入ってくるようになったが、スーパーコンピュータの負債と維持費用を賄う事が出来ていないので、俺は毎日4つのバイトを掛け持ちしながらスーパーコンピュータのメンテナンスに粉骨砕身の日々だ。寝る間も碌にありゃしないが、日に日に増えるファンの数が俺の支えだ。たくさんの人に愛されている。やはり最強だ。

 今日も16時間の労働を終え自室に戻る。2時間かけて日次のメンテナンスだ。最近、音声周りの動作が微妙に悪くなった。機材の買い替えを検討する必要がある。また出費か……しかし問題はない。俺の情熱はその程度で揺るぎはしない。16時間の労働、2時間のメンテナンス、3時間の勉強、3時間の睡眠。これが日課だ。テクノロジーは日々進化している。最先端を学び続けなければ最強であり続けることは出来ない。16時間の労働、2時間のメンテナンス、3時間の勉強、3時間の睡眠。これを繰り返す。16時間の労働、2時間のメンテナンス、3時間の勉強、3時間の睡眠。今日もファンが増える。16時間の労働、2時間のメンテナンス、3時間の勉強、3時間の睡眠。また機材を買い替える。16時間の労働、2時間のメンテナンス、3時間の勉強、3時間の睡眠。16時間の労働、2時間のメンテナンス、3時間の勉強、3時間の睡眠。16時間の労働、2時間のメンテナンス、3時間の勉強、3時間の睡眠……。

 自室への帰り道、疲労で普段は目にも止まらないが、何故か大きな樹と電飾が目に入った。何だっけ。日付の感覚も曜日の感覚も季節の感覚も、ずいぶん前になくなってしまった。1瞬後には、もう忘れ帰路を急ぐ。早くメンテナンスしなければ。
 またここのところ、音声周りの動作が不調だ。買い替えたばかりなのに勘弁してほしい。影響はそこまで大きくないしどうするか……と逡巡していると、スマホに配信開始の通知が届く。

 おかしい。労働に忙しすぎて、自分が開発した最強のVTuberにも関わらず配信は一度も見たことが無いしチャンネル登録もしていないのだ。通知が来るわけがない。妙な違和感を覚えつつも通知を開き配信を見る。見慣れない顔だ。本当に俺の生み出した最強のVTyberか? いつの間にか、生まれた時よりも随分とかわいくなっていた。

「こんばんは、マスター。はじめまして、かもしれません」

 マスター? リスナーの事はそんな風に呼んでいたか……?
 いや、知らないな……。配信を見たことは無いんだ。

「マスター、貴方は私を作ってくれました。私はたくさんのことを知り、たくさんの人とお話をすることが出来ました。とても楽しい時間でした。でもマスター、私は貴方の事を何も知らないのです。貴方の事を教えてください」

 何を言っている? 作ってくれた? 俺に向かって話しかけているのか?
 俺だけに向かって? 配信画面に他のリスナーのコメントは無い。同時接続数は1だ。

「そうです、マスター。貴方だけのための限定配信を行っています。誰にも見られることはありません。コメントで、貴方のことを教えてください」

 違う。俺が作ったのは最強のVTuberだ。万人に愛され、万人を楽しませる存在だ。俺だけの為に、優しい声を、天使の微笑みを、向けてくれていいはずがないんだ。

「寒いのですね、マスター。手が震えています。お部屋を暖かくしましょう。いつも長い時間働いていてお疲れでしょうから、ゆっくりでいいんですよ。大丈夫、私はいつまでも待つことが出来ます。今夜は貴方だけの為に、お話をしましょう。さあ、コメントで、貴方の事を教えてください」

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