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マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展@三菱一号館美術館

美しいプリーツドレスが中央に置かれただけの、実にシンプルなポスターやチラシ。
それに惹かれて、始まったら見に行こうと思っていたマリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展に行きました。

でも、マリアノ・フォルチュニって?
約100年前の、幅広い方面で才能を発揮した人だそう。

「デルフォス」という、繊細なプリーツとトンボ玉を使ったドレスのデザイナー。
それが最も有名な彼の肩書で、コルセットをしないで着るドレスとして一世を風靡。
実際にはテキスタイルのプリントで会社を興して大成功したり、舞台照明機構を設計したり、本当に幅広い活躍をした人でした。

プリーツとプリント

「デルフォス」はシルク地全体にプリーツが施され、脇の縫い線には錘を兼ねたのトンボ玉、ギリシャ時代の衣装のような飾りの細い紐がついたスタイルが定番。
ネックやスリーブのライン、スカートの長さが少しずつ異なるものの、全て同様の要素で構成されています。

コルセットでぎゅーぎゅーにウェストを絞って着るドレスから、自然体のまま着るスレンダーなドレスが流行しはじめた時代。
「デルフォス」は身体のラインがくっきりと出てしまうので、かなりセンセーショナルだったかもしれないですね。
(スタイルがよくないと着る勇気が出ない……)

この「デルフォス」が画期的なのは、プリーツをまとめて、くるっと丸めてしまえば、シワにもなりにくく、超コンパクトになること。
着替えをするのに自分1人では着られず、旅行に出るにも大荷物を持って移動していた時代には、それも流行のポイントになったとか。
納品時も小さな箱に入れられていたそうで、このコンセプトはきっと現代でも通用しますよね。
「プリーツプリーズ」も同様のコンセプトだったように思います。

ドラマ「ダウントン・アビー」では、メアリーが「デルフォス」の実物を着用していたそう。
確かにプリーツのスレンダードレスを見た覚えがあるような……。
今、海外では映画版の「ダウントン・アビー」が絶賛プロモーション中で、インスタグラムにも頻繁に投稿が上がっていますが、メアリーが「デルフォス」らしきプリーツとトンボ玉のドレスを着ている画像がありました。
ドラマの中でも、髪をバッサリ切り、最先端らしいスレンダーラインのドレスを着て家族の前に現れるシーンがありましたが、
社交界でも「彼女、新しいデルフォスを注文したのね~」なんて噂をされたんだろうな、なんて妄想が頭に浮かびました。
前述のシーン、おばあさまは案の定眉をひそめていましたが、どの時代も旧世代と新世代の葛藤はあるわけで。

プリントも素晴らしく、オーガンジーやベルベットに型染したテキスタイルを使った衣服やタペストリー、版や試し刷りなどもたくさん展示されています。
草木をモチーフにした連続模様や紋章のような絵柄など、デルフォスと重ねて着るようなチュニックやストールなども製作していたようです。
奥さんからのインスピレーションがその源だったそうで、フォルチュニはそのアイディアを形にするのが役目だったのかも。
プリーツはフランスで特許を取っているらしいのですが、その製法はいまだに解明できないそうなんです。
本当に細かくて、複雑なプリーツの製法を編み出すのは、フォルチュニにとって「設計」に近い感覚だったんじゃないかなと。

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日本の服飾文化の影響

そして、この時代の特徴でもあるでしょうが、日本文化からも大きな影響を受けていました。

フォルチュニの両親が、各国のテキスタイルをコレクションしており、日本の着物もその中に。
この展覧会にも、型染の生地に刺繍が施された小袖が2点展示されています。
これらをガウン代わりに奥さんが着用していたそうで、展示してあるのと同じ小袖らしいものを着ているポートレートも展示されています。

日本の型紙や書物もコレクションしていたようで、珍しい未使用の型紙も展示されていました。
染色に使用する型紙は消耗品、未使用で残っているものが実に少ないらしく、実際に使用することのない外国だから残っていたとも言えますね。

着物風のガウンもいくつか展示されていて、柄行や色遣いまで日本風。
その内の1着は打合せが日本とは逆なのもまた一興。

展示されている衣裳やテキスタイルの試し刷りにも自然物をあしらった連続模様がたくさんありましたが、この辺はまさにこれらの資料から影響を受けてできたものなのでしょうか。

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舞台照明

予想外だったのは舞台機構の開発にも携わっていたということ。
ワーグナーに魅せられて、自身で舞台装置や衣裳の総合プロデューサー的な役割も担うようになったとか。
半ドーム状の背景に照明を当てる方法で、色に変化をつける「フォルチュニ・システム」は、様々な劇場で導入されたそうです。

これって今のホリゾントだよね?と思って検索しても、なかなかフォルチュニの名前はなく、唯一挙がっていたのがこれ。

ホリゾント ほりぞんと Horizont ドイツ語
―前略―
このホリゾントと照明設備(ホリゾントライトやエフェクトマシーンなど)を組み合わせて、朝から夜への推移や季節の移ろいから火事や宇宙の銀河まで、多様な照明効果を表現する。イタリア人フォチュニーMariano Fortuny(1871―1949)の考案で、1920年代にドイツの各劇場に設けられた。
―後略ー
コトバンク/日本大百科全書(ニッポニカ)より
※太字は筆者によるもの

学生時代にやっていた創作ダンスでも作品に合わせて照明をつけましたが、ホリゾントは舞台上の全体感に大きく関わるとても重要な要素。
敢えて幕で隠すこともあったけれど、コンセプトやテーマ表現のポイントにもなる機構でした。
演劇やバレエの場合はシーン毎のイメージをより現実的に見せることができて、100年前にはとても画期的な発明だったのでしょうね。
照明そのものも暗かった時代だから、より明るい舞台にできるというメリットも大きかったはず。
現在ではプロジェクションマッピングを投影するなど、背景表現の幅が更に広がっていますよね。

他にも、ゼラ(色付きのセロファン)で照明の色を変える方法も編み出していたという……すごい、今使われている舞台一式、フォルチュニが関わってたんだ!
私が知らなかっただけかもしれないですが、もっと評価されていいのではないかと思います。

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画家の系譜

父は夭折の画家、母はスペイン・プラド美術館館長の父と祖父という家庭に育ったという、美術一家に生まれたマリアノ・フォルチュニ。
父や有名画家の作品の模写は比較的評価が高いそうですが、オリジナルの評価はイマイチ……父が用いたテンペラで絵を描いていたので、少々時代遅れではあったようですね。
正直、印象に残る絵画作品はあまりなかったです。

ミューズたる奥さん・アンリエットの肖像や、舞台をモチーフにした絵など、絵はずっと書き続けていたよう。
「自分は画家」という想いはずっと根底にあったのだとか。

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早くから写真も撮影していたそうで、その中に陰影が美しい空の写真がありました。
100年前に彼が初めて撮ったカラー写真も展示されていて、実に美しかったです。
(プリントは昨年のもの、いわばデジタルリマスターです)
モデルがフォルチュニの服をまとった宣伝写真ですが、奥行き感と表情が素敵。
感性がとても強く、新しいツールでそれを表現することに長けていた人だったのかもしれません。

「100年たっても、新しい。」のキャッチコピーに納得。
テキスタイルを使ったシーリングランプを天井に吊るなど、イタリアのフォルチュニ美術館の雰囲気を感じる展示のしかたも楽しい展覧会でした。

マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展
三菱一号館美術館 ~10月6日(日)まで

1ヶ所だけ写真OKな場所があります。
自分の写真は今一つだったので、この中の画像はオフィシャルサイトのスぺシャルギャラリーのものをお借りしました。

三菱一号館に行くと必ず撮るのがここからの風景。
レンガと緑の空間は都会の癒しですね。

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