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香りの歴史
香りはいつから人間を魅了し始めたのでしょうか。人間と香りの関係は、人間が火を発見する以前からだといわれています。

人間の嗅覚の始まりは、外敵から身を守るため。食物の安全確認のためでした。自然発火の山火事などから人間は火を使うことを覚え、神への感謝の気持ちや疫病や災害から身を守るために草木を火にくべ、立ち上る煙に祈りを捧げました。その中からある種の草木は良い香りを放ち、良い香りは神に最も近づくための手段だと考えられるようになり、香水の語源といわれる『Perfume』(煙を通して)という言葉は、そこから生まれたのです。


 香水の始まりは、14世紀のハンガリーの王妃エリザベートに捧げられたハンガリーウォーターだといわれています。

70歳を超え、リウマチに悩む王妃は献上されたハンガリーウォーターを洗顔や化粧、入浴に使用したところたちまち若返り、隣国の国王からプロポーズされたという伝説が残っています。
その後、ルネッサンス時代に香水作りが盛んになり、イタリアの大富豪メディチ家のカトリーヌがフランス国王アンリ2世に嫁いでからフランスに香水文化が根付きました。カトリーヌ・ド・メディチは16世紀、フィレンツェの大富豪メディチ家の娘として生まれました。メディチ家はダ・ヴィンチやミケランジェロのパトロンとして有名です。そんなメディチ家がヨーロッパの王族に資金援助をしていた関係で、14歳の時に、魔術師、錬金術師、占星術師、香料師などイタリアの文化を大勢伴ってフランス国王アンリ2世に輿入れします。長い間子供にも恵まれず、不遇な時を過ごしますが、イタリア・ルネサンスの洗礼を受けて育ったカトリーヌは、やがて次男シャルル9世が王位につくとフランス宮廷でイタリアの文化の華を咲かせます。文化の遅れていたフランスに、カトリーヌはアイスクリーム、プチ・フール、マカロン、フィンガー・ビスケットなど、イタリアのお菓子を紹介し、調香師を南フランスのグラースに住まわせ、ラベンダーやネロリ、バラの栽培、工場を作るなど香水の礎を作りました。

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記憶
香り――目に見えないけれど記憶には長く留めておくことのできるもの――
こんな経験はありませんか。
通りすがりに嗅いだどこか懐かしい香り…あの時の情景を思い出す…そんな経験をしたことはありませんか?
一度覚えた香りの記憶は大脳返縁系の海馬に記憶されます。そして同じ香りに出逢ったときに、香りの記憶と同時にその時の情動も思い出すのです。ことなど様々な感情を呼び覚ますきっかけにもなります。香りは嗅覚にとっては音楽のようなもので、情緒や記憶やイメージを呼び起こすのです。

嗅覚 
通常、人間の鼻は最低一万種類もの臭いを感知できるとされています。香りを仕事としている調香師に至ってはさらにその五倍から六倍もの臭いを訓練によって感じ取ることが可能といわれています。また同じ香水やオーデコロンをつけても、それを用いる人によって違った香りになることは皆さんご存じの通りです。人間も動物も、フェロモンと呼ばれる芳香物質を分泌しています。このフェロモンは性的な誘因力と個人の体臭の双方に影響を与えます。個人の香りの好みは食物の好みによっても違ってきます。

嗅覚疲労
気をつけなければならないのは、嗅覚は疲弊するということです。たとえ短い時間であっても同じにおいを嗅ぎ続けると、嗅細胞が飽和状態になってしまい、臭いを感知することを止めてしまうからです。一度に嗅いでもいい香りの種類は5種類が最適です。

名香
さて、本格的に香水が作られるようになったのは、19世紀中頃にヘキサンやベンゼンなど石油系の溶剤が開発され、低温でないと抽出できなかった花香料を抽出する技術であるアブソリュート法ができました。香水の調合技術は急激に進歩します。

3人の名調香師
近代香水の発展には3人の調香師たちが大きく関わっています。1882年、ウビガン社のポール・パルケが『フジェール・ロワイヤル』を発表し、ラベンダー、シトラス、ウッディの香りにクマリンの甘い香りを配合、初めて合成素材が香水に使われます。その後1889年にエメ・ゲランが調香した『ジッキー』は、それまで単一的なフローラルノートの天然素材から作られていた香りに、初めてスパイシーやオリエンタルな香り、そしてごく少量の合成素材が加えられました。
そしてフランソワ・コティは、天然と合成の香料のブレンドで代表作『ロリガン』『シプレ・ドゥ・コティ』などを世に送り出し、40年以上にわたり市場を支配する香水帝国を築いた人です。

コティとラリックの融合
コティは伯爵夫人からお針子までを商売哲学とし、目に見えない香りを売るためにはどうしたら良いか考え、着目したのが香水瓶でした。コティは女性の心を引きつける斬新な香水瓶を作ろうと考えます。テーマは匂いを形にすること、そこにコティとルネ・ラリックの出会いがあります。
エミール・ガレ、ドーム兄弟と並び今でもその作品の人気が衰えを知らぬルネ・ラリックは19世紀~20世紀のフランスのガラス工芸家でジュエリーデザイナー。アール・ヌーヴォー、アール・デコの両時代にわたって活躍した作家です。
ラリックは工芸素材としてのガラスに早くから注目し、宝飾品にガラスを取り入れていました。その彼が香水商のフランソワ・コティと出会ったことにより、本格的にガラス工芸の道に進みます。ラリックはコティの注文により、香水瓶とラベルのデザインをします。ただのガラス瓶ではなく、香水のコンセプトに合った優美なデザインの瓶に香水を詰めて販売するという試みは、当時では斬新なことでした。

1945年に亡くなるまでラリックは数多くの芸術品を生み出し、香水瓶だけでも300点近いデザインをコティ、ゲラン、ニナ・リッチなど多くの香水メゾンにも。ラリックの香水瓶は今もその輝きを放ちます。

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日本精工硝子株式会社のウエブサイトより画像をお借りしました。


――主な名香のブレンド――

JICKY(ジッキ―)  エメ・ゲラン作
ラベンダー、ベルガモット、ローズマリー、ローズウッド、ゼラニウム
ジャスミン、ローズ、トンカビーンズ、オポポナックス、バニラ、クマリン
L’ORIGAN(ロリガン)  フランソワ・コティ作
ベルガモット、ネロリ、イランイラン、ピーチ、カーネーション
オレンジブロッサム、バイオレット、ローズ、バニラ、クマリン、白檀、ムスク
MITSOUKO(ミツコ)  ジャック・ゲラン作
ベルガモット、ジャスミン、ローズ、ピーチ、オークモス、ペッパー
シナモン、ベチバー

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