言葉は人を傷つける

ちょっと今、自分は喪失感のなかにいて、何をすればいいのかわからなくなってる。

だから自分の思考をまとめるために、こうして人目に着く場所で自分の言葉を吐くのだけど。

最近の、自分の身に起こったことについては些細なことだ、と認識しているつもり。

ただ、酔いの勢いに任せて、その思いを公の場でぶちまけてしまった。
けっして若くもない自分が、酒が入っていたとは言え、そうしたことをすることについては恥ずかしいことだと思う。

言葉とは、刃(やいば)のようなものであり、他人に向けた暴言はやがて自分に向けられる。

だから自分は今、苦しい。


こうしたことに対しては、「日にち薬」が一番効くと助言されたことを思い出した。

あれは自分が会社員の時代。
そうアドバイスをくれたのは、当時俺が勤めていた会社の社長だった。

簡単にいうと俺は濡れ衣を着せられた。
あらぬこと、身に覚えのないことで、自分に疑惑がかけられたことがあった。

その話を書く。


当時、俺が勤めていたのはド田舎の文房具の小売り業、違う言い方をするとオフィス用品の販売をする会社だった。

文房具店というと、人はどんなイメージを抱くのだろう。それがわからないので、説明をするのだけど、ちいさな町にある、100年前からそこに座ってたんじゃないだろうか?と思えるようなお婆がいるのが、文房具店。勤める前の俺はそんなイメージを持っていた。

ところが同じ文具を扱うところと言っても、そうした店しかないのかというとそうではなかった。

俺が勤めていたのは、企業に向けて文具を販売する会社。

パソコンが普及した世の中だが、いまだシャーペンやボールペン、ホッチキス、はさみ、紙・・・そうしたものは無くならず、個人ではなく会社となると大規模な売り上げが見込める為、それを専門として生業としている会社が世の中にはあるのだ。

時代は直売より、通販へとシフトしていた頃だった。

俺は、とあるオフィス用品の通販カタログを売るサポート業務をその会社でしていた。

「アスクル」という名前を出すとわかる人はわかると思う。俺が売っていたのは、ああいう冊子。あれをオフィスの本棚に置いてもらえると、会社の人が「困った、そろそろA4用紙がなくなってしまう」といった時に、ファックスやネットで注文すれば、翌日に届く。わざわざ買いに行かなくてもいい。

今ではスタンダード、当たり前のことだけど、当時は革新的で、俺はその冊子を売るお手伝いをしていた。

俺が勤めるその会社が売っていたのは「アスクル」ではない、ということを強調しておきたい。ものの例えで、名前を出した。

さて、話がなかなか前に進まないが、業界的には「アスクル」は一流で、売上的にもトップを誇っていた。うちが売っていたのは「アスクル」とはまた別の、マイナーな冊子だった。

しかしうちの会社は、マイナーながらもその冊子を日本で一番売っていて、その裏側をすべて書く気はないのだけど、何故そんなに売れたのかというと、俺の勤める会社の専務の功績が大きかった。

彼は、とんでもない嘘つきだった。

はっきり言って文具の優先順位なんて、企業側にとっては低い。どこの商品でもいい。「経費削減」とか言うても、本気で経費を削ろうと思えば、文具以外に手をつけた方が早い。

そんな世界だったので、彼の嘘つきはまあまあ許容された。

彼のやり口はこうだ。

大会社の社長になんとか会える機会をつくって、会う。

そこで自分は如何に業績を上げ、こんな有名な会社の社長ともパイプがある。そうした話を必死で伝え、社長に取り入り気に入ってもらい、ついでに文具の契約も取り付ける。

俺は営業サポートという立場だったので、プレゼンなどでどうしてもその専務に同行しなければいけないことも多く、しかし自分も大人なので、仕事なので、割り切って付き合っていた。

彼は社内では大の嫌われ者だった。

理由は嘘ばかりつくから。

そして他人のことを、本音のところでは気づかわず、取引先ではいい顔をする。そんな男が好かれる訳がない。

俺も腹に据えかねることは多々あったのだけど、「そこは仕事だ」と自分を諌めるように努力していた。


彼がどれほどの嘘つきか、少しそのことにも触れよう。

まず、やっちゃいけないのだけど、会社の売り上げを大きく誤魔化す。会社の事務の人間が売り上げを誤魔化して市に申告すると、脱税となり、問題になる訳だが、彼がやっているのは営業。

取引先で、自分の会社は売り上げ◯億円で・・と言ったところで、その会社は上場もしてないし、聞いた側は確認のしようもない。

そして名刺には「専務」という肩書きがある。

そりゃ、普通に信じるよな、と思う。

しかし、彼はそういうところで嘘をつく。

彼の嘘はそんなレベルではなく、もう昔の話なので忘れたけど、こういう嘘が一時間の取引のなかで、100はあったんじゃないかというレベルの数の多さで、人を信じ込ませて、商談を成立させる。

その手腕はさすがだと今でも思うが、人の倫理としては当時からずっと疑問を抱いていた。しかし、はっきりいって、オフィス用品の通販業界なんて、しょうもない世界だったので、その倫理を問われることもなく。

もうひとつ、俺が驚いたエピソードをひとつ書く。

あれは俺と専務が車で営業まわりをしていた時だった。

道は渋滞していて、なかなか渋滞を抜けられない。そんななか、嘘つきで、同じ空間にいることさえ吐き気がするほどの人間と二人きり。

俺は余計なことは喋らず、向こうの話を聞いて、適当に相槌を打っていた。

すると急にこんなことを言い出した。

「実はな、俺むかしバンドやっててん」

当時、その専務との付き合いは二年か、三年になるというまあまあ長い付き合いだったが、そんな話は初めて聞いた。

自分の自慢話が大好きな男が、今まで聞いたことのない話をして来たので、俺は興味を持った。

「え、どういうバンドですか?」

「永ちゃん(矢沢永吉のこと)のカバーやな」

「へー、文化祭とかですか?」

「いや、ライブハウス」

「どれくらい人が入るライブハウスですか?」

「そうやなー・・・300人?」

「え、300人とか人集めるの大変なことですよ??それ、チケットちゃんと捌けたんですか?」

「せやなー、30分で即完やったわ」

「え、すごいじゃないですか!?バンドで食っていこうとか思わなかったんですか??」

「あー、うち両親が亡くなってるやろ?下の兄弟を食わせんとアカンかったから、その道は諦めてん」


絶対、嘘だと思った。

しかし、それが嘘だという証拠は、車内の限られた時間での会話で掴めるはずもなく、昔の話だし無理だと思った俺は、ただ話を聞くだけ聞いた。

うちの会社には、その専務と同じ高校出身で同い年の男がいた。

その男はもちろん専務との付き合いは、俺よりずっと長く、専務との仲はとびきり悪かったが、いろいろ情報を知っているので、俺は帰社してすぐにその同級生の人に、このことを報告しに行った。

「専務が高校のときにバンドやってたって聞いたんですけど、本当ですか?」

「あー、それ嘘や」

同級生だった男がそう言うんだから間違いないと思うんだけど、じゃあ、なんで。専務は俺にそんな嘘をついたんだろう??

ひたすら謎だった。

俺をからかいたかっただけだったんだろうか。


そして、あのことが起きた。

うちが扱う通販カタログはどうもマイナーなので売りづらい。あの一流会社の通販カタログも取り扱ってみてはどうか?そんな話が社内で出たのだ。

わからない人にはわからないと思うが、これはそう簡単な話ではなく、日本一売っているという業績の良さゆえ、版元からはキックバックという恩恵を受けていて。それは他社と付き合いをしないで下さい、という暗黙の思いがあり、それを簡単に裏切ってしまうとその会社との付き合いが気まずくなってしまう。気まずくなるだけならまだしも、なかば一蓮托生で仕事をしていた仲だったので、その関係性が崩れてしまう。そうしたデメリットも考えられた。しかし、会社の判断として、不景気で売り上げが上がらないという背景もあり、その一流会社とも取引を始めることになった。

そのことが公にされるまでは他言しないよう、社内には戒厳令が敷かれた。

俺はとくに、そのマイナー会社の人との付き合いが濃く、まるで父子のような関係だったが、俺が所属するのはその会社だ。会社の意向に従うしかない。だから黙っていた。

ところがある日の朝礼で、専務がこんなことを言った。


「うちは明日、あの一流会社との取引が正式に始まるわけですが、現状取引を続ける◯社の◯◯さんが昨日、うちに来て、『あの会社とお取引されるんですか?』と聞かれた。」

「この情報は社内の人間しか知らないことで、誰かが情報を漏らしたということになる。」

「法令遵守、コンプライアンスが叫ばれる世の中でもあるし、みなさん自分の言動にはじゅうぶんに注意するように」


誰が漏らした、とか朝礼の場でさすがに言及はしなかったが、会社内の関係性から言って、一番に疑われるのは俺だ。

俺は本当にその人には何も言っていない。

ふざけるな、その言い方だと一番に疑われるのは俺だろう!?!?


憤った俺は、そのマイナー会社の、父子のように慕っている人に電話をかけ、事実を確認した。

「え、それ言ったの専務なんか?」

彼はそう驚いた。

何故かというと、その情報を漏らしたのは専務本人だったからだ。

これはどういうことかというと、その専務が仲良くしている会社の社長に「今度、◯◯と取引はじめるんですわ!!」と自慢げに話し、その話がマイナー会社の彼の耳に届いたということだった。

マイナー会社の彼は、その事実を確認しに、うちの会社に来訪し、専務と二人きりの時間にその件を問いただすと、専務が言い放った最初の言葉は「情報をリークしたのは、◯◯ですか?」と俺の名前を言ったそうだ。

にも関わらず、翌日の朝礼で、どう考えても情報リークしたのは俺としか思えないような言い方で、社内に注意喚起をした。

よくこんなすぐバレる嘘をつくな、と呆れ果てるが、それが彼の今までのやり方だったから、今から思うとそう不思議ではない話なのだが。

会社員というのは、その会社に勤めるわけで、その会社に勤める限り、自分の立場というものがある。そんな変な目で見られたら、俺には損しかないし、俺は潔白だった。


さすがに公の場でその事実を言うことはなかったが、個別にはその話を社員の人にはし、みんな同情はするものの、会社の中では嘘つき専務の立場が上過ぎて、誰も何も言えなかった。

こんなことが許されるはずがない。

そう思った俺は、専務より立場が上である社長に訴えたことがあった。

社長は、まるで幽霊みたいに存在感がない人で、ふだん社員に意見することはほとんど無かったように記憶する。

そんな人だから、個別に場を設けてもらうことも難しく、なにせ田舎の零細企業だったので、のらりくらりと逃げられ。小さい会社だったので、高い売上げを持っている専務の立場を重視した、という理由もあったのだろう。


ところがたまたまトイレで社長と二人きりになり、そのチャンスに俺はそのことを訴えた。

小さな会社だったので、噂はもちろん社長の耳には入っており、俺は簡単にこう聞いた。

「・・・・・社長、今回の専務の、朝礼で言った件、本当のことはご存知だと思うんですけど、どうにかならないんですか?僕にも立場があるんで、つらいです」

そのように言ったところ、社長はこう返した。


「それは日にち薬やで」


もう俺は何も言えなかった。

会社の一番の責任者である社長が、社員があらぬ嘘で苦しめられてるというのに、専務の暴走を止められない。

こんな会社にそれ以上、居ても意味がない。

俺がその会社を辞めた大きな要因はそれだった。



そこから僕の人生は転落するわけだけど、それらについては以前ここに書いたし、今は書かないけど。

そうやって、人に傷つけられた経験があったにも関わらず、いや、そういう経験があったからこそ、他人に対して言葉の刃(やいば)を向けることには慎重になってるつもりなのに・・・今回もなんか言っちゃったなー。

なんかそれが言いたくて書き始めただけだったのに、めちゃくちゃ長くなってしまった。こういうところが自分でも全然大人じゃないなーと、自分のことを思う。

ぶっちゃけ上に書いた、俺が経験した話は「日にち薬」で片付けられる話じゃないと思うのだが、今回のは本当に「日にち薬」で済む話だった。

え、そんなことで傷ついてたらキリがないよ??
頭、大丈夫そ???

そう言われてもおかしくない言動だったし、自分がやったことについては恥ずかしく思っている。

そして、これが俺のややこしいところなんだけど、他人に言葉の刃(やいば)を向けたことによって、その人自身も傷ついてるんじゃないかと思ったり。そうして、自分が苦しくなる。


こんなのは何の言い訳にもならないし、じゃあ最初から言わなければ良かったんだけど、しゃーない。言ってもうたし。

そして、本当に残酷な書き方をすると、代わりはいくらでも効く話なので、あの時おれはあんな軽率なことをすべきで無かったなーと自省するのだが、案外こういうことは他人は気にしてなかったりして、俺の考えすぎで片付けられるだけのパターンが多かったりするので、たぶん今回もそうだろう。

ここまでの長文を、俺はある特定の人に向けて書いて、たぶんその本人はこれを読まないと思う。

読まないのに書くのは意味のないことなのだが、ここまで言葉を重ねないと自分の頭の中がまとまらない俺は、やっぱりどうかしてるし、頭がおかしいんだろうなと思う。


どうにも生きづらいねー。

何よりやっかいなのは面倒な自分であることを認識し、今回のことは本当に「日にち薬」だったなーと、改めて思う。

早く忘れるのが一番ですね。

本当に。


なんか自分が如何にややこしい人間であるかの、自己紹介みたいになったな。まあ、いいや。本当に面倒くさいんだから。

おしまい。

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