この五年のこと②
前回はあまりにも冗長に書きすぎた。
割愛出来るところは割愛して、進めて行こう。
複雑な人気関係の中で仕事をしていた俺は、身に覚えのないことで急にどやしつけられて困惑した。
アルバイトのAさんがどうも俺に対して怒ってるらしいから、態度を改めよと。
しかし具体的にどこを改めればいいのか言ってもらえないし、こういう時の父はこちらの言い分を聞いてくれないのを俺は知っていた。
その後の記憶が曖昧なのだが、自分はAさんに直接その理由を聞いたのだが、何故か理由は教えてもらえず。
どうしたものかと困りあぐねた。
その頃からだ。
俺のメンタルトラブルが表面化した。
自分はストレスが溜まりすぎると道に倒れ歩けなくなるという病いを抱えている。
銀行、コンビニ、ファミレスなどあらゆる場所で倒れた。
人前で倒れると騒ぎになってしまい、救急車で運ばれたこともあった。
一度ならまだしも、一週間に二度も救急車を呼ばれてしまい、二度目の時は「搬送するには入院が条件になる、と搬送先の病院が言ってますがどうされますか?」と救急隊員から告げられた。
それはまずい。
今のアパート管理の実務を分かってるのは自分しか居ないので、入院は出来ない。
自分は救急車での搬送を断り、ファミレスの駐車場でしばらく休み、なんとか自力で帰った。
「入院はさすがにやばいな」
自分の体調のこともあったが、何より急な入院をしてしまうと仕事面で迷惑をかけてしまうことになる。
そう思い、父に電話でそのことを伝えた。
「お前、今どこにいるんや?」
そう聞かれ、アパートで仕事をしている旨を伝えると「行くから話しよか」と言われた。
アパートに現れたのは父と、その愛人だった。
改めて俺は聞いた。
「態度を改めろ」と言われたが、自分は充分に留意してたつもりだし、これ以上改めろと言われても、どこをどう改めたらいいのか分からない。具体的に自分のどこが悪かったのか教えて欲しい、と。
父は「俺は知らん。嫁がAさんから話を聞いてたみたいで、嫁に聞いてくれ」と言った。
二人掛けのソファで父の隣に座る愛人は、しばらくの沈黙の後こう言った。
「それは言えない」
まったく意味が分からなかったが、理由はこうだった。
Aさんが突然、家に電話して来て「もうアイツの態度にわしは我慢ならん。辞めさせてもらいます」と。
そこで愛人は、Aさんを引き止めないといけないと思い、いったん電話を切ったのだそうだ。
愛人いわく「言った言ってないの争いに巻き込まれたくないから、いったん電話を切って、通話を録音するアプリが無いか調べた。しかしそんなアプリが見つからなかったので、Aさんに折り返し電話し、その時の会話を一言一句メモに取った。そのメモが今、手元に無いから私は喋れない」とのことだった。
メモは自宅に置いてあり、その自宅までは車で10分もかからない程度の距離だったが、何故かメモを取りに行くということにはならなかった。
話が膠着し、まったく前に進まない。
そこで自分は乱暴な質問を敢えてした。
自分は普通に接してるつもりだが、それがおかしいと言われるなら自分が常識と思っているものがおかしいのかも知れない。
じゃあ、バイトのAさんと俺のどちらが異常で、どちらが正常なのかを言ってくれ、と。
その場で父と愛人のふたりは「Aさんが正常で、異常なのはお前」と言った。
まったく意味が分からなかったけど、俺と父と愛人の三人しか居ない空間で、二人からそう言われたので自分は頭を下げるしか無かった。
その日から俺は職場から家に帰ることが出来なくなった。
頭の異常な自分が、誰の指摘もなく態度を改めようとすると、無い頭を振り絞って、バイトのAさんにホスピタリティを全力で発揮しなければいけない。
とりあえず物の配置を変えた。どこに何が置いてあるか分かりやすいようラベルシートを貼ったり。今までは俺とAさんだけの職場なのだから必要ないと思っていたが、そういうところが悪かったのかも知れない。
あと座る位置も変えた。
自分は一応、奥の上座に座っていたのだが、そういうところが良くなかったのかも知れない。上座には背もたれもあるし。
あと冷蔵庫にAさんが好きな飲み物を常駐させておくようにした。
・・・などと、彼が仕事しやすいように思い付いたことは全部やったつもりだったが、異常と言われた自分はまだ配慮が足りてないかも知れない。
そう考えると不安で帰れなかった。
三日間、家に帰れなくなり、さすがにそろそろ家に帰りたい。
そう思い、自分は俺の住む家の近くで暮らす妹に電話をした。
メシを一緒に食べないか?と言って、わざと家の近くに用事を作ることで、なんとか家に帰れないか。
そう考えた。
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