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Doha in 2018 #1

私昨日、ここでおばあさんと話したんだ。知らないおばあさん。ちょうど今くらいの夕暮れ時。そのベンチでニャンコを抱いて座ってたの。ハチワレのちんまりした猫だった。ハチワレって懐っこいイメージあるから、野良ちゃんかなと思って声かけたんだ。ニャンコは、おばあさんの膝の上で絶妙にバランスをとりながら、白い靴下になってる前足をぺろぺろ舐めてた。おばあさんは、両手でニャンコの背中をポンポンしてて、もうかわいいったらないって顔して見てるの。それで私、「かわいいニャンコちゃんですね」って話しかけたんだ。そしたらおばあさん、びっくりした様な目で、私の顔をじっと見てさ、何も言わないの。なんかバツが悪くって、もう一回ダメおしで「ニャンコちゃん、野良ちゃんですか?」って言ったの。そしたら「ああ」って。「ああ、うちの子なの」って言ってやっと笑ったの。ニャンコはニャンコらしく、私に一瞥くれただけで、今度はおばあさんの膝でぎゅっと丸まって居眠りの態勢になった。リードも何も付けてないのに、こんな公園で抱っこしてるから、ずいぶん慣れてるなと思って、抱っこ好きなんですねーって言ったら、そうね、大好きねー、って言って、またニャンコを見て、もう私とは特に話す事もないって感じなんだよね。なんか微妙な空気だったけど、名前を聞いたんだ。そしたら「名前…なんだったかしらね」って言ってまた笑うの。
ニャンコはもう、全く興味なし、の風情でおばあさんの膝の上でまた一層体を丸めて本格的に寝に入っちゃった。撫でたかったけど、安眠妨害はしたくなかったし、なんか会話も盛り上がらないから、素敵ですね、とかなんとか言って、その場を去ろうとしたの。そしたらおばあさん、急に何か言ったんだ。あなたも船を待ってるの?とかそんな風に聞こえた。でもあまりに素っ頓狂な問いだったから、すぐに理解できなくて、もう一度聞き返そうとした時、はたと思い出したんだ。1ヶ月くらい前に見た夢のこと。私、船の夢を見てたんだ。船って言っても空を飛んでるやつ。薄暗い空を浮遊する船。それは巡視船みたいな感じで、何かを探してるの。私は、『ああ、私を探してるんだ』って悟ってて、船も船で、私がここにいることはわかってるの。でも、決してスピードは上げない。だって絶対に逃げられないって、船も私もわかってるから。ただ淡々と、ゆっくり近づいてくるの。そう、まるで時間みたいに。私はもう、とうとう私にその順番が回ってきたという諦観で、その船を見てた。そんな夢。そんな夢の情景が突然ありありと脳内に甦って、ちょっと心臓が締め付けられるような感覚になってたら「早く行って!」って声がしたの。おばあさんだった。急に語気を強めてそう言ったの。ニャンコはビクッと頭を起こして、見当外れな方を振り返った。それにも構わず、おばあさんは「早く行って!」ってまた言うの。「あなたならまだ大丈夫だから」って。私はなんのことかわからず、「ええ…」と間抜けな声を漏らして困惑してたら、おばあさん、「あなた、猫は?」って聞いてきた。私はネネのこと思い出した。ネネのこと思い出したら、もう瞬時にスイッチ入っちゃって、目から滝のように涙が溢れてきたんだ。そしたらおばあさん、今度は少し優しく「早くかえりなさい」って言ったの。ニャンコは、気分の切り替えとばかりに、逆Uの字になって、逆毛の立った体を大きく震わせた。そして、おばあさんはまた何かを言ったんだ。その時。私はもうほとんどしゃくりあげてたんだけど、今度は遠くで車の急ブレーキの音がしてね、それが音速で耳の側まで近づいてきて、私、思わず身がすくんで、振り返ったの。一瞬、見たこともないくらい大きなオレンジ色の月が視界に入った気がしたけど、でもなんにもなかった。月もなかったし、車も見えなかった。咄嗟の出来事で怯みまくって、それで、またおばあさんの方見たら、もういなかった。ニャンコも。あれ?なに?って思って、ちょっと公園をうろうろしたんだけど、でももう私、ネネのことで頭がいっぱいになってて、結局、泣きべそかきながら家に帰ってきたんだ。
今思い出したの。「また会えるわよ」。
おばあさん、最後にこう言ったんだ、また会えるわよ、って。


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