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書評「誤診の解体 診断エラーに潜む認知バイアス」

『人のふり見て我がふり直せ』を丁寧に導いてくれる

重症患者がみんな救急車を利用してくると思ったら大間違い。救急外来では歩いてくる患者の0.2~0.7%はとんでもない重症なんだ。大動脈解離なんて歩いてくると4.78倍も見逃す。臨床の最前線で働く者としては「勘弁してほしい」という思いに尽きる。医師の勘なんて感度66.2%,特異度88.4%しかないのだから,自分の経験や勘に頼っていたのでは太刀打ちできない。救急での診断ミスにより2.4倍死亡率が上がる。また医療訴訟の原因の36.4%が診断ミスによるというから,「医者は辛いよ」と嘆きたくなる。ミスが許されない職業というなら,「国家試験だって100点じゃないと合格させなければいい」と思うが,それでは医者のなり手がいなくなってしまう。実際医師の誤診率は10~15%というから驚きだ。飛行機に乗って10~15%も落ちると言われたら生きた心地がしないよね。医者は甘えちゃいかんのだ。
 誤診に至る原因は,システムの問題,認知エラー,精神心理的状況などが複雑に絡み合っている。この『誤診の解体』はまさしく誤診に至る経緯を細分化して,自分の精神状態や診断過程をメタ認知して診療するスタイルを確立する良書といえる。ミスをあげつらうというのは後出しジャンケンであり,それそのものにバイアスがあり,建設的な議論にはならない。ミスをきちんと分析し学問体系として研究し,次の診療に生かすことこそ大事なんだ。
 診断学の基本はSystem 1の直感的思考とSystem 2の分析的思考に大きく分かれ,実際の臨床家はどちらも同時に使用している(dual process理論)。臨床経験を積めばSystem 1思考が増えることはある意味効率的で良いことだが,「うぬぼれ」や「過信」の落とし穴がある。直感といっても生来備わった思考や情動的思考,さらに過剰学習による思考などが交錯して成り立っており,常に注意深く監視しないと短絡的思考はむしろ危ない。臨床に曝露する量は確かに重要で,ベテランでも臨床時間が減ると腕が落ちることは研究からもわかっている。一方,個人の経験数などはたかが知れており,分析的思考を同時にもち合わせないと危険なのだ。二次性頭痛は1~5%であり,頭痛診療をいい加減にしても「俺の頭痛診療は95%は問題なかったから,俺の診療は正しい」と言っているに等しい。そんな「●△(自粛)」な医者にはなりたくないよね。
 多くの臨床医は,自分が何を考え,どのようにその判断に達したのかを自覚していない。本書は救急室における事例を通して,読者に追体験をしてもらうように解説が進められている。『人のふり見て我がふり直せ』なんだ。症例ベースのテキストは世の中にたくさんあるが,本書は単に検査や判断を学ぶのみならず,さまざまな認知バイアス,心理バイアス,システムバイアスなどを「これでもか」と取り上げて解説しているのが,他に類をみない素晴らしい点である。「小姑か!」と言いたくなるくらいいっぱい指摘してくれる(笑)。こんなにバイアスを気にかけたことなんてなかった自分としては,脳のしわが10本ほど増えた気分になった。頭を使いすぎて髪の毛は100本ほど抜けたかも(笑)。あ,あなたの髪の毛は大丈夫だと思うよ。
「救急医療は医療過誤の天然の実験室」とよび,救急症例を中心に解説している。救急を生業にしている者からすれば随分乱暴な言い方だが,実に的を射ている。リスクを嫌う人は「救急が嫌い」になり,リスクをとっても患者のために頑張りたい人は「救急が好き」になるのかもしれない,あ,ちょっと「救急医」に欲目が働いたかも(汗)。でも本書を手にとってくれたあなたは,きっと患者のためにさらに診断能力を上げ,高度で客観的なメタ認知ができ,救急が,そして臨床がより大好きになり,多くの患者に貢献するに違いない。

(林 寛之:福井大学医学部附属病院 救急科総合診療部)

誤診の解体 ―診断エラーに潜む認知バイアス―
著:Pat Croskerry
監訳:宮田 靖志・中川 紘明 

BookCover3038帯付き

MEDSi
4,950円(本体4,500円+税10%)
B5変/344頁
ISBN978-4-8157-3038-3

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