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『気分障害ハンドブック』 重版出来

本書,『気分障害ハンドブック』はMEDSiより2013年5月に発刊されました。

以来,読者の皆さまに広くご愛顧いただき,このたびの増刷で第4刷となりました。

誠にありがたく,この場をお借りし厚くお礼申し上げます。

・・・

さて,この『気分障害ハンドブック』ですが。

本書内の気になる&大事なフレーズをぽろぽろとつぶやく『気分障害ハンドブックbot』というtwitterアカウントがありました。


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「ありました」と過去形で述べました。

これは,twitter上で利用していたbotサービスを利用・運用することが難しくなり,現在は更新停止状態となっているためです。


上記アカウントの作成にあたっては,twitterでつぶやく内容を監訳者・訳者の先生が厳選され,なおかつtwitter上で読みやすいように再編集してくださいました。

結果,本書のエッセンスを凝縮した,実用的かつ味わい深いフレーズが出揃いました。

その数は,150を超えます。

それらの珠玉のフレーズ,かつてのようにtwitterから定時配信することはかないません。

ですので,少し形を変えて,このnote上にとりまとめてご紹介申し上げます。


botをご愛顧くださった皆さま,そして本書をご愛顧くださっている皆さまに,少しでもお役に立ちますことを願っております。


*なお,botの自己紹介文にもございますとおり,ここに記載されました内容によるトラブル・損失・損害などにつきましては一切の責任を負いません。

・・・


▪️診断


うつ病は双極性と単極性に分けられ,躁状態を経験していれば双極性うつ病であり,そうでなければ単極性うつ病である。臨床場面では,うつ状態ばかりに目が向きがちだが,正確な診断のため躁状態を見落とさぬように気を付けたい。

うつ状態は,しばしば「うつ病」と診断されて双極性障害の可能性が見落とされる。「うつ病」とは「単極性のうつ病」「双極性のうつ病」のどちらかだという意味。そう思っていれば躁/軽躁エピソードの確認を忘れることはないだろう。

「うつ状態」そのものは診断とは言えない。抑うつ症候群の症状の出現を示すにすぎず,それは内科医が高熱を指摘するのと同程度だ。「熱が出てます」と言うことが診断ではないように,うつ状態を確認したところでそれは診断ではない。それが何によってもたらされたのか,その判断こそが診断だ。

うつ状態には続発性と原発性がある。続発性のうつ状態には,薬物依存などの外的要因や甲状腺機能低下症などの身体疾患がありうる。それらが否定されたときに初めて原発性のうつ状態と言える。逆に言えば,それらが否定できるまでは原発性のうつ状態とは言えない。

「うつ病」の経過中に,誘因なく躁/軽躁病エピソードが生じたことが1回でもあったなら,単極性のうつ病ではなく双極性うつ病,すなわち双極性障害だ。現在だけでは診断できず,それまでの経過が大切だ。現在にとらわれず経過をみよ。

いわゆる「うつ病」である単極性のうつ病は除外診断である。続発性うつ病と双極性うつ病(双極性障害)を否定して初めて診断できる。続発性と双極性の可能性を考えずして単極性うつ病と診断してはいけない。

うつ状態を確認しただけで「うつ病」と診断して納得するのはまだ早い。それが単極性なのか双極性なのかは大きな違いを生む。現在のうつ状態の確認は鑑別診断の入り口に過ぎない。

気分障害(うつ状態や躁状態など)と精神病症状(幻聴や妄想など)は,その2つが精神病性うつ病や統合失調感情障害などで併存しうる。気分障害と精神病症状,その片方を確認すると片方が見落とされがちであり,誤診しがちだ。片方を見たら両方が存在する可能性に注意したい。

若年(25歳以下)の精神病性うつ病には,双極性うつ病(双極性障害)が比較的多く,まだ躁状態の経験が無くても,いずれ躁状態が生じることが多い。

メランコリー型うつ病には,うつ病の特徴に,あらゆる領域での興味の喪失(アンヘドニア)・気分反応性の欠如・症状の日内変動を伴う。SSRIよりも三環系抗うつ薬によく反応する。

気分変調症には,大うつ病エピソードの基準である症状のうち2つ以上が存在するが,多くても4つまでである。5つ以上満たしたことがあれば大うつ病エピソードであり,気分変調症ではない。長期間のうつ状態が続くからといって気分変調症と安易に診断すべきではない。

「気分変調症」は,うつ症状があるときの方が無い時より多く,大人で2年以上,青年で1年以上続き,正常気分が2ヶ月以上続かず,大うつ病エピソードを満たすことが無い慢性のうつ状態でだ。この診断基準は狭く,満たすことは少ない。うつ状態が続いたからといってやたらと下す診断ではない。

単極性のうつ病,DSMにおける大うつ病性障害と診断しても診断は終わりではない。大うつ病性障害は「単一エピソード」「反復性」そしてエピソードが2年以上続く「慢性」の3つに分類され,それぞれに選択すべき治療がある。

大うつ病エピソードの有無によらず,躁病エピソードが1回でもあれば双極I型障害である。軽躁病エピソードと大うつ病エピソード,各々1回以上あれば双極II型障害だ。今が軽躁であっても,躁病エピソードが1回でも過去にあればII型ではなくI型であることに注意したい。

大うつ病エピソードの基準を満たさない程度のうつ症状と,躁病エピソードの基準を満たさない程度の躁症状(軽躁病エピソード)を伴う正常気分ではない多数の期間が2年以上続くのが「気分循環性障害」である。


躁病と軽躁病を,雰囲気で,ぼんやりと,なんとなく判断してはいけない。「躁病エピソード」では躁状態により社会的・職業的な機能低下が生じるか,入院の必要性が生じる。そこが「軽躁病エピソード」と異なる点である。

双極性障害には「急速交代型」がある。大うつ病エピソードでも躁病/軽躁病エピソードでも,年に合計4回以上のエピソードがあるものが急速交代型だ。急速交代型か否かで,治療抵抗性や用いるべき気分安定薬の数が変わる。双極性障害を診るとき,エピソードの頻度にもきちんと注意を払いたい。


大うつ病エピソードでは抑うつ気分の他に,睡眠Sleep,興味Interest,罪責感Guilt,疲労感・気力Energy,集中Concentration,食欲Appetite,精神運動Psychomotor,希死念慮Suicideに障害が生じる。SIG E CAPSで覚えたい。

大うつ病エピソードの症状の覚え方:運動部に(精神運動静止・焦燥)在籍する(罪責感)フミちゃん(不眠/過眠)。興味ないし(興味・喜びの減退)疲れるからって(易疲労感)気持ちだけで(抑うつ気分)痩せようだなんて(食欲減退・体重減少)考えられない(思考力/集中力低下)デス(希死念慮)


躁病エピソードの症状は"DIG FAST"で暗記する。注意転導性亢進Distractibility,不眠Insomnia,誇大性Grandiosity,観念奔逸・思考促迫Fight of ideas,活動性亢進Activity,多弁Speech,軽率Thoughtlessness

躁病エピソードの覚え方:古代の(自尊心肥大・誇大)サンマを(注意散漫)食べんと(多弁)熱中して(快楽的行動に熱中)ジタバタしたけど(活動の亢進・精神運動性の焦燥)スイミングが駄目で(睡眠欲求減少)観念(観念奔逸)。これらに加えて高揚気分またはイライラした気分。

躁状態で生じる,信頼性があり役に立つ症状は睡眠欲求の減少である。短い睡眠時間でも済む時期の有無につき最初に確認し,睡眠欲求の減少があったときには特に他の躁症状について慎重に確認したい。

躁病エピソードの診断に必要な期間は1週間だが,入院が必要になった際には1週間以下でもよい。軽躁病エピソードに必要な期間は4日間である。入院せず,1週間以下であっても,4日間以上であれば軽躁病エピソードと診断できる。

「軽躁病エピソードとなり入院した」などという記載をみかけることがあるが,これは定義上ありえない。躁状態で入院に至ったら,それは軽躁病エピソードではなく躁病エピソードである。


慢性的に不安を抱く「全般性不安障害」にはしばしば軽度のうつ状態を伴う。そして,慢性的に軽度のうつ状態が続く「気分変調症」にはしばしば軽度の不安を伴う。この2つは併存しやすく,別々の障害として扱われているが実際には分け難い。一人の患者にこの2つが存在していることは非常に多い。

全般性不安障害と気分変調症はしばしば併存し,それは古典的概念の「抑うつ神経症」と言える。この抑うつ神経症に対する抗うつ薬治療のエビデンスは乏しく,抗うつ薬の効果は,治療しないのと同程度とする報告がある。抑うつ神経症への安易な抗うつ薬治療に疑問を抱くべきだろう。

気分変調症で慢性的に続く軽度のうつ症状。軽度ではあるが,生活上の機能を低下させうる。仕事での成功や他者との関わりで満足が得られることは少なく,離婚しやすく,恋愛関係の困難が生じやすい。症状が軽度であることが治療不要を意味するわけではない。

気分変調症は,うつ状態は生じても大うつ病エピソードには至らない障害だ。気分変調症の診断名がむやみに使われているのを見ることがあるが,実際には気分変調症が疑われる患者で大うつ病エピソードが無かった者を見つけることは難しい。慢性的に2年続く,大うつ病未満のうつ状態が気分変調症だ。


大うつ病エピソードが1年以上続くのが慢性うつ病である。抗うつ薬はある程度有効であり,認知行動療法などの精神療法の有効性も示されている。認知行動療法は単独より抗うつ薬の併用で特に効果が高いようだ。

大うつ病エピソードを1回経験した人のうち約50%が再発し,再発する人は少なくとも3~4回は大うつ病エピソードを繰り返すことが多い。「うつ病」と診断して終わってはいけない。同じ大うつ病でも反復性と非反復性では予後が異なり,対応も異なる。その2つの区別は重要だ。

大うつ病エピソードが1回だけなら,薬物療法は6~12ヶ月で薬を漸減・中止できることが多く,薬物療法と精神療法は同等の治療効果を持つ。反復性うつ病では,急性期治療と再発予防の両面で,精神療法よりも薬物の方が効果的である。治療方針を考えるためにも単発/反復の確認は大切にしたい。

同じうつ病でも反復性か否かで治療方針は変わる。大うつ病エピソードの経験が2回と22回では治療は異なる。現在のうつ状態の確認だけに終わらず,うつ病を診た医師は大うつ病エピソードの回数を確認すべきだし,できれば患者も何度うつ病になったかを自ら報告できるといいだろう。

反復性のうつ病は,非反復性のうつ病に比べて重症化することが多く,結果的に入院や自殺リスクの増加と関連する。うつ病であることを診断したら,それが単発なのか反復性なのかの確認を忘れないようにしたい。


「うつ状態」が生じる精神科の病気は「うつ病」ばかりではない。うつ病も双極性障害(躁うつ病)もパニック障害も外傷後ストレス障害(PTSD)も統合失調症もそうだ。うつ状態を診てすぐに「うつ病」と診断するのは愚かな医者のすることだ。

うつ病とパニック障害はよく併存する。先行するうつ病に後から生じたパニック障害は,抗うつ薬でパニック障害も改善するだろう。パニック障害の抗不安薬治療の過程でうつ病が生じたとき,理論的には抗不安薬でうつ状態が生じた可能性もあるが,潜在していたうつ病が顕在化したと考える方が妥当だろう。

外傷後ストレス障害(PTSD)にうつ状態を伴うことがある。PTSDに抗うつ薬はある程度有効であり,うつ状態を伴うのであれば,その使用意義は高まる。PTSDに躁状態や躁・うつの波を伴う際は,双極性障害が併存すると考え気分安定薬で治療するのが適切であろう。


うつ状態を伴う統合失調症を診たとき,うつ状態が1回だけなら統合失調症にうつ病を併発したと考え,抗うつ薬治療を長期間続ける必要はないだろう。繰り返すなら統合失調感情障害のうつ病型と考え,抗うつ薬は継続した方良いだろう。うつ症状は統合失調症の症状ではない。適切に評価・治療すべきだ。

うつ状態を診たときに続発性の可能性を除外しなければうつ病とは診断できない。うつ状態が頻発する三大身体疾患は,心疾患・神経疾患・内分泌疾患である。身体疾患ではない続発性うつ状態の原因は大半は薬物乱用と処方薬によるものだ。さて,あなたの目の前のうつ病はどうだろうか。

うつ状態は心疾患の危険因子であり,心疾患の結果としてうつ状態が生じることもある。

アルツハイマー型認知症の初期にうつ状態が生じることは多い。そして,老年期のうつ病が認知症の様に見えることもある(仮性痴呆)。認知機能の落ちたうつ状態の患者を診たときには,その点を頭に鑑別に慎重になるべきだ。

脳梗塞や多発性硬化症にうつ状態を伴うことがある。それは特定の部位の病変が影響していることもあり,例えば左前頭葉の梗塞後でうつ状態が惹起されやすい。また,慢性の障害が心理的に影響することもある。脳梗塞などにうつ状態を伴うとき,そこで何が起きているのか理解を試みたい。

少しの甲状腺機能低下ですらうつ状態は生じうる。それは他の身体的な症状が生じていなくてもだ。だから,うつ状態を診たら必ず甲状腺機能を検査すべきだし,うつ状態が生じているのであればごく軽度の甲状腺機能低下も軽視はできない。

副腎機能の低下でもうつ状態は生じるが,その際にはたいてい他の身体症状も現れるものだ。一方,うつ病によって副腎皮質系の軽度の異常が生じることもあるが,これが病因とは言えないだろう。副腎皮質とうつ病の関連の扱いは,しばしば難しいものだ。


気分変調症のDSM基準は"CHASE-E"で覚えられる。[Concentration:集中力低下,Hopelessness:絶望感,Appetite:食欲減退/増加,Sleep:不眠/睡眠過剰,Energy:気力低下,Esteem:自己評価低下]

全般性不安障害のDSM基準は"MERCI-S"(メルシーS)で覚えられる。[Muscle:筋緊張,Energy:気力低下,Restlessness:落ち着かなさ・緊張感・神経質さ,Concentration:集中力低下,Irritability:イライラ感,Sleep:睡眠障害]


躁病エピソードでは,気分が高揚しているばかりではない。イライラした気分や抑うつ気分を伴う躁病エピソードも珍しくない。「気分が良くなければ躁状態ではない」という思い込みは誤診のもとだ。

境界型パーソナリティ障害と双極II型障害の鑑別はしばしば難しい。双極性障害か否かを,DSM診断基準に挙げられた症状の有無に重きを置いて判断し,境界型パーソナリティ障害か否かは,境界型パーソナリティ障害の典型的な状態像との合致度に重きを置いて判断するといい。

抗うつ薬で誘発された躁状態を見かけることがあるが,そのような患者には他に抗うつ薬によらず自然発生した躁状態の経験もあることが多い。「抗うつ薬のせいでしょう」で片づけず,そんなときこそさらなる情報収集が必要だ。

DSMにおける混合状態の他に2つの混合状態が示唆されている。躁病の基準を満たしつつ少数の抑うつ症状を伴う不快躁病(dysphoric mania)と,うつ病の基準を満たしつつ少数の躁症状を伴う激越性うつ病(agitated depression)。これらを診断できることは大切だ。

躁状態で職業的・社会的な著しい障害が生じるのが躁病エピソードであり,職業的・社会的な障害がなければ躁病エピソードとはいえず軽躁病エピソードだ。その内容が浪費や性的逸脱や誇大妄想などの典型例でなくとも,内容が何であれ躁状態で職業的・社会的な問題が生じれば,それは躁病エピソードだ。

自然発生した躁状態が1回確認されれば双極性障害(躁うつ病)の診断は確実だ。これまでに30回のうつ状態があっても,躁状態が1回生じたことがあれば単極性うつ病ではない。それは双極性障害だ。

自然発生した躁状態が1回だけで済むことは無い。躁状態が1回あったのであれば,躁状態はその後も必ず繰り返される。1回しかないからといって軽視してはいけない。その後に繰り返されるだろう躁状態の予防のための治療開始が必要だ。

軽躁状態そのものは大きな問題をもたらさない。しかしそれでも治療すべきだ。軽躁状態は必ずといっていい程,あとでうつ状態をもたらすからだ。さらに,その後に軽躁状態にとどまらず躁状態が生じる双極I型障害に発展することもある。軽躁状態はそのとき問題でなくとも,のちに問題を生む病態だ。

嬉しい出来事に伴い,軽躁状態に見える状態が生じることがある。そりゃあ宝くじでも当たれば気分は高揚しお喋りになることもあるだろう。ただ,そんな有頂天になるような出来事は,人生の中でそう何度も生じない。嬉しい出来事によるのか双極性障害によるものなのか,反復に注意して鑑別したい。


我々の脳は自動合理化マシーンであり,しばしばうつ状態や躁状態の原因を外的な出来事に求める。しかし,出来事は気分障害の「きっかけ」ではあっても「原因」ではないことが多い。その原因は疾患による脆弱性であることが多く,出来事はその脳の問題を顕在化させたにすぎないことが多い。


うつ病の診断において,第一度近親者の双極性障害の家族歴と抗うつ薬誘発性の躁/軽躁状態の2つは重要だ。この2つがあれば,うつ状態であっても単極性ではなく双極スペクトラムである可能性が高く,抗うつ薬よりも気分安定薬の方が効く可能性を高い。

「気分のムラ」「気分の波」と聞いて双極性と安易に結び付けてはいけない。それが「抑うつ気分と爽快気分」の間の変動の意味なら双極性かもしれない。しかし「抑うつ気分と正常気分の変動」や「抑うつ気分の重い時と軽い時」の変動を意味することもあり,それは双極性とは言えない。

精神病性の特徴を伴ううつ病は,単極性うつ病ではなく双極性うつ病であることが多い。うつ病に妄想や幻覚を伴ったら,ただ「うつ病」と診断して終えず,それが双極性障害や双極スペクトラム障害である可能性を考えた方がいい。

睡眠・食欲の増加や鉛様麻痺などを伴う非定型うつ病も双極性うつ病に多い。この特徴を伴う際は,双極性を持つ可能性を考え,双極性の特徴が他にも無いか確認した方がいい。


「産後うつ病」と呼ばれる出産後に発症するうつ病がある。その後の経過で躁病を呈し,双極性障害へと診断が変わる割合が,産後以外に発症するうつ病よりも高い。

うつ病エピソードの治療しない際の平均的な期間は,単極性うつ病では6~12ヶ月,双極性うつ病(双極性障害)では3~6ヶ月である。うつ病エピソードの期間が短ければ,それが双極性によるものである可能性が高い。

平均的な発症年齢は,双極性障害で19歳,単極性うつ病では30歳である。30歳でうつ病になった人が将来的に躁/軽躁病になる確率は10~20%であり,12歳でうつ病になった人がその後も単極性である可能性は50%である。若年発症のうつ病は双極性障害である率が比較的高い。

うつ病の患者に双極性障害の家族歴があれば,単極性うつ病であるよりも,双極性障害である可能性はずっと高くなる。治療対象は患者その人だが,家族歴の聴取は診断のため,そして治療法の選択のためには非常に有用だ。

抗うつ薬で躁病/軽躁病が生じるのは双極I型障害の20~50%,双極II型障害の5~20%単極性うつ病の1%未満と報告されている。その躁状態の原因が抗うつ薬だからといって軽視してはいけない。抗うつ薬で誘発された躁状態は,かなり高率に双極性障害であることを示している。

抗うつ薬が初期に効果をもたらしても,しばらく経つと薬剤への反応性が落ち,耐性がつくことがある。この耐性は,単極性うつ病では20%,双極性障害では60%に生じるという報告がある。


▪️基本原理


ヒポクラテス的観点からすると,病には「治療可能なもの」「治療不可能なもの」「治療せずとも治るもの」がある。治すべきは治療可能なものだ。治療不可能なものと治療せずとも治るものは治療の対象としてはならない。

治すべきは症状ではなく病気だ。そう考えれば,双極性障害の治療において,抑うつ症状に対して抗うつ薬を,躁症状に対して抗精神病薬を,不眠に対して睡眠薬を,不安に対して抗不安薬を用いるような対症療法にはならない。双極性障害にまず用いるべきは気分安定薬だ。

症状ではなく病気を治せ。

薬を選ぶ際,有益性の有無を検討し,その次に有害性を検討すべきだ。副作用ばかりを気にしていれば,無害であっても無益な薬をも使いがち。無害無益な薬は無駄な薬だ。薬を選ぶ際に大切なのは,まずは有益であることだ。


うつ病の要因のうち遺伝で説明できるのは37%程度である。環境因による影響のほうが大きいが,養育された家庭環境の影響は通常無視できるほど少ない。

うつ病患者の第一度近親者のうつ病発症リスクは,一般人口の3倍。双極性障害の患者の第一度近親者の双極性障害発症リスクは一般人口の8〜10倍だ。この2つの数字の差は,うつ病の遺伝の影響は無いわけではなく,双極性障害の遺伝の影響は大きいということだ。

うつ病を発症する際には,きっかけになる出来事があることが多い。しかし,きっかけが必ずあるわけでもなく,きっかけが無くともうつ病にはなる。きっかけがあっても,それは病気になる最後の一押しでしかなく,原因は脳にあった脆弱性そのものであることが少なくない。

うつ状態なら全て抗うつ薬が効くわけではない。なんとなく抗うつ薬と呼んでいるそれを正確に言い直すなら「原発性単極性うつ病治療薬」であって,続発性うつ病や双極性うつ病,それ以外のうつ状態への効果が約束されているわけではない。

双極性障害のうつ状態,すなわち双極性うつ病への抗うつ薬の効果は限定的だ。双極性障害に対し,うつ状態の急性期への効果はある程度は認められているが,うつ状態の予防は効果が無いとする報告があり,さらに抗うつ薬がかえってうつ状態の反復を招く可能性も指摘されている。


気分エピソードの予防効果を持ち,真に「気分安定薬」と呼べる薬はリチウム,バルプロ酸,ラモトリギン,カルバマゼピンの4剤である。その他の新規抗てんかん薬や抗精神病薬では,気分安定薬としての気分エピソードの予防効果は十分には確認されていない。

リチウムには双極性障害の治療において,うつ状態の急性期にも躁状態の急性期にも効果があり,うつ状態の予防にも躁状態の予防にも効果がある。リチウムは効果の面で最も信頼できる気分安定薬の一つである。

オランザピンとアリピプラゾールについて,うつ状態や躁状態の予防効果は十分に確認されていない。確認できているのは,それらの薬剤が急性期に効いた人の薬剤を早期に中止すると再燃することだ。長い経過の中での再発予防効果の確認はまだ不十分。この2つの再発予防効果は未知数と考えるべきだ。

躁状態の治療をする際,定型抗精神病薬で躁状態の治療はできるが,その後にうつ状態が生じるリスクが高まる。非定型抗精神病薬で治療すれば,その後のうつ状態のリスクは低くなる。躁状態を治すだけならどちらでもいいが,その後のことを考えれば非定型抗精神病薬の方が躁状態の治療には適している。


▪️単極性うつ病の治療 

抗うつ薬は双極性障害では有効でないことが多い。抗うつ薬を何剤試みても十分に反応しない,治療抵抗性うつ病の一部は双極性障害の可能性がある。

単極性うつ病への効果が証明されている精神療法には,認知行動療法(CBT)と対人関係療法(IPT)の2つがある。精神療法だけで治りやすいのは初めてのうつ病であり,3回以上繰り返されたうつ病では薬物療法が必要なことが多い。そのうつ病が何回目なのかは治療法の選ぶ上で大切だ。

抗うつ薬治療でうつ病が治ったあと,その抗うつ薬は続けるべきだろうか中止するべきだろうか。まだ1回しかうつ病になったことがない人であれば,抗うつ薬を終えることを考えていいだろう。しかし,反復性うつ病は,治療を終えれば再発のリスクが高く,抗うつ薬治療を継続した方がいい。

難治性うつ病の原因として最も多いのは双極性障害の見逃しであり,双極II型障害が特に多い。難治性うつ病の約半分はこの見逃しによるものだ。気分安定薬を抗うつ薬に加えるか,あるいは気分安定薬で抗うつ薬を置き換えることで,難治性うつ病とされた患者にも治療反応が得られるかもしれない。

治療抵抗性うつ病にみえる患者の半分は,見逃された双極性障害である。残り半分のうち,治療不耐性やアドヒアランス不良などを除いた真の治療抵抗性の単極性うつ病は全体の4分の1程度であるが,三環系抗うつ薬,あるいはモノアミン酸化酵素阻害薬,電気けいれん療法による治療を検討すべきである。

抗うつ薬が効いたか否かを判断するには,その抗うつ薬を十分量に使い,十分期間観察することが必要だ。十分量とは有効用量のことであり,十分期間とは最短でも4週間,できれば8週間が望ましい。そして,そもそも服薬できていたかの確認も見落としがちだが重要だ。

治療抵抗性うつ病のステージ分類 【ステージI】抗うつ薬1剤無効 【ステージII】種が異なる抗うつ薬2剤無効 【ステージIII】TCAを含む抗うつ薬2剤以上無効 【ステージIV】MAOIを含む抗うつ薬3剤以上無効 【ステージV】MAOIを含む抗うつ薬3類以上無効かつECT無効


モノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)は,モノアミンであるエピネフリン・セロトニン・ドパミンを分解するモノアミン酸化酵素を阻害し,モノアミンを増やし作用を増強させ,抗うつ効果をもたらす。日本では抗パーキンソン病薬のセレギリンが入手可能。その特徴から薬物間相互作用には要注意である。

モノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)使用下では,熟成されたチーズやワイン,マメの一部などに含まれるチラミンが深刻な合併症を引き起こすことがあり,SSRIやメペリジンの併用にも重大な危険性を伴う。また,風邪薬などにも併用に危険を伴う成分が含まれうる。

三環系抗うつ薬(TCA)は三級アミンと二級アミンに区別される。三級アミンはアミトリプチリンやイミプラミンであり,二級アミンは各々の代謝産物のノルトリプチリンやdesipramineだ。二級アミンの方が副作用が軽い。TCAではノルトリプチリンが最も忍容性が高く有用性が高い。


トラゾドンは抗うつ薬だが鎮静作用が生じやすく,抗うつ薬としてよりも睡眠薬の代わりとして使われることが多い。SSRIが睡眠構築を悪化させるのに対し,トラゾドンは睡眠構築を改善する。ただし,トラゾドンは双極性障害の病状を悪化させかねないことには注意が必要だ。


ミルタザピンはアドレナリンα2受容体遮断作用をもち,ネガティブフィードバックがノルアドレナリン系とセロトニン系の神経細胞に作用し,結果的にノルアドレナリン系とセロトニン系の神経伝達が増加,加えて何種類かのセロトニン受容体への遮断作用も持つことで抗うつ効果を発揮する。

ミルタザピンは他の抗うつ薬とは違った作用機序を持ち,他の抗うつ薬が効かなかった患者に奏功する可能性がある。また,性機能障害が起こりづらく,特徴的な副作用は眠気と体重増加である。


SSRIの使用自体が自殺リスクを高めうる。うつ状態と聞けば見境なくSSRIを処方するのは不適切だ。しかし,危険性があるからといって薬を使わないのもまた不適切だ。アカシジアの出現や見落とされた双極性障害が混合状態に至る可能性に注意を払いつつ適切に使うのが正しい。

SSRIで性機能障害が生じることがある。セルトラリンの場合は半減期が短すぎず長すぎず,週末の1〜2日だけ休薬日を設けて性活動を行えるようにするのも一つの手である。

セルトラリンには,軽度のドパミン再取り込み阻害作用があるのが特徴だ。これにより他のSSRIには無い効果が期待もできる。ただ,躁状態や,幻覚や妄想などの精神病症状が生じる危険性にも気を付けたい。


うつ病のうち,最初の抗うつ薬に一時的にでも反応するのは約は半数だが,完全に寛解するのは3分の1程度。複数の抗うつ薬を試み,一時的にでも寛解が得られるのは半分程度だ。精神科医にとり,うつ病を抗うつ薬で治療するまでは簡単だが,大切なのはそれが効かなかった時の治療法を持っている事だ。

抗うつ薬で改善が得られないうつ病患者の半数は,うつ病と誤診した双極性障害だ。そんな難治性うつ病には抗うつ薬よりも気分安定薬の方が効く。抗うつ薬治療がうまくいかないとき,双極性障害を見落としている可能性を考えておくことはとても大切だ。

難治性うつ病への非薬物療法には電気痙攣療法(ECT),経頭蓋磁気刺激法(TMS),脳深部刺激療法(DBS),迷走神経刺激法(VNS)がある。ECTは有効であり,TMSはおそらく有効であり,DBSは恐らく有効だが侵襲性が高く,VNSは侵襲性が高い上にプラセボと差が無い。

薬の効果を期待して飲むと本来の薬効以上の効果が生じるプラセボ効果であり,薬の副作用を心配しながら飲めば薬本来以上の副作用が生じるのがノセボ効果だ。薬への向き合い方で効果も変わることは知っておきたい。

治療抵抗性うつ病とされる患者に抗うつ薬が十分な量または十分な期間試みられていない人がいるが,それはまだ治療抵抗性とは呼べない。薬が不十分なだけだったかもしれないし,効果の出現を待てずに諦めただけかもしれない。薬を十分量・十分期間試みて無効だったとき初めて治療抵抗性うつ病と呼べる。

難治性には,薬物が効かない「治療抵抗性」と,副作用が出現しやすく十分に薬が使えない「治療不耐性」がある。どちらも難治性だが考えるべきことが大きく違い,この2つを分けて考えることは重要だ。

抗うつ薬が効かなかったとき,別の抗うつ薬に変更するのと,別の抗うつ薬を追加するのでは,追加の方がいくらか有効性が高い。先の抗うつ薬が全く効かなかったのであれば変更の方がより良いかもしれないし,先の抗うつ薬がいくらかでも効いたのであれば追加の方が良いのかもしれない。

新規抗うつ薬がありったけ試みられていても三環系抗うつ薬が試みられずに難治性うつ病とされている患者がいる。新規抗うつ薬よりも三環系抗うつ薬の方が有効性は高い。三環系抗うつ薬を試みずに難治性うつ病と呼ぶべきではない。

難治性うつ病に対して,リチウム増強療法が効くことがある。少量でも効くことがあり,副作用が許す範囲で増量した方が効果的なこともある。また,甲状腺ホルモンも難治性うつ病に有効であることがある。全ての抗うつ薬が十分に効かなかったとしても,試すべき治療はまだある。

精神病性のうつ病に対する薬物治療では「20 – 40 - 80の法則」を覚えておくといい。薬物治療への反応率は,抗精神病薬の単剤で20%,抗うつ薬単剤で40%,抗精神病薬と抗うつ薬の併用で80%である。精神病性のうつ病では,抗精神病薬と抗うつ薬の併用が鍵となる。


▪️双極性障害の治療

双極性障害の治療において,目の前のうつ状態や躁状態にしか注意を向けないのは大きな間違いである。最も注意を向けるべきは,躁状態・うつ状態の再発を予防し減らすことであり,気分の安定こそ最も目指すべきものである。

双極性障害の治療において,急性期に効果があった薬に予防効果もあるとは言えず,予防効果がある薬に急性期の効果もあるとは言えない。急性期の効果と予防効果は別に考える必要がある。


双極性障害の治療で効果が確認されている薬,適応が承認されている薬は色々ある。しかしそれでも治療の中心とすべき気分安定薬と呼べる薬はまだリチウム,バルプロ酸,カルバマゼピン,ラモトリギンの4つだけである。

双極性障害を治療する際,気分安定薬剤の単剤で効果が十分に得られるのはせいぜい3分の1。大半の患者は気分安定薬同士の併用や抗精神病薬や抗てんかん薬の追加が必要となる。うつ病や統合失調症の治療で単剤治療が推奨されているのと同じに考えるべきではない。

双極Ⅰ型障害で第一選択とすべき気分安定薬は,リチウム,バルプロ酸,カルバマゼピン,ラモトリギンの4つだ。非定型抗精神病薬(アリピプラゾール,オランザピン),新規抗てんかん薬(ガバペンチン,トピラマート)は補助薬として使えることがある。


うつ病の状態には「よい(正常気分)」と「悪い(うつ状態」の2つしかない。しかし双極性障害には「躁状態」「うつ状態」「混合状態」「正常気分」と様々な状態がありうる。うつ病に比べて双極性障害の病状は複雑だ。

双極性障害のうつ状態を抗うつ薬で治療すれば,躁状態に転じてしまう可能性がある。うつ状態を回復させたとしてもうつ状態の予防効果は無い。双極性障害への抗うつ薬使用には慎重になるべきであり,用いたとしても漫然と続けるべきではない。

抗精神病薬は,躁状態の急性期に対して有効な「抗躁薬」である。ただ,定型(従来型)抗精神病薬は躁状態の後にうつ状態を引き起こしやすい。非定型(新規)抗精神病薬は躁状態の治療後のうつ状態が生じにくい。いずれも躁状態を治療はしても予防はしない。抗精神病薬は気分安定薬ではない。


リチウムの服用は1日1回が推奨される。複数回に分けるよりも腎障害の長期リスクが低く,服薬が安定しやすく,効果は劣らない。1日2~3回にした方が副作用が少ないという思い込みは捨てよう,リチウムでは逆だ。
双極性障害の治療効果は早く出るよりも遅く出る方がよい。早く出る効果は消えやすく,遅く出る効果は長持ちする。

双極I型障害の治療においてリチウムは少量からはじめ,血中濃度が0.6~1.2 mEq/Lを目指して増量する。ただ,高齢者では血液脳関門の透過性が上がっており,より低い血中濃度で中毒症状が生じるため目標とする血中濃度を半分程度に下げる必要がある。

双極性障害の混合状態には,リチウムも有効だが抗てんかん薬の方がより有効である。急速交代型に対して,リチウムよりも抗てんかん薬の方が有効だと思っている医師もいるが,実際には差が無い。

リチウムは自殺リスクを下げ,心血管疾患によるリスクも下げるなど,疾患によらず死亡リスクを下げる。さらに,様々な神経栄養因子の分泌を促進し,神経保護因子を持ち,長期的な認知機能障害を防ぐ作用を持つ可能性がある。

双極性障害に用いられていたリチウムの急な中断は危険を伴う。短期的な自殺リスクが著しく高まり,1ヶ月以内に約50%が躁状態に至る。急速な減量や中断は身体的な危険が生じたリチウム中毒の時に限るべきであり,通常,リチウムを中止する際には時間をかけた徐々に減量・中止が必要である。

リチウムは岩石にも含まれるミネラルであり,元素表にも載っている天然の物質である。リチウムよりも「ナチュラル」な薬物はなかなかない。


双極性障害に対して気分安定薬として使える抗てんかん薬は,バルプロ酸とカルバマゼピンとラモトリギンのみである。ガバペンチンやトピラマートは気分安定薬ではないが,比較的副作用が少なく,気分安定薬への補助として,あるいは双極II型障害を治療する上で使える可能性はある。


双極性障害に対し,バルプロ酸は少量から始め有効な血中濃度を目指して増量する。Ⅰ型ではなくⅡ型であれば,バルプロ酸は比較的低い血中濃度でも十分に効きうる。

バルプロ酸の半減期は12時間以上ある。てんかん治療では,血中濃度をできるだけ一定に保つべく一日複数回にわけた服用が望ましいだろうが,双極性障害の治療では複数回投与の有効性は確認されておらず,服薬の確実性を上げるため日に一回の服用の方が良いと考えられる。

バルプロ酸は血中濃度が中毒域に達しても重症になることが少なく,深刻な身体合併症に発展することはほとんど無い。躁病の急性期には20mg/kg/日の量で開始すると数日以内に効果が得られることがある。

バルプロ酸とカルバマゼピンは両者とも双極性うつ病の急性期への効果に対して,対象者は少ないが繰り返し検証されたエビデンスが存在する。この効果に関するエビデンスはリチウムやクエチアピンほど強くはないが,ラモトリギンやオランザピンよりも強い。

バルプロ酸には抗うつ作用があり,双極性うつ病の急性期に効きうる。ラモトリギンは時間をかけて少量から増量する必要性がありうつ病の急性期に有効とは言えない。


カルバマゼピンは気分安定薬である。双極性うつ病の治療効果と予防効果があり,双極性障害の病相予防効果も(リチウムには劣るが)ある。使用の際,特に注意すべきは,肝酵素を強力に誘導して他の薬剤の血中濃度を下げることと,重篤な皮膚・粘膜障害が生じるリスクである。

バルプロ酸とカルバマゼピンは両者とも双極性うつ病の急性期への効果に対して,対象者は少ないが繰り返し検証されたエビデンスが存在する。この効果に関するエビデンスはリチウムやクエチアピンほど強くはないが,ラモトリギンやオランザピンよりも強い。

カルバマゼピンは過小評価されている。体重増加が起こらないので,若い女性のように体重を気にする患者では気分安定薬の第一選択に挙げるべきである。



ラモトリギンはバルプロ酸の併用で血中濃度が高まるので注意が必要だ。ラモトリギンは緩徐な増量が鉄則だが,バルプロ酸併用時にはさらに増量の速度を遅くする必要がある。

ラモトリギンでは,まれに重篤な皮膚障害が生じることがあり,これは特に早い増量でのリスクが高い。ラモトリギンは緩徐な増量が鉄則だ。他の薬剤に対するアレルギーを有する場合にも皮膚障害のリスクが高く,注意が必要だ。


抗精神病薬は躁状態に有効である。定型抗精神病薬では躁状態の治療後にうつ状態に転じやすく,非定型抗精神病薬では躁状態の治療後のうつ状態が少ない。躁状態の治療に用いる抗精神病薬は定型より非定型の方がはるかに優れている。

アリピプラゾールやオランザピン,クエチアピンなどの非定型抗精神病薬に双極性障害に対する効果がある。ただ,その予防効果には未だ疑問が残る。気分安定薬と言えるのはリチウム,バルプロ酸,カルバマゼピン,ラモトリギンの4つであり,非定型抗精神病薬はあくまで補助薬と考えるべきだ。

抗精神病薬の副作用として遅発性ジスキネジアがある。服用を続けるとリスクが上がるように考えられがちだが,実際には服用開始後の3年程のリスクが最も高く,その後のリスクは下がる。気を付けるべきは初期だ。

遅発性ジスキネジアが抗精神病薬の副作用として生じうるが,定型抗精神病薬に比べ,非定型抗精神病薬の方がかなりそのリスクが低い。双極性障害を抗精神病薬で治療する際,定型よりも非定型を優先するべき理由の一つである。

抗精神病薬の副作用の一つにアカシジアがある。抗精神病薬の服用直後の出現も多いが,半数は1ヶ月以上経ってから出現する。3ヶ月以上経ってからはまれである。抗精神病薬を開始した直後だとばかり思ってはいけない。日が経って出現するアカシジアを知らなければ誤診を招く。

抗精神病薬によりムズムズとして落ち着かなくなるアカシジアが生じることがある。その切迫感を伴う副作用は自殺リスクを高める。そして,躁状態や興奮,精神病症状,アクティベーション,パニック発作などによる不穏と誤診されることが多く,注意が必要だ。

双極性障害の治療において,抗うつ薬は躁転,あるいは急速交代化の惹起や悪化をもたらしうる気分「不安定」薬として作用しうる。双極性障害の治療で大切なのは気分不安定薬ではなく気分安定薬だ。

双極性障害の急性期のうつ状態に対する,MAOI以外の抗うつ薬の効果は,リチウムの効果に優ることはない。そのリスクを考えると,双極性障害への抗うつ薬の処方は慎重になるべきである。


双極性うつ病(双極性障害のうつ状態)に抗うつ薬を用いる際は,単極性うつ病の半量程度が良い。双極性うつ病では,抗うつ薬の量が少なくても効果が得られることは多く,少ない方が躁転のリスクを低く抑えらえる。

抗うつ薬は双極性障害に対して,うつ状態の急性期に効果が乏しいのと同時に,うつ状態の予防効果も乏しい。双極性障害の治療においては,気分安定薬こそが主役となりうる。

双極性障害の難治化の最も多い原因のひとつが抗うつ薬の過剰使用である。双極性障害の治療において,抗うつ薬は気分安定薬ではなく「気分不安定薬」だ。

双極性障害で,うつでも躁でも,年に4回以上の気分エピソードを経験するのが急速交代型(ラピッドサイクラー)である。この型は難治であることが多く,多くの例,抗うつ薬は用いず複数の気分安定薬の併用が必要と言ってもいい。

双極性障害の急速交代型はリチウム単剤での治療が困難であることが知られている。しかし,バルプロ酸やカルバマピンの単剤療法が優れているわけではない。いずれにしろ単剤ではプラセボと同等であり治療には複数の気分安定薬が必要だ。

双極性障害の急速交代型を治療する際は,長期的な目標に集中すべきだ。短期的なうつ症状や気分の波に振り回されれば長期的な治療が妨げられる。鍵は長期的な治療に集中することだ。


双極性障害では病識欠如が問題になることが多い。躁状態が改善すると病識も改善すること,時間の経過とともに病識が改善すること,入院を繰り返すと病識が改善することがわかっている。病識を欠く者には,感情をぶつけず愛を胸に,辛抱強く治療へと導き続けることだ。


▪️周辺分野のあれこれ


うつ病のピークは2つある。1つ目は30歳前後,2つ目は60歳すぎ。高齢者のうつ病の背景には身体疾患があることが少なくなく,注意を要する。ただ,高齢発症であっても,背景となる身体疾患なしに発症することも多く,きちんとうつ病として治療することは有意義だろう。


高齢者のうつ病を抗うつ薬で治療する際,身体疾患の治療薬を併用していることが多くフルボキサミンの様な薬物相互作用の多い薬剤には注意を要するし,沈静の強いミルタザピン・抗コリン作用の強いパロキセチンの様な薬剤は認知機能を下げることがあり注意を要する。

高齢者の血液脳関門は通過しやすく,腎機能が低下しており,高齢者ではリチウム使用で中毒が生じやすい。高齢者では血中濃度が低くでも,非高齢者と同程度の中枢神経系のリチウム濃度が得られる。高齢者のリチウム血中濃度は非高齢者の半量程度にするのがよい。


物質乱用に双極性障害を合併している場合,双極性障害を治療せずに物質乱用がよくなることは少ない。


▪️最後に


精神疾患ではしばしば「私は病気じゃない」と病識欠如が問題になる。病識欠如は疾患による症状の一部だ。するべきは責めることではない,治療的に関わることだ。

病にある人を愛し続け,同時に辛抱強く治療へと導くこと。これは家族に課せられた困難な務めである。

Holmesの原則のもとに治療することで,ヒポクラテスの究極の目標が達成されよう。すなわち,可能ならば病気を治し,それがかなわなくても努めて苦痛を和らげ,常に患者をいたわることである。