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乳がん画像診断におけるAI:最新トレンドと未来展望

記事執筆者:稲森 瑠星(医療AIコミュニティ運営者)
レビュアー:山本 浩平(医療AIエンジニア)

3つの要点

  1. 乳がん画像診断におけるAIの現状と可能性
    マンモグラフィ、超音波、MRI、PETなど各種モダリティにおけるAI応用の最新状況と、診断効率・精度向上の可能性について解説。

  2. AIによる画像診断の課題と限界
    AI技術は進歩しているが、現在はまだ研究段階であり、臨床応用には課題がある。データの標準化や説明可能なAIの開発など、今後取り組むべき重要な課題を明らかにしている。

  3. 乳がん画像診断AIの将来展望
    マルチモーダル学習など、より高度なAI技術の開発によって、複数の情報を統合した包括的な診断が可能になる事が期待されている。

Overview of Artificial Intelligence in Breast Cancer Medical Imaging
written by Zheng D, He X, Jing J.
Journal:Journal of Clinical Medicine
Published Online:Jan 4 2023

この記事に含まれる画像は、論文や紹介スライド、またはそれらを参考に作成されたものです。

はじめに


乳がんは世界中の女性にとって最も一般的ながんの一つであり、早期発見と正確な診断が生存率を大きく左右する。従来のマンモグラフィ、超音波、MRI、PETなどの画像診断技術は、それぞれに長所と短所がある。例えば、マンモグラフィは石灰化や腫瘤などの小さな病変の検出に優れているが、生命に影響を与えないような病変や、成長の遅い良性腫瘍など、不必要な病変まで、過剰に検出してしまうリスクもある事が知られている。このような過剰診断は、不必要な治療や患者の心理的負担につながる可能性があり、問題とされている。

そこで近年注目されているのが、AI技術を活用したコンピュータ支援診断(CAD)システムである。CADは、放射線科医や病理医の負担を軽減しつつ、各モダリティにおける診断精度を飛躍的に向上させる可能性を秘めており、盛んに研究が行われている。


目的


臨床医向けに、乳がんのスクリーニングと診断における最新のAI技術の現状を、わかりやすく解説する。具体的には、以下の内容を網羅的に解説している。

  1. AI基礎知識:人工知能、機械学習、深層学習の基本概念を解説。

  2. モダリティ別のAIの応用例:マンモグラフィ、超音波、MRI、PETのような主要なモダリティにおけるAI技術の応用例について解説。

  3. 最新研究動向:2000年以降に公開された乳がんのCADに関する文献を網羅的に解説。

PubMed、medRxiv、Google Scholar、Scopus databaseなどの主要な学術データベースを網羅的に調査し、最新かつ信頼性の高い情報を収集した。

文献の全体像

調査結果を視覚化したのが、以下の文献分類図である。

図1: 乳がん画像診断におけるAI研究の文献分類(2000年~現在)
この図は、主要な学術データベースから抽出した乳がん画像診断におけるAI関連の論文を、画像モダリティ別に分類したものである。MRI関連研究が最多を占め、続いて超音波、マンモグラフィー、Radiomicsの順となっている。この分布は、各モダリティにおけるAI技術の応用状況と研究の注目度を反映している。

論文の多くはPubMedから抽出されており、この分野の研究が主に医学系ジャーナルで発表されていることがわかる。
モダリティ別で見るとMRIに関する研究が最も多く、MRI画像にAI技術が多く応用されていることを示している。次いで超音波、マンモグラフィーに関する研究が多く、これらの汎用性の高いモダリティにおいてもAI技術の研究開発が進んでいることがわかる。Radiomics研究も増加傾向にあり、画像データから得られる情報を活用しようとする新しいアプローチも注目を集めていることが伺える。
様々なモダリティにわたってAI研究が行われていることから、乳がん画像診断におけるAI応用が多角的に進展していることが分かる。


AI技術の進化:機械学習から深層学習へ


機械学習(ML)

機械学習は、大量のデータから特徴を抽出し、未知のデータを予測・分析する数理的モデルである。MLのアルゴリズムは主に3つに分類される。

  1. 教師あり学習: 入力データと対応する正解ラベルのペアを用いて学習を行う。アルゴリズムは、入力からラベルを予測する関数を学習し、新しいデータに対して予測を行う。分類や回帰などのタスクに適している。

  2. 教師なし学習: ラベル付けされていないデータセットを用いて、データ内の潜在的な構造やパターンを見出す手法です。クラスタリング(例:類似した画像特徴のグループ化)や次元削減(例:高次元データの特徴抽出)などに活用される。データの内在する特性を理解するのに役立つ。

  3. 強化学習: AI自身が行動する事によって、報酬を最大化するように学習する手法である。試行錯誤を通じて、最適な意思決定のための方法を学習する。


深層学習(DL)

深層学習は、人間の脳の神経回路を模倣した多層のニューラルネットワークが特徴である。深層学習のアルゴリズムには、主に以下のようなものがある。

  • CNN(畳み込みニューラルネットワーク):画像認識に優れている。

  • RNN(再帰型ニューラルネットワーク):時系列データの処理に優れている。

  • GAN(敵対的生成ネットワーク):新しいデータの生成に使用される。

  • Transformer:ChatGPTなどの大規模言語モデルなどに使用されている。

これらの技術により、AIは人間の専門家に匹敵する、あるいはそれを上回る性能を発揮する可能性がある。そのために、様々な研究が行われている。


AIの乳がん医療への応用

MLやDLなどの技術は、乳がんにおける医療の多様な場面で応用されている。

  • スクリーニング

  • 診断

  • 病期分類

  • 治療

  • フォローアップ

  • 薬剤開発

  • 予後予測

図2: 乳がん医療におけるAI応用の概要
この図は、乳がん医療におけるAI応用の概要を示す。スクリーニング、画像診断、病期分類、治療など多様な場面で活用されている。


乳がん画像診断における応用


乳がんの二次予防

現在の乳がん予防戦略は、二次予防に重点を置いている。
具体的には、高リスク集団に対するスクリーニングの強化、早期診断の促進である。

AIは、膨大な数の画像から病変を効率的に検出できるため、画像診断医の負担を大幅に軽減することが期待されており、CADやDLについて盛んに研究されている。しかし、いくつか課題もある。

偽陽性率の高さが大きな課題となっている。偽陽性とは、実際には癌ではないにもかかわらず、検査で陽性と判定されることを指す。偽陽性率が高いと、不必要な追加検査や処置が行われる可能性が高くなる。特に問題となるのは、偽陽性によって生検率が上昇することである。生検とは、疑わしい組織の一部を採取して顕微鏡で調べる検査法である。画像診断で異常が疑われた場合、最終的な確定診断のために生検が行われることが多い。しかし、生検は侵襲的な処置であり、患者に身体的・精神的な負担をかける。そのため、不必要な生検を減らすことが重要な課題となっている。

そこで、以下のような項目が必要とされている。

  • 良質かつ多様な画像データの利用。
    モダリティ、装置、疾患、人種、年齢などの多様性を考慮する必要がある。

  • 汎化性能の高いDLアルゴリズムの構築
    CNNを含むDLアルゴリズムは、画像のセグメンテーションや特徴抽出に優れているが、現時点では多くの場合、放射線科医による読影精度には及ばない。


乳がん診断におけるモダリティ別のAI活用の現状


マンモグラフィ


マンモグラフィは、乳がんのスクリーニングにおける最も一般的な検査である。AIの活用により、更なる有効活用が期待されている。以下に、いくつか研究の事例を示す。


VGG16を用いた腫瘍の検出:
VGG16というディープラーニングモデルを使用することで、従来のAlexNetやGoogleNetを上回る精度で腫瘍を検出できることが示された。


乳がんサブタイプの分類:
VGGベースのCNNを用いて、マンモグラフィ画像から乳がんサブタイプの分類を行った。

乳がんサブタイプとは、乳がん細胞がもつ遺伝子の特徴によって乳がんを分類したものであり、主に以下の4つに分類される。

  1. Luminal A:エストロゲン受容体陽性で、増殖が遅い傾向にあるタイプ

  2. Luminal B:エストロゲン受容体陽性だが、Luminal Aよりも増殖が速いタイプ

  3. HER2陽性:HER2タンパク質が過剰に発現しているタイプ

  4. トリプルネガティブ:エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2がすべて陰性のタイプ

これらのサブタイプによって治療方針が大きく異なるため、AIによる早期の予測は治療計画の立案に大きく貢献する。


デジタル乳房トモシンセシス(DBT):
デジタル乳房トモシンセシス (DBT) は、乳房をさまざまな角度から写真を撮影し、再構成することで、乳房の2D画像や3D画像を作成できる。DBTでは乳房の断層像が得られるので、乳腺の重なりによる影響が少なく、従来のマンモグラフィと比較して、より詳細な乳腺と病変の形態情報を得ることができる。 DBT画像を用いた乳がんの病変分類において放射線科医を上回るパフォーマンスを発揮するDLアルゴリズムを開発した。


超音波検査


超音波検査は、非放射線検査であり、乳がんの診断や生検のガイドに広く使用されている。石灰化を伴わない小さい隠れた病変の検出にはマンモグラフィーよりも有用である。こうしたマンモグラフィとは異なる利点からAIの応用も盛んに行われている。以下に、いくつか研究の事例を示す。


高精度な良悪性の鑑別:
CNNを用いた解析により、精度:90%、感度:86%、特異度:96%と腫瘍の良性・悪性を高い識別性能で分類できたと報告されている。


エラストグラフィとAIの融合:
組織の硬さを評価するエラストグラフィとAIを組み合わせることで、腫瘍の良悪性を識別において、精度 93.4%、感度 88.6%、特異度 97.1% を達成した。

エラストグラフィは組織の硬さを可視化する技術である。一般的に、がん組織は正常組織よりも硬いため、この技術は腫瘍の性質を判断するのに役立つ。


オペレーター依存性の克服:
超音波検査の大きな課題として、検査する技師の技量差や観察者間変動が大きいという問題がある。AIは、検査する技師の技量差や観察者間変動の問題を軽減することへの応用も期待されている。


MRI


乳房のMRI検査は、乳がんの術前病期分類において最も感度が高く正確な画像診断法である。その感度は乳房の密度に影響されないため有用である。また、AIの応用事例が最も多いモダリティである。以下に、いくつか研究の事例を示す。


マルチパラメトリックMRI:
複数のシーケンスのMRI画像を組み合わせたAI解析により、正確な評価が行えると期待されている。
マルチパラメトリックMRIは、異なる特性を持つ複数の撮像法(T1強調画像、T2強調画像、拡散強調画像、造影画像など)を組み合わせて総合的に評価する手法である。


治療効果予測:
MRIを用いたAI解析は、治療効果の予測にも応用されている。化学療法の効果をより早期かつ正確に予測できるようになっている。例えば、治療開始後の腫瘍サイズの変化や内部構造の変化を詳細に分析し、治療が効果的かどうかの予測などに応用されている。


診断ワークフローの改善:
AIが診断に重要な画像を自動的に選択することで、放射線科医の診断効率の向上を目指す。MRI画像を用いたAIを活用することで、放射線科医は全スライスを確認するのではなく、診断に重要な画像を重点的に精査することが可能になり、乳がん診断の臨床ワークフローの改善が見込まれる。
「重要な画像」とは、例えば以下のようなものを指す。

  • 腫瘍が最も大きく映っているスライス

  • 腫瘍の境界が最もはっきり見えるスライス

  • 周囲の組織への浸潤が疑われる部分を含むスライス

  • 特異な造影パターンを示すスライス

これらの画像をAIが自動的に選び出すことで、放射線科医は数百枚に及ぶMRI画像の中から、診断に本当に必要な画像に素早くアクセスし、効率的に診断を行うことができる。


核医学検査


核医学検査、特に18F-FDG PET/CTは、乳がんの診断、病期分類、再発・転移の評価、予後予測、治療反応の評価など、幅広い用途で活用されている。AIとの組み合わせにより、その可能性はさらに広がっている。


PET/CTの進化:
PET/CTは1回の検査で全身の癌のステージング情報を得られる利点がある。AIによる画像解析が加わることで、小さな病変の検出や良性・悪性の鑑別がより正確になっている。例えば、AIが lymph node metastasis(リンパ節転移)を高精度で検出し、不要な生検を減らすことが可能となっている。


治療効果予測の高度化:
AIを用いたPET画像の解析により、neoadjuvant chemotherapy(術前化学療法)の効果をより早期に、より正確に予測できるようになっている。
PET画像の特徴を AI で分析することで、Ki67発現(腫瘍の増殖能を示す指標)やpCR(病理学的完全奏効)率、再発リスクとの相関を見出した。


PET/MRI:
高精度な病期分類:
PET/MRIは、PET/CTよりも高い空間分解能と軟部組織の高いコントラストを持つのが特徴である。AIとの組み合わせにより、特に、乳がんの局所進展度の評価や小さなリンパ節転移の検出に優れている。

被ばく低減:
PET/MRIはPET/CTと比較して患者の被ばく線量が少ないという利点がある。


Radiomics と Radiogenomics


Radiomics(ラジオミクス)とRadiogenomics(ラジオゲノミクス)は、画像や遺伝子情報を組み合わせた研究分野である。これらの技術は、画像から得られる肉眼的な情報ではなく、分子レベルでの腫瘍の特徴の分析を可能にする。

Radiomics の応用例:
治療反応性の予測:

画像特徴と遺伝子情報を組み合わせたAIモデルにより、Contrast-enhanced spectral mammography (CESM) の画像特徴を AI で解析することで、HER2陽性乳がんとトリプルネガティブ乳がんの識別を可能にした。


腫瘍内不均一性の評価:
AIを用いて腫瘍内の領域の特性を分析し、治療抵抗性のメカニズム解明に貢献する事ができる。PET画像のテクスチャ解析により、腫瘍内の代謝活性の不均一性を評価し、治療抵抗性との関連を調べることができる。


Radiogenomicsの応用例:
画像-遺伝子相関の解明:

MRI画像の特徴と RNA-seq データを組み合わせて解析することで、細胞、免疫、細胞間の相互作用などに関わる遺伝子発現パターンと画像特徴の関連を明らかにすることができる。
これにより、画像所見から腫瘍の分子生物学的な特徴を推測することが可能になると期待されている。


包括的な腫瘍の評価:
生検では捉えきれない腫瘍全体の不均一性を、画像や遺伝子の解析を通じて評価することが出来る。これにより、より適切な治療法の選択や、治療抵抗性の予測が可能になると期待されている。

Radiomics・Radiogenomicsの研究では、画像データや臨床データ、遺伝子発現データなど、多様なデータの統合解析が重要である。AIを用いて、これらのデータから意味のあるパターンを見出すことが鍵となる。


未来への展望


AIを活用した乳がん画像診断は、まだ発展途上にある。今後の課題と展望を以下に示す。

標準化への取り組み:
異なる施設間でのデータの互換性を高めるため、画像の取得方法や前処理、AIモデルの評価基準の標準化が重要であり、進められている。

説明可能なAIの開発:
AIの予測の根拠を明示できる「説明可能なAI」の開発により、実臨床への応用が期待されている。医療において、説明可能なAIの開発は重要な課題である。

マルチモーダル学習:
近年、マルチモーダル学習は非常に注目されている。異なるモダリティのデータや画像と臨床情報などを統合して学習するAIモデルの開発が、より包括的な診断を可能にする。実際の医師が多様な検査情報を用いて診断を行うように、AIでも複数の情報を統合して学習する事が重要であるとされている。


記事執筆者 稲森 瑠星(医療AIコミュニティ運営者)の感想


今回の論文では、乳がん画像診断におけるAI研究の動向を知ることができた。マンモグラフィをはじめ、多くのモダリティが活用される乳がん画像診断の領域は、それぞれのモダリティの特徴を活かしたAIの活用が求められる。医療画像AIの中でも、最も研究が盛んな乳がん画像診断AIの今後の発展に期待している。AIを活用した乳がん画像診断の進歩は、早期発見率の向上、診断精度の改善、そして個別化医療の実現に繋がると考えられる。しかし、忘れてはならないのは、AIはあくまでも強力なツールであり、最終的な判断と責任は医療者にあるということである。AIと人間の専門知識が融合することで、より良い医療へ繋げていくことが重要であると考える。


レビュアー 山本 浩平(医療AIエンジニア)の感想


マルチモーダル学習は、医療AIの分野において注目されている分野の1つであり、複数のモダリティの画像データと、患者の臨床データ、更には遺伝子情報を統合したモデリングを行うことで、患者の個別化医療のための強力なツールとなりうる。近年では大規模な深層学習モデルの研究が増加しており、マルチモーダル学習のような複雑なモデリングを行う研究も増えていくだろう。本論文では、乳がん画像診断におけるAIの応用について包括的にレビューを行った。


Callistoについて

東大発スタートアップCallistoは、医療AI/創薬AIの研究開発にすぐ使える医用画像データプラットフォームを手掛けています。医療施設が提供した放射線画像や病理画像(と臨床情報・分子診断結果)に取捨選択~アノテーション~標準化を施し、匿名加工情報の形で医療AI企業・医療機器メーカー・製薬企業などに販売します。また、これらのデータセットも活かしつつ、創薬AI/医療AIの受託開発やコンサル、マーケティングも行っています。データ提供施設には、データセット利用による売上の一部を還元することで、持続可能なエコシステムを実現します。
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