ラジオの現場から

芸術祭をなくすことは愚策でしかない

放送レポート299号(2022年11月)
石井 彰 放送作家

 主なラジオ番組の放送コンクールには、文化庁が主催する芸術祭、日本民間放送連盟の民間放送連盟賞、放送批評懇談会のギャラクシー賞、放送文化基金の放送文化基金賞があります。他にも、それぞれのネットワークが主催する各賞があります。
 上記の賞ほど知られていませんが、地方民間放送共同制作協議会(火曜会)が制作して放送している番組『録音風物誌』が、年間に放送した番組の中から優秀番組を3本選び、その番組を再放送するコンクールがあります。
 この番組は、全国各地の風物や暮らしを音で伝えるものです。私が長年担当してきたコンクールの審査を、今年はフリーライターの武田砂鉄さん、歌人の東直子さんと務めました。
 今年最優秀賞に選んだのは熊本放送が制作した「市電の呼吸に全集中」でした。98年前から市内を走っている市電の運転手の操作技術に着目して、乗客が気づかないように駅に停車したり、大きなカーブも揺れないように曲がるなど、長年にわたる技の巧みさを、音だけで表現した番組でした。庶民の貴重な足として根付く市電を、走行音から描いた素晴らしいものでした。
 優秀賞は山形放送「豪雪地の雪降ろし~ 空から冷蔵庫が降ってきた!」と、中国放送「おばぁちゃんの肉玉そば」でした。前者は屋根に積もった雪の塊をノコギリで切り出し、冷蔵庫大のものを落とす作業を伝えていました。200キロにもなる雪塊が落ちる轟音はすさまじい響きです。後者は、地元の人々に長年にわたり愛されている、お好み焼き店の店主の人生を、香ばしいお好み焼きを焼く音とともに構成していました。諸物価高騰のおりでも値上げをためらう店主の気持ちを察して、客たちが募金を始めて支える姿には、暖かい気持ちにさせられます。
 わずか7分余りの番組ですが、そこには確かな暮らしと、人々の心があふれていました。忙しい毎日の中で、つい埋もれてしまう番組に光をあてる、小さなコンクールに大きな役割があることがわかります。
 さて1946年に始まり、放送コンクールでは最も歴史と権威がある文化庁芸術祭が、今年度で廃止になります。私は今年度までラジオ部門の審査員を務めており、先日文化庁から説明がオンラインでありました。文化庁は、芸術祭を芸術選奨(各部門ごとに文部科学大臣賞と新人賞の各1人を表彰)に集約して、その価値を高めたい、と説明しました。
 これまで放送部門ではテレビドラマ、テレビドキュメンタリー、ラジオと3分野で表彰されていた9本の番組が、今後は芸術選奨贈賞者を放送各2人に増やすとはいえ、明らかに縮小整理されることになります。
 芸術選奨の審査にも携わったこともありますが、選出されるのは著名テレビドラマの演出家や脚本家など中心で、ラジオ関係者が選出されたことは数えるほどしかありません。
 ふだんからあまり取り上げられることの少ないラジオにも、スポットをあててきた芸術祭がなくなることは、残念と言うよりも愚策というしかありません。私は文化庁の担当者に「財政の問題ですか」と質問しましたが、そうではないと答えました。
 文化庁ではすでにメディア芸術祭や映画賞の廃止も決まっています。国が芸術分野の顕彰をすることそのものへの疑問もあるでしょう。ただ芸術祭では、明らかに国策を真っ向から批判する多くの番組が、独立した審査員によって選ばれ表彰されてきた歴史があることを、忘れてはなりません。これまで芸術祭参加番組に携わった多くの人たちに、廃止反対を伝えずにはいられません。

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