なぜ今「男性学」なのか

第2回ゲスト 清田隆之さん

放送レポート299号(2022年11月)
メディア総研所長 谷岡理香

 男性学講座2回目の講師は、中学高校を男子校で過ごし、ホモソーシャルな空気を体いっぱいに吸ってきたと語る文筆家の清田隆之氏です。一転、大学では女子が7割という学部に入り、恋愛相談にのる機会が多かったそうです。それがきっかけで恋愛相談ユニット「桃山商事」というサークルを立ち上げました。以後約20年にわたって1200人以上の女性たちから恋愛相談を受けてきました。その清田氏がどのように男性性について考えるようになっていったのか。以下、講演の超要約です。

 女性から恋愛相談を受けていて、男性たちの困った発言や言動が数々のエピソードから見えてくる。出てくる男性は属性も年齢もバラバラであるにも関わらず、自分も男性なのでそういう男性たちと共通点があったり、実は過去に同じようなこともやっていたりする。最初は「恋バナ」としてキャッキャして聞いていたが、だんだんこれは背景に何か共通する問題点や社会的構造があるのではと考え、ジェンダーを学んだ上で読み解かなくてはならないと思うようになった。現在の活動は(A)恋愛相談に耳を傾ける(B)見聞きした事例を収集し考察する(C)男性性の当事者研究、この3つに分かれる。今日は(C)の話を中心に。
 2022年の今日、男性が男性であるがゆえに抱えてしまう悩みや苦しみについて著した本が多く出版されている。例をあげると以下のようになる。①【男性学】男らしさの問題を学問として研究。②【男性ならではの問題】体毛、包茎、痴漢等テーマを特化して書かれたもの。③【女性の目に映る男たちの姿】男しか行けない性風俗店についてのルポ等。④【男たちの内省的応答】男性が自らを内省しながら、自分たちはどうあるべきかを考える。⑤【男性性をどう考えていくか】男性たちの加害者性と被害者性を紐解きながら、男性優位社会の構造やネガティブな意味での男性性が量産される背景について歴史をさかのぼって検証。
 マジョリティの男性たちが、ジェンダーや性差別の問題にどう向き合っていくと良いのか。男性性を巡る現在地を見ると、男性優位な社会構造の中で、ただただ加害者や特権を有する性として反省せよというのではなく、そこには様々な被害者性も複雑に絡んでおり、それらを丁寧に紐解いていくことが求められている。そういうフェーズにあると思う。僕自身の活動もそのようにシフトしている感じがある。例えば2019年に『よかれと思ってやったのに 男たちの「失敗学」入門』を出したが、その時には、まず男性自身が内省をして、男性自身の言葉でこの現状を受け止め考えるべきで、アップデートという言葉が良く使われた。価値観や考え方をアップデートしていこうという感覚が強かった。しかしそれは男性をもっとしんどくしてしまうかもしれないし、それができる人は人間関係ができている「余裕のある人」をいう声もある。資本主義的な問題や新自由主義的な問題を考えていく必要があるという流れがこの数年で、今はそういう視点を含めて考えていく必要を感じている。
 我々が恋愛相談を聞く中で、メディア業界で働く女性からの相談は結構多い。実例を紹介しながら、そこに内包されるジェンダーの問題を一緒に考えたい。
事例①契約社員を狙ってセクハラを繰り返す制作会社のベテランディレクターに対する相談。真夜中に編集室で二人きりになろうとする。仕事の主従関係があって、仕事の一環として居残りをさせて断りづらい関係を作っていく。このディレクターはほとんど家に帰れないという前提を利用して、若い女性に狙いをしぼって不倫を繰り返す。社内には男性同士がお互いの“女遊び”をフォローしあうホモソーシャルな関係があり、社内では相談に乘ってもらえない。
事例②たまに一緒に仕事をする霞が関担当のエリート記者から飲みに行かないかというLINEが深夜に来る。女性が気を遣ってやんわり断るが通じない。本来なら女性が謝る必要はない。性的な誘いについても、力関係の弱い女性の方が断り方にまで気を遣っている。
事例③広告代理店の社員から仕事未満の呼び出しの事例。発注ではなく仕事に確実に繋がるわけでもないが、人間関係もあり断りづらい。雇用関係はないが、発注受注の関係はある。時間帯をかまわず、食事や飲み会に執拗に誘う。さらに性的な関係を求めるLINEを深夜に送ってくる。典型的なセクハラの事例だが、男性本人にはその意識がない。
 相談者と一緒にLINEの画面を見ていると、その多くに仕事上の関係が絡んでいることに気づく。男性からの相談もあるが、正社員で自分でバリバリ働いている人からの相談はなく、若手社員や非正規雇用など、組織で弱い立場にある男性たちが多い。パワハラのような扱いに苦しんでいるケースも多く、女性になるとそこに加えてセクシュアルな何かが含まれてくるのがとてもしんどい。
 今、男性の受けた傷つき体験の取材をしている。明確な暴力沙汰ではないが、遊びとからかいの体裁を装って、暴力的な色を帯びたコミュニケーションが男性間で頻繁に行われている。飲み会で裸になれと言われた。運動神経の悪さをからかわれる。体毛のことや体形のことでからかわれる。こうしたからかいは、冗談のような空気の中で行われるので、はっきり「やめろ」と言えない。笑いで返さないとならない圧力がある。男性自身が受けた傷が、傷であるという認識を持てていない問題があるのではないか。自分の被害者性を認められないことと、自分の加害者性に目を向けられないこととはどこかで地続きの問題ではないか。自分の傷は手当されないままなのに、女ばかりがと、反発する気持ちが芽生えてしまう。女のほうが守られていると思ってしまう。男性が自分の傷に気付いてあげることが大事なことではないだろうか。
出版労連女性:あのようなLINEを見せられて相談されることがある。清田さんから、女性に「気を遣う必要はない」と伝えてほしい。出版と新聞では2つの性暴力裁判の勝利判決を5月に得ている。性暴力と仕事の関係を司法が認めている。
男性:2018年の財務次官による放送局の女性記者へのセクシュアル・ハラスメント事件が大きく伝えられた。それ以前とそれ以降で相談内容に変化はあったか?
清田:恋愛相談の内容が変わったという感じはないが、メディアの中での扱われ方の変化があって戸惑いはある。僕らは恋バナを中心にバカ話や下ネタを話していた頃もあり、笑いながら話していた時もある。権力性や立場のことを考えていなかった側面もある。ハラスメントの問題なのに恋愛問題に矮小化してしまった時もある。繊細な背景を意識しないと、僕らの話が例えば二次加害のようになってしまう危険性も大いにあり得る。発信するときにはちゃんと考えなくてはと思うようになった。
男性:職場の人権意識の低さがあると思う。夜11時に普通に働いている。1年目は奴隷と言われる職場。こうした働き方では加害についてハードルが低くなる。職場改革とつながっていると感じた。
男性:男性・女性と言うより、優位的地位を利用した行動が強すぎる。権力を持っていない立場の人が気を遣って、自分の尊厳すら大事にできなくなっている。ジェンダー問題は人権問題だと改めて気付いた。

 清田さんは、ある意味恵まれた人生を辿りながらも自身の持つ加害性や特権性に気づき、思考の変化のプロセスについても率直に話してくれました。仕事場における権力関係と男女の不均衡の根はなかなか深そうです。次回の講師はせやろがいおじさんを予定しています。

「桃山商事」代表 清田隆之さん

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