参院選とテレビ
放送レポート298号(2022年9月号)
立教大学教授 砂川浩慶
「開票特番」の時代は去った
投開票日から1ヵ月足らず、参議院選挙は遠い昔の出来事のようだ。歴史に残るのは安倍元総理が射殺された選挙として、だろうか。原稿を書きながら見るテレビは、まるで今急に問題になったかのように、政治と宗教の関係を報道している。
静かな参院選テレビ報道。ゼミ生がまとめたレポートを読んだ実感だ。ウクライナ侵攻、物価高など争点を山ほどあったはずにも関わらず、盛り上がりに欠けた。投票率も52.05%と前回を3.25%上回ったが、戦後4番目の低投票率であり、「成人」となる18歳38.67%、19歳30.31%と低調であった。そのことも盛り上がりに欠けたことを表している。
与党安定多数獲得に終わった第26回参院選挙。テレビ各系列は投票締め切り直前から相変わらずの特番を放送した。しかし、改めて問われたのは事前報道の重要性。開票特番に血道を上げる時は去った。SNS時代に大事な報道は事前だ。改めて実感させられた。ゼミ生の調査も交え、参院選テレビ報道を概括したい。
自民単独過半数 野党1人区惨敗
改選125議席中、自民党63(選挙区45、比例18)と8議席増となり、単独過半数を占め、公明党13(1議席減)と合わせ、与党76となった。非改選を含めると自民党119、公明27の146と、245議席の約6割を占める与党盤石の状況となった。
1人区で野党の4勝28敗との結果が野党(そもそも野党の定義が難しいが)の低調さを示している。比例区の野党第1党は初めて「日本維新の会」(比例得票数784万5995票、得票率14.80%)となり、「立憲民主党」(同677万1945票、同12.77%)を上回った。安倍氏射殺の影響で維新支持者が自民に投票したとの見方があるが、京都・東京など肝となる選挙区では議席を確保できず、昨年の衆議院選挙で見せた勢いはなかった。
参院選マニフェストでは「④ウクライナ危機を受けた安全保障の強化へ。『積極防衛能力』(軍事防衛力、エネルギー安保、食糧安保、経済安保など)を整備」を謳い、防衛費の「GDP比1%枠」を撤廃して増額、憲法9条に自衛隊を規定し、攻められないための防衛力を抜本強化など、改憲勢力として看板を掲げた維新の会。新たな代表でどう変わるのか、注目される。
ちなみに、自民党の比例得票数は1825万6245票(同33.43%)。得票率は3分の1だが、有権者1億501万9203人の割合で見れば17.38%、5分の1弱を集めれば「盤石」な政治状況を作れる日本の現状が垣間見える。
選挙特番の視聴率はNHK、NNNの順
選挙特番を世帯視聴率順に並べると、NHK『参院選開票速報2022』14.4%、NNN『zero選挙』9.4%、TXN『池上彰の参院選ライブ』7.1%、ANN『選挙ステーション2022』7.0%、JNN『選挙の日 2022私たちの明日』6.4%、FNN『Live選挙サンデー2022』5.1%となる。民放では、NNNが国政選挙特番3連覇となった。昨年の衆議院選挙では投票率(小選挙区・55.93%)と選挙特番の視聴率合計(57.1%)とほぼ同じだった。今回の参院選では選挙特番の合計視聴率が49.4%と投票率(52.05%)を3ポイント下回った。
投票締め切り直後の各系列での予測は、P28の図で示したように幅で示すNHK以外はほぼ議席結果と同じ(例えば自民党はJNN64以外、4系列は66)であった。「精度」の点では誇れる内容だが、果たして「15万人規模」(NNN)でヒト・モノ・金をかける意味があるのかとの意見もある。昨年の総選挙では予測のはずれが大きな問題となっただけに、担当者は胸を撫で下ろしたに違いない。なぜならば、総務省は6月22日の公示日に、情報流通促進局長名で、各放送局に「国政選挙は全ての国民の関心に係るものであり、当選確実の放送等については、関係者に多大な影響を及ぼすことから、放送法の趣旨にのっとり、放送に対する国民の信頼に応えるよう、十分な配意をお願いする」との要請を行っている。昨年の衆議院選挙公示日のものと同内容だが、いちいち行政が当確報道に注文をつける必要があるのか。むしろ、同じように番組に介入するなら、せめて投票率向上を図る報道を要請しろと言いたい(なお、今回「当確誤報」はなかった)。
ゼミ生たちの選挙ウォッチ
私のゼミでは国政選挙のたびに、新聞とテレビの「選挙ウォッチ」を実施しており、今回の参院選挙も3年ゼミ生17名が取り組んだ。
開票特番では議席予測と共に「最初の当確者」もチェックポイントとしている。20時の投票締め切り直後、「当確」を打てる候補は複数あり、その中で各系列の「忖度」が可視化できるからだ。
結果は、NHK・自民党・朝日健太郎(東京選挙区)、NNN・自民党・三原じゅん子( 神奈川選挙区)、ANNは東京選挙区の4名(公明党・竹谷としこ、自民党・朝日健太郎、共産党・山添拓、立憲民主党・蓮舫)、JNN・立憲民主党・蓮舫、・自民党・桜井充(宮城選挙区)、FNN・自民党・三原じゅん子(神奈川選挙区)。NHK、NNN、TXNが自民党、JNN、ANN(4名だが)が立憲という、何となく普段の報道姿勢と重なる結果となった。
テレビでは、公示日から投開票日までのニュース情報番組・開票特番を分析している。
事前報道で評価が高かったのが、NHK、NNN。
NHKは「選挙期間中は、ほぼ毎日定時ニュースにて参院選に関する報道が5~10分ほどあった。報道がなかった日は安倍元首相銃撃事件の特集があった7月8・9日のみ。選挙特番にも力を入れている」。NNNについては「国会閉幕付近は少なかったが、7月から報道数は増えた。回数というよりも、選挙についての分析が深く、選挙に行く意義を提示し、投票を促していた点を評価」している。NNNでは、ネット上の「2分でわかる!あなたの考え方診断」を評価。240万人が使った候補者アンケート&考え方で「多様性やくらしに関する10の質問に答えるだけで自分がどの候補者と意見が近いのかを知ることができる」「候補者以外にも同じ都道府県・同年代・同性の利用者とも比較することが可能」と評価している。
一方、学生の評価が低かったのが、ANN、JNN。ANNに対しては「1日のうち、どこかの番組が少しだけ参院選について触れる程度。一切、触れない日も6月18・21・25・29・30日、7月1日の6日間もあった。公示当初は話題にあがることが多かったが、25日ごろからは急激な気温上昇を受けての熱中症対策の呼びかけや電力供給のひっ迫に関する報道が多くなっていった傾向が見られた。大々的に参院選について触れない番組も出ていた」。JNNは「6月中は、参院選の争点『防衛費』『エネルギー政策』についての報道はあった。しかし、参院選に関する直接の報道や事前予測に関する内容は選挙期間中を通してみるとかなり少ない。例えば、参院選分析や与野党の状況報道は7月に入り、4・5・6日はあったものの、一言も参院選に触れない日もあった」との分析だ。
なお、FNNについては「番組ごとに、プライムニュース・同じ質問をそれぞれの政党の代表者に質問しており、容易に比較することができた。コストや時間の問題もあるが、番組内で映像資料等がもう少しあると、より多くの視聴者に興味関心を持ってもらえると考えた、イット・5分で各候補者の人柄や特徴がコンパクトにまとめられていた。選挙に関してあまり積極的でない層も楽しめるコンテンツだと感じた、Live News α・時間は短いながらも要点をまとめていた。また深夜ということもあってか、比較的若い層を意識しているように感じた。そもそも全く選挙についてほぼ扱っていない回が多くあったのが印象的だった。特に、安倍元首相の事件が起こった8日は例外として、投票日が迫った7日にも扱わないなど、情報を十分に伝えられていたのかについては疑問」。TXNは「日本経済新聞と強い関係性を持っていることから経済番組が多い。参院選に関する特集はかなり少なめ。選挙に関するコアな特集はテレビ東京のネット配信サービス『テレ東BIZ』で配信」などの評価であった。
選挙の報道は結果より経過
インターネットプラットフォーム会社「ガロア」が2022年6月24日~28日に実施した全国規模の学生調査(454名回答)によれば、7月10日の投票に「必ず行く」31%、「行くつもりでいる」34%の計65%が参加意思を示していた。一方、「投票しない予定」との回答者に理由を聞いたところ、「住民票を移しておらず今の住所では投票できない」が36%ともっとも多かった。ただし、2位は「政治に興味関心がないから」(28%)、3位が「支持している政党や候補者がいないから」(25%)とある面、情報不足を想起させる回答も多い。つまり、若年層にもテレビ報道が情報提供する意義があるといえる。確かに今回の参院選では、いわゆる従来型のタレント候補に加え、NHK党のガーシーなどSNS時代を実感させる当選者もいるが、テレビがやれることはまだまだある。
今回の開票特番でも、開票がひと段落した遅い時間には、Z世代などの討論コーナーや「小中学生“未来の不安”徹底調査…どう解決?」(JNN)などが企画された系列が複数あったが、面白かったが故に、なぜ事前にやらないのか、疑問に思った。
また、ネットでの連動に関しても、
NHK:参議院選挙2022特設サイトで開票速報が見られる。選挙の最新ニュースや各選挙区のタイムラインが掲載。参院選ボートマッチ~質問に答えることで候補者と考え方の一致度がわかる~投票の基本ルールや参院選のしくみなど基本的な部分の説明も
NNN:「zero選挙2分でわかる!あなたの考え方診断」
JNN:独自のものはなし。参考になるサイトをWEB上で紹介
TXN:選挙特番の特設サイト「池上彰の参院選ライブ」→Are you ready ? 池上彰の参院選直前SP「選挙に行きたくなるクイズ」。選挙に関する基本的なクイズを7つ出題。簡易的で見やすい
ANN:選挙特番の特設サイト「選挙ステーション」。他局と同じような開票速報 当選者の会見の様子をまとめた動画。選挙に関連するニュース一覧 など 最低限の情報
FNN:Live選挙サンデー2022―フジテレビの特設サイト。番組の概要やキャスターのコメントが載っている 特に目立った特徴無し
と民放への評価は厳しい。
トータルとしてのゼミ生の感想も「投票率を上げたいのであれば、選挙当日より前に詳しい報道を繰り返しすべきだと思った」「私が担当したNHKは、圧倒的に選挙の報道に力を入れていることが明らかとなった。その一方で、民放の放送分量が想像以上に少ない事実に驚いた。選挙に関する報道が最近減ってきているようなので、NHKレベルで!とは言わないがもう少し色々な角度から選挙について触れてほしいと思った」と、民放の奮起を促す声が多かった。
事前報道の充実はキイ局側も認識している。テレビ東京は投票前日の7月9日13時28分〜14時23分に『池上彰の緊急特番 安倍元総理死去で参院選は…』を組んだ。ゼミ生が行ったキイ局報道担当者へのインタビューでは「選挙当日に特番を設置するのではなく、前日に特番を今後置くつもりだ。〇〇が当選確実と夜にやっても意味がない。投票前に特番を設置することで、選挙に行く人が増えるのではないか。自系列の選挙報道に関しては批判的な声が局内の若い人の中で多い。政党が提示しているメイントピックにばかり焦点を与えていたら意味がない。社会問題はほかにもあるわけだから、もっと別の視点で報道していくべき」と述べている。
出口調査に多大なモノ・人・金をかけ、一斉に20時に調査結果を出す意味は、かねてから疑問視されてきた。それより、事前報道で争点や投票を促す報道が必要だ。
公職選挙法は第1条(この法律の目的)で「民主政治の健全な発達を期することを目的とする」と述べている。また、放送法も第1条(目的)の3項で「放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」を目的としている。
選挙報道は結果より経過。これを求めたい。
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