メディアの「現在地」を知る〜電通メディアイノベーションラボ・奥律哉氏に聞く〜
放送レポート289号(2021年3月) 放送レポート編集部
視聴率だけでなくマクロで
――「2019年日本の広告費」でインターネット広告費が地上波テレビ広告費を上回って以来、放送業界では産業の凋落への意識が強くなっています。この状況をどのように分析していますか?
奥 2019年の動画映像市場4兆6300億円のうち、地上波民放は広告費収入と放送外収入を合わせて1兆8670億円でした。一方、ネットの動画配信は5950億円でしたが、有料配信市場は1年で26.1%成長しています。
総広告費を見ると、2019年は6兆9381億円で、前年比106.2%と、これは8年連続のプラス成長でした。インターネット広告費が6年連続の2ケタ成長で、広告市場全体をけん引しています。マスコミ4媒体由来のデジタル広告費は715億円で、前年比122.9%。この中のテレビメディア関連の動画広告費は150億円で、前年比148.5%と大きく伸びています。ただ、この分はインターネット広告費として集計されています。
マスコミ4媒体の広告費は、ピーク時からすると、新聞・雑誌は3割強(広告費だけでなく、販売で賄われている部分もあるのでラジオ・テレビとそのまま較べることはできませんが)、ラジオは5割、地上波テレビは8割強です。それぞれの媒体別広告費の推移をみると、どれだけ多くの人に届いているかという指標である行為者率(リーチ)の推移とほぼ連動しています。「広く告げる」ことが広告だとすれば、読者・視聴者の数が減少しているのはよろしくない状態です。
コロナ禍に伴い、広告費を一層デジタルにシフトする広告主もありますから、2021年にテレビ広告費がV字回復するのは困難ではないでしょうか。やはり放送メディアとしては、伝送手段を放送波に限らず、インターネット経由でもリーチを拡大する必要があると思います。
テレビは新聞や雑誌に比べるとまだがんばっているとは言えますが、なぜこのように厳しい状況を迎えているかというと、テレビの台数が減っていることにあります。地上放送のデジタル化以降、家庭内のテレビ台数が減少しているのです。内閣府の消費動向調査によると、2020年3月でテレビの総世帯普及率は93.8%ですが、100世帯当たりの台数は186.2台で、宅内に2台目のサブテレビがない世帯が一定数存在しているのです。
世帯主年齢階級別にみると、29歳以下の普及率は84.7%と、約15%の世帯が自宅にテレビを保有していません。若い世代の「テレビデバイス離れ」が顕著です。そもそもテレビを持ってない方が大勢いるので、広告主はここを突いて来て「テレビで伝えても若い人に届かないですよね」ということで、ネット広告に対する期待が大きいということになります。
かつてはリビングルームのテレビをお母さんたちが占領して、子供たちは勉強部屋や2台目のテレビのある別室で違う番組を見る、ということをしてきたわけです。今はそのテレビ視聴環境がないので、そのニーズに動画配信が見事にはまって、それで22時台後半から若い人たちがテレビの前からいなくなってネット側に移行する、ということなので、ここに何らかの対応をしていかないといけない。若年層のサブテレビによる視聴ニーズは、現在はスマホでのネット動画利用で代替されているのです。
2020年はコロナ禍で在宅率が高かったので、さらに拍車がかかりました。放送事業者側から見ると
「ここ数年は22時を過ぎるとHUTが下がって数字が取りにくい」という現象になっていますが、それはユーザーが放送の中から出て行ってネット側にかなり移っていたことの裏返しだと思っています。
―― スマホは通信機器なので、従来の番組視聴とは異なるSNS利用が多いのではないでしょうか?
奥 若年層のスマホの利用行動でSNSがメインになっているのは確かですが、ここ2、3年は動画共有アプリをものすごく見ているというログデータの分析があります。SNSで仲間たちとつながるのがスマホの大きな目的だったところに、YouTubeを見るデバイスに使っている方もかなり増えていて、とくに男性10代はその利用時間が急拡大しています。
調査によると、在宅でのスマホ利用時間が増えていて、寝落ちするまでスマホを見ている人が多い。つまり深夜はスマホが完全にテレビを凌駕しているというデータがあります。昨年はコロナ禍で在宅時間が長くなっていますが、在宅でのスマホ利用がテレビをしのいだまま寝るところまで行く、ということなのです。広告主はこういうデータを見ながら広告を出すことを考えているのです。
スマホはすごく細かいいろいろなサービスがあるので、どこかにどっとお金を出したら広告できるということにはなりません。そういう意味では、やはり1つの放送局に発注することによって獲得できるリーチは非常に大きい。このテレビの強さとその他のメディアのリーチの弱さをみると、おそらく放送局の皆さんには、ネットがこれだけ拮抗してきているという感覚は全くないと思うんですよ、他のメディアのデータなんか見ないから。広告会社と広告主は他メディアのデータを見ていて、危機感はかなり大きい。大量に広告出稿している広告主はテレビの良さをわかっているわけですが、データがあまりないからネット側に向けるべきだ、と考える広告主もいて、2つに分かれて拮抗している状態です。
テレビは踏ん張っている方ですが、視聴率だけを見て自分の局がどうかとか、隣の局より毎分でこのコーナーで視聴率を取ったなどと言っているダイナミズムとは違うところに人々がいるというのは、やはり少しマクロな目線で見る必要があるのではと思っています。
ネット側に張り出すことで
―― コロナ禍で生活のスタイルが変化し、メディア利用行動も変化しているわけですが、コロナウイルスの流行が収まったら、またある程度は元に戻るのでしょうか。
奥 今回、2度目の「緊急事態宣言」も出ましたし、「ニューノーマル」という言葉が出てきたように、
元に戻るのは難しいだろうと思います。2019年までのデータはそれまでの連続で捉えられますが、2020年はこれと不連続なデータになっています。次世代のM1・F1である高校生の行動調査では、現状ですでに自宅内でのスマホ利用の方がテレビより長い。こういう人たちが将来、社会人になっていくことを考えると、やはり何かシフトチェンジを考えないといけないのではないかと思いますね。
これから5Gがすごく安くなって屋外でのスマホ利用が増えるのではないかという予測もあり、それはわかりやすい説明だとは思います。でも私は逆に、家の外にいるのは何か用事があるから出かけるわけで、ゆっくりコンテンツを楽しむのはやはり自宅で、夜に落ち着いて見るのではと推測します。エンタテイメント視聴の主戦場は宅内であることは変わらないと思います。一方、家の中のゴールデン・プライム・深夜の時間帯は、かつてはテレビが占めてきたわけですが、今は先ほど言ったとおり、多くがYouTubeに行っているのです。
マスメディアなのかネットなのか、利用行動の分水嶺は40歳代にあるのですが、2020年調査の新しいデータでは、50歳側に分水嶺が移動してきています。人々の加齢現象と年齢持ち上がり効果で、ネット側に張り出している使い方をするユーザーの比率が、若い人からミドル層あるいは50代へと移動してきているのです。じわじわではありますが、気がつくと社会の真ん中に誰がいるのか。今の若者ふうなメディアの使い方をする方がミドル層にも浸透してくるのは明らかでしょう。そこにどんなサービスを出すのか、というのがこちら側の戦略じゃないかと思います。
―― では、テレビにお客さんを戻すよりも、インターネットの世界でサービスを展開して、そこにビジネスチャンスを見出すということにならざるを得ないと思うんですが。
奥 それは半分そのとおりですが、実はネット側に張り出すことによってテレビ側に戻すことができると思います。まずはテレビをネットで見られるようにする。これは同時配信の考え方ですが、時間と場所を区切らないでコンテンツを見ていただくようにした上で、さらにテレビ側に戻ってきてもらうような、ある種のループを作る必要があります。
radikoを見るとわかるのですが、我々はスマホで聴けるラジオサービスのサイマル放送、という認識ですが、若い人は本来のラジオを知らずに、radikoをインターネット前提の音声ストリーミングサービスだと思っている。ラジオをライブ動画配信と同類のカテゴリーとして括っているのです。そういう意味ではradikoが1つのひな形になって、従来型のメディアであっても、アプローチの工夫によって新しいメディアサービスとして受け入れられることを示しているのです。
良質なコンテンツあるから
―― 奥さんが考える従来型メディアの強みとは、何でしょうか。
奥 やはり放送は一斉同報性があって、その圧倒的な存在感は今も保持していると思います。だから年末年始に特定スポンサーのあれだけのスポット出稿があるわけです。むしろネット系の事業者の方がテレビスポットを上手に使っています。自分たちのメディアではリーチが限られるので、使ってないサービスに入って新しい人たちに広告を届けるにはテレビがいいと、テレビの良さをいちばん理解しているのがネット系のスポンサーだったりするのです。
テレビはポテンシャルがあるのでそこをうまく連携させるようなサービスを追加していく必要があると思います。同時配信はそのあたりをつなぐサービスですが、そこで若い人たちの視聴スタイルに注意しておく必要があります。それは「カジュアル動画視聴」と呼んでいるものです。
放送局の制作現場も編成も私たち広告会社も、当たり前のように「映画」だ「音楽」だ「スポーツ」だ「報道」だとジャンルでコンテンツを考えるんですが、これが「昭和」の考え方で(笑)、YouTubeヘビーユーザーの若年層への調査では、視聴する動画を選ぶ際に「名場面」や「まとめ動画」などのフォーマットから入る人が多い。放送局は、ある番組でユーザーを捕まえたら1時間か2時間ずっと見てもらってCMを一緒にご覧いただこうという考え方で、縦の動線を重視して横の裏局に行かないでねっていう考え方をするわけですけど、YouTubeユーザーは、例えば映画の名場面からドラマの名場面、と横に見て歩いて、それからそのジャンルについて気の利いたことを言っているSNSサイトなんかを見ながら、コンテンツホッピングをしているのです。このように横の検索で見ているユーザーを途中で捕まえて縦の視聴に戻すような縦横のマトリックスモデルみたいなものを考えないといけない。
今、放送を基準にして同時配信をどうしようかという議論をしていますが、もう少しユーザー側から見える可能性に考えを寄せていく必要があるのではないでしょうか。自分の好きなときに好きなところだけ見て、という視聴スタイルにどういうふうに広告などのサービスを差し込んでいくのかという、今までの発想では出てこないようなところです。
テレビは良質なコンテンツがあるから、CMも成り立つのです。番組の隙間にCMが入り、それも隣接して競合他社が入らない、というようなコントロールも利いているという、1つの文化があるわけです。良質な田んぼがあり、田んぼから田んぼに入るときにはあぜ道を通るように、番組の間にCMを見ていただくというモデルです。これは黄金のビジネスモデルとして継続されると思いますが、若い人はテレビを放送で見るのが減ってきていることを考えると、視聴率だけで編成やメディア戦略を考えているのではそこから出られない。もう少し考え方を若者側に振っていく必要があります。生活行動の中にメディア利用が組み入れられているのですから。
リアルタイムにこだわるべきサービスはスポーツと報道だと思いますが、報道に関しては、若い人はネット上から拾ってくる方が大きいようです。「頼りにするメディア」について我々が聞いた調査では、若い人ほどネットサービス的なものが大きくなっています。
話を聞く側に回ればいい
―― ネット上のニュースも従来のマスメディアが提供しているものですが、そこは理解してもらえないのでしょうか。
奥 報道などのコストを誰が支払っているかを理解してほしいというのはわかりますが、それはビジネス側の論理であって、それをユーザーに説得しようとしても仕方ない話だと思います。逆に、業界団体などが「メディア信頼度調査」を毎年実施していますが、それによると「信頼できるメディア」として新聞やテレビが上位に来るのは若者も同じです。それは、若い人たちも従来のメディアが一次情報をつかんで報道しているということを知っているので、自分は読んでいないけど(見ていないけど)信頼できる、と思っているのです。我々の調査では「頼りにするメディア」という聞き方をして、主語を自分に置いて、見てないもの読んでないものはスコアから外すという工夫の質問によって結果を導き出しているのです。
それに、若い人と年配の人の間では「ニュース」という言葉の意味が違います。年配の人が言う「ニュース」は若い人には「世の中の出来事」であって、若い人の「ニュース」は「身の回りの出来事」を指しているのです。だから、信頼度調査で「ニュースをどこで見ますか」と聞いていること自体が、すでにワーディングとして使えない。つまり、現状がどうなっているかを調査すること自体において、すでにズレが生じているわけです。
将来を予測したい気持ちはわかりますが、自分の現在地を把握することができていないのではないか。登山に行って悪天候で動けなくなったときには、現在地を把握して行き先を考えなければいけない。でも現在地がわからない人には、地図もコンパスも役に立ちません。
―― では、メディア側の人が現在地を把握するために、すべきことは何でしょうか?
奥 メディア企業には若い人もいるわけで、まず自社の若い人の話を聞くことです。家庭では、子供や孫の話を聞くことです。わざわざ調査しなくても、サンプルが身近にいるわけですから。その時、これまでお話したような感覚を頭の片隅に入れて、聞く側に回ればいいのです。若い人を説得しようとすると、うっとうしがられます(笑)。それから、あえて若者的な行動を疑似体験してみるのもいいでしょう。
ネットは玉石混交で、さまざまなものが散らかっている中で、若い人たちはそれをちゃんと選んで見ている感があるので、僕は若い人の方がリテラシーは高いのではないかと思うくらいです。年配者の方が、マスメディア的なものしか見てなくて、多面的なマイノリティの意見を理解していないケースがあるように思います。
―― 貴重なお話、ありがとうございました。
おく りつや――電通メディアイノベーションラボ統括責任者。
1959年大阪生まれ。1982年(株)電通入社。
ラジオ・テレビ局、メディアマーケティング局などを経て現職。
主に情報通信関連分野について、ビジネス・オーディエンス・テクノロジーの3つの視点から、メディアに関わる企業のコンサルティングに従事。