市民とともに歩むNHK会長を

元文部科学次官・前川喜平さんインタビュー

放送レポート300号(2023年1月)
まとめ・編集部

経営委員会にけん制を

―― まず、どういう経緯で前川さんがNHK会長候補の推薦を受けたのでしょうか?
前川 私も「なんで僕なのかな」と思いましたが(笑)、10月11日に、永田浩三さんからメールで申し出がありました。
 永田さんとは私が文部科学省を辞めた後、いろいろな会合でご一緒することがあって、また5年程度のお付き合いですが、「市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会」として推薦したい、という話を、その時初めていただきました。その後、10月25日に「~求める会」の方々がおいでになって、お話をうかがいました。他に適任者がいないと言うので、それじゃ私でもいいのかな、とそんな感じでした。
 はっきり言って、今の政権の息のかかったNHK経営委員会が私を会長に選出するはずがないので、実際に私がNHK会長になる可能性はゼロですから、ちゃんとした人を選べよ、という意味で経営委員会にけん制をするというか、当て馬みたいなものじゃないですか(笑)。そういう意味では名前を挙げてもらう意味があるんだろうと思って、引き受けました。
 私の周囲でも誤解している人が多くて、NHK会長というのは立候補制で、立候補した人の中から選ぶというふうに思っている人が結構いるのです。
 私自身、NHKのあり方がおかしいと思うことがたくさんありましたから、NHKを立て直すために一石を投じるお手伝いができるようならやりましょう、ということで、会長候補にしてもらったのです。

肝心のところが黒塗りに

―― NHKのあり方について、どういうことがおかしいとお考えでしょうか。
前川 具体的に私自身の体験として、加計学園のことです。あの問題は朝日新聞が先行して報道しましたが、週刊誌では『週刊文春』、テレビではNHKだけが、私のところに取材に来ていました。
 私が記者会見をしたのが2017年5月25 日ですが、その直前の段階でTBSから取材を受けました。そのずっと前にNHKからアプローチがあって、社会部の記者たちがかなり一生懸命に加計学園問題を追いかけていました。文部科学省の現役職員から内部文書も入手していました。いわゆる「総理のご意向」と書かれたペーパーです。これは朝日新聞も持っていましたが、NHKも持っていたのです。
 NHKの社会部記者は私の自宅に来て、玄関先でインタビュー映像も撮っていました。私は、その時点では政府に対して何の気兼ねもなかったので、「総理の意向によって行政が歪められた」と、思っているままを話した覚えがあります。それは2017年の4月の末頃だったと思いますが、その単独インタビューをNHKはお蔵入りにしているのです。私のインタビューは一言も報じられていません。
 NHKの記者は、一向にニュースにしてもらえないので、本当に私の目の前で文字どおり涙ぐんで悔しがっていました。これだけ記者さんたちが取材しているのに一つもニュースにならないというのはひどいな、と思いましたが、やはりNHKの上層部が反対しているから報道できないと説明していました。最後は、単独で私が取材を受けて話せることはすべて話したのに、それをニュースにできないので「記者会見してほしい」とその記者に言われました。会見すれば各社が報じるわけだからNHKも報じることができるというのです。
 彼らが意地で作ったニュース映像があって、それは朝日新聞が最初に報じる前の夜11時台のニュースでした。その時点では、加計学園の獣医学部の申請書を認めるという政府の方針はもう決まっていて、次のステージである文部科学省の大学設置審議会での審査に入っていました。それで、その審査についてのニュースを流したのですが、その中の映像に、大学設置審議会とは関係のない、「総理のご意向」のペーパーがちらっと映っていたのです。
 このペーパーは、審議会の前の段階の国家戦略特区で獣医学部の新設を認めるという議論をしていたときのものですから、審議会のニュースとは関係ないのです。NHKの記者は「そこまでしかできませんでした」と言っていましたが、意地でとにかくこのペーパーの映像を映したのです。ところが、肝心のところ、「総理のご意向」と書かれている部分は黒塗りでマスキングされていた。NHKがマスキングしてニュース映像にしたのです。これがギリギリだったということでしょうか。ペーパーを映すことは許しても肝心のところは黒塗りだったということだったのです。
 これ以外にも、巷で言われているようないろいろな問題があることは認識していました。国谷裕子さんが『クローズアップ現代』のキャスターを降板させられたこととか、ずっと前の『ETV2001』の番組改変問題とか、NHKがおかしくなっているなと思っていましたが、2017年の出来事では、NHKはいったいどういうことになっているのか、と肌で感じました。
 やはりNHKはしっかりしてくれなきゃいけない。ちゃんと真実を報道することは何よりも大事なことだと思いますが、それができなくなっているとしたら由々しきことだと思いました。メディアは国民の知る権利に奉仕するわけで、それは民主主義の根幹です。政府が何をやっているか、正しく知らなければ、政府が間違ったことをしていても気づかないし、気づかなければ是正することもできないわけです。政府が隠そうとしていることをちゃんと明るみに出すというのはメディアの大事な仕事だと思いますが、NHKはもうそこまでできなくなってきているんだな、とわかったのです。

▲ 前川さんがNHK会長候補として議員会館で記者会見を行った(22年11月4日)

民主主義のバネを効かせる

前川 私の仕事に引きつけて言えば、国立大学法人のようなことです。国が作った制度がだんだんおかしくなって、学長選考を廃止したところも出てきているし、学内民主主義、大学の自治がなくなっているという問題があります。
 国立大学は2004年以降、法人化されて経営体として独立しています。NHKも経営の側面について一定の民主的コントロールはあってもおかしくないと思いますが、その番組編成や報道の内容に政治が介入するということは、やってはいけないことだと思います。それは放送法にも書かれています。
 大学には大学の自治があり学問の自由があるのと同じように、NHKにはNHKの自治がなければならないと思いますし、報道や番組編集の自由がなければいけない。それには経営側と現場で番組編成をする人たちとの間の緊張関係もあるはずです。大学も、経営陣と実際に教育を行っている教員との確執みたいなことがあります。
 いま、学長選考をめぐって大学内部がガタガタしていることが増えていますが、NHKの場合、会長は経営委員会が任命することになっています。その経営委員の任命に、ものすごく政治的・個人的な思惑が反映しているんでしょう。政権寄りの人ばかりが委員になることになって、本来は独立した合議体として自分たちで議論して決めなければならない経営委員会に、政権の意向がストレートに通ってしまうという事態になってしまっているのだろうと思います。
 安倍・菅政権の9年間で、そういうことはあちこちで起きています。
たとえば、国の機関でもそうで、人事院などは本来、政治的に中立でなければならないのに、官邸の言いなりになってしまっています。最高裁の裁判官も、もう安倍・菅政権で任命された人ばかりになっていて、かなり危うい状態です。
 アメリカは最高裁判事がトランプ政権で指名された人ばかりになっていますが、今回の中間選挙では、上院は民主党が多数を占めることになって、民主主義によるバネが働いていると思います。ところが、日本の場合はそのバネが効かないまま、政権寄りの人たちが政府や関係機関の中で勢力を増大させています。
 そのバネを効かせるには、政府が何をやっているかということをちゃんと伝えるメディアがなければならないのですが、それがNHKだけでなく、民放や新聞も含めて、政権に忖度する体質がまん延している気がします。
―― 政府から露骨な圧力がなかったとしても、おもんぱかって忖度してしまうのですよね。
前川 役人の場合は、はっきり人事で牛耳られていましたね。いろいろ異を唱える人間は飛ばされるし、何でも言うことを聞く人間が上に上げられるということです。
 典型的な例が、黒川弘務・元東京高検検事長であり、佐川宣寿・元財務省理財局長であり、中村格・元警察庁長官もそうでしょう。政権の言うことを聞く人が出世するのです。NHKの場合も、歴代の会長は実際の人事を官邸で行っていたのではないかという気がします。

「大衆とともに歩む」

―― NHKは、中期経営計画を修正して、地上放送・衛星放送とも1割ほど受信料を引き下げることを決めています。これも政権の圧力によるものだと言われます。
前川 菅首相の当時、国会の施政方針演説でNHKの受信料を引き下げると言っていましたが、なぜそんなことを言えるのか。明らかにNHKの独立を犯すようなことなのに。菅さんの場合は携帯電話の料金も自分で決められると思っていた節もありましたが、そんなことを総理大臣が国民に向かって約束できる話なんでしょうか。また、それはそれでいい、と思っている国民も結構いるのではないでしょうか。
 それは大臣が言うことじゃない、大臣がそう言ったからといってNHKがそれに従う謂われはないはずです。それはNHKと受信料を支払っている視聴者の関係で、NHKは視聴者に直接、説明責任を果たすべきだと思います。
 私は、NHKと民放が今のような比重で共存するような形は悪くないと思っています。民放はやはりどうしてもスポンサーがいるわけで、NHKは、受信料を取る以上は支払っている視聴者との関係は非常に大事だと思います。そういう意味では、「NHKをぶっ壊す」と言っている人たちは、私はまともだとは思いませんが、一つのインパクトがありますね。
―― NHKは衛星波の削減や、AMラジオも2波から1波に削減することを決めています。
前川 私は、そこまで縮小しなくていいんじゃないかと思いますが。インターネットを通じた新しいメディアの比重が高まっているのは事実でしょうから、放送というメディアのあり方を見直すことは確かに必要なのかもしれません。
―― 記者会見で、高野岩三郎・NHK初代会長のあいさつを引用していましたね。
前川 高野岩三郎は、戦後、日本国憲法の民間憲法草案を作った一人で、鈴木安蔵や森戸辰男などとともに憲法研究会を作り、日本国憲法の間接的起草者などと言われています。調べてみると、高野岩三郎は天皇制廃止論者だったんですね。戦後まもなくという時期は、そういう人もちゃんとNHKの会長になれる時期だったわけですね。「大衆とともに歩む、そして大衆の一歩先を歩む」という考え方はいいと思います。単に迎合するのではなく、やはり公共放送は啓蒙的な役割があると思います。

▲ NHK西口前で街頭宣伝を行う前川さんたち(22年11月22日)

選考には透明性が必要

―― 現在のNHK会長の選出方法はどうお考えでしょうか。
前川 経営委員会で合議で決めるというのは悪くない仕組みだと思いますが、経営委員の人選がひどいと思います。
 合議制機関を設ける理由は、継続性、中立性、公平性ということがあると思います。とくに政権からの介入を許さないということで合議制機関の意味があるわけですが、それが経営委員人事を通じて、政府の言うことを聞く人ばかりになってしまっているので、経営委員の選び方を変える必要があるという気がします。12人いるわけですから、必ず異なった立場の人が入るようにして、例えば半分の6人については与党と野党の推薦を得るとか、政治的に偏らない、政権べったりにならないような選び方を考えなければならないと思います。
 これは、私がずっと担当してきた教育委員会制度と同じことが言えます。首長が自分の好きな人ばかりを教育委員に選んでしまうと、首長の言いなりになる教育委員会ができてしまう。それで教育現場の意向を無視した教育行政になってしまうことが、往々にして起こっています。
 育鵬社という右寄りの教科書会社の教科書を採択した自治体は、そういう首長が教育委員会に影響を及ぼして、それで採択させたということがありました。2020年以降は、それがちょっと戻って来て、合議制としての機能を取り戻して首長の言いなりにならないような部分が少し強まったような気がします。
 合議体を設けてそれに監督させ、会長を選任するのはいい仕組みだと思いますが、それには透明性が必要だと思います。どういう経緯でこの人を選んだのかということを、少なくとも事後的には明らかにすべきだと思いますね。ショートリストを作って、その中から選ぶというような仕組みが必要じゃないかと思います。
 文部科学省もいろいろな独立行政法人を抱えていて、形骸化しているんですけれども、公募制を取っています。立候補制もいいですし、透明性という意味では、どういうことをやりたいから立候補しているということが明らかですから。公募に応じた人が、自分はこういうNHKにしたいというビジョンを語って、それを視聴者にもわかるようにするということは大事だと思います。
 まあ、この間、「政府が右と言ったものを左と言うわけにいかない」などということを平気で発言するような人が会長になっていましたが(笑)、これまでNHK会長になった人で、自分でなりたいと思っていた人はいないでしょうね。そうではなく、少なくとも自分のビジョンとか経営方針とか理念とかをちゃんと説明して、それで選ばれるということでないといけない。経営委員長が官邸から言われて密室で選ばれている、そんな選び方でいいのかと思います。

▲ 「前川喜平さんを次期NHK会長に!」との署名活動も行われた

やはり独立行政委員会を

―― 先ごろ、国連自由権規約委員会から日本政府に勧告が出され、その中で放送法・電波法で政府が放送局に停波命令を出せることに懸念を表明していました。放送法制・放送行政についてのお考えを聞かせてください。
前川 放送行政も、政治的な意思がストレートに反映するような仕組みはまずいと思います。総務大臣による独任制ではなく、やはり合議制の放送行政にすべきだと思います。停波命令という伝家の宝刀は抜かないとしても、抜くぞ、と脅すことで萎縮効果を放送局に与えてきたわけだから、そういう脅しをすることは非常に問題です。
 中立性とか公平性ということを権力側が言っているときは要注意で、それは権力が自分たちに都合がいいように放送しろ、と言っているのに等しいわけです。これは教育の世界でもそうで、中立性・公平性を言うわけですが、それは政府の方針に逆らうなと言っているのです。
 本当に中立・公平を担保するのなら、やはり独立行政委員会の仕組みのもとに放送行政を置くべきだと思います。
 もちろん、独立行政委員会だったら大丈夫とは言えません。人事院は本来、独立行政委員会ですが、黒川検事長には適用できないはずだった国家公務員法を適用できるように法解釈を変えてしまった。人事院が官邸の言いなりなってしまうことが起きているわけで、独立行政委員会だから公平性・中立性が担保できるかと言えば、それも怪しいのです。結局、独立行政委員会の委員の人選、任命のあり方が問題になってきます。
 ユネスコの国内委員会というのは、単純に比較はできませんが、国会議員が必ず入って、そこに野党の委員が入ることになっているので、政権の方向だけに流れるのを食い止める仕組みが、委員の人選の中にビルトインされているのです。ユネスコ国内委員会は一応、国の機関という形になっていますが、時の政権の意向を遮断しなければならない、政府とは別の機関だということになっているので、野党の国会議員が必ず入る仕組みになっているのだと思います。
 たまたまその時点で政権を握っている勢力の言いなりになることがないようにする仕掛けが必要だと思います。合議制機関は1つの有効な方法で、教育委員会では委員の任期が同時に来ないようにして、首長が代わったら任期が来た人の後任を入れていく、という仕組みなのです。
 ところが現実には、首長が新しい人になると教育委員が全員一斉に辞任してしまうことがあります。任期が来た人の後任を新しい首長が任命する、ということでバランスを保っていく。大統領が任命するアメリカの最高裁判事もそうですね。
 地方行政の場合にはけっこう政権交代が起こっています。私自身、文部科学省に38年いましたが、後半の20年くらいは、政府の方もいろいろと政権交代があったわけです。細川連立政権や「自社さ」政権など、連立の構造も変わったりしていたのですが、第二次安倍政権になってからそれがピタッとなくなった。それがいろいろな問題を引き起こしているんではないかと思いますね。
―― ありがとうございました。

(22年11月16日収録)

前川 喜平まえかわ きへい
1955 年奈良県生まれ。1979 年東京大学法学部卒業、文部省(現・文部科学省) 入省。ケンブリッジ大学国際関係学修士課程修了。文部大臣秘書官、文化庁宗務課長、内閣官房中央省庁改革本部参事官、大臣官房総務課長、初等中等教育局担当審議官、大臣官房総括審議官、官房長、初等中等教育局長、文部科学審議官などを歴任。
2016 年に文部科学事務次官、2017 年1月退官。現在、現代教育行政研究会代表。著書に『右傾化・女性蔑視・差別の日本の「おじさん」政治』『官僚崩壊』『官僚の本分』『生きづらさに立ち向かう』『同調圧力』(以上共著)
『権力は腐敗する』『面従腹背』など多数。

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