宇宙学

三輪田 真 氏
内閣府 宇宙開発戦略推進事務局 技術参与

上記より一部コピペ

第8章 宇宙ビジネスへの参入の道
宇宙航空研究開発機構
産学官連携部 三輪田 真

1. はじめに
今までの宇宙開発は、ロケット・衛星・宇宙ステーションといった大型のハードウェア開発を行うことが中心であり、宇宙開発関連の研究開発機関と限られた企業による開発が行われてきたため、一般国民や一般企業からは遠いところで動いていた感がある。しかし最近では、宇宙開発の成果を社会に還元することが求められるようになり、従来とは違った試みが行われるようになってきた。また、日本人がスペースシャトルに搭乗したり国際宇宙ステーション(ISS)に滞在したりする状況が身近になるにつれ、一般の関心が高くなると同時に、宇宙を利用したビジネスも出てくるようになってきている。
本章では、とくに宇宙航空研究開発機構(JAXA)の産学官連携部が行っている取り組みを紹介しながら、宇宙ビジネスへの参入がどのようにして可能となるのか、またビジネス性はどこにあるのか、示していきたい。

2. 宇宙開発産業の実情
日本の宇宙開発産業の構造を図式的に表したものが図.1である。
日本の宇宙開発は現在の宇宙航空研究開発機構(JAXA)を中心に行われているが、各省庁や民間企業分を合わせても、その産業規模としては年間3000億円に満たない程度である。実は2001年に3000億円を超えるところまでは増加一方だったが、その後は減少傾向が続いており、現在は2500億円前後にまで落ち込んでいる。この7~8割を占めるのが国からの発注、いわゆる官需であるが、現在の国の予算状況から考えると、今後当面は大幅な伸びは期待できない。この予算規模では、平均的に年間2~3機の大型衛星・大型ロケットの打上げがせいぜいであり、官民合わせて1桁上の数のロケットを打ち上げている米国、欧州とは、関連企業の体力がまったく違う。また、いろいろな制約があってロケットも衛星も国内製造企業が世界市場参入に遅れをとったため、コスト面でも実績の点でも海外からの契約を受注するのが非常に難しいところである。
これらの国内での宇宙開発業務を受注しているのは、ロケット分野の三菱重工業、IHIエアロスペース、衛星分野の三菱電機、NEC東芝スペースシステムを始めとする、いわゆる「宇宙機器産業」であり、限られた官需の中だけでシェアを競い合っている現状では、新規企業の参入どころか、現企業の人員維持や下請け企業保持も厳しい状況にある。
一方、宇宙機器産業の作った宇宙インフラを活用したビジネス、いわゆる「宇宙利用サービス産業」については、基本的には民間ベースで成り立っている。 この産業には衛星通信業者、衛星放送業者、地球衛星データ配給業者、衛星測位データ業者等が含まれ、産業規模としては6000億円程度と言われている。衛星通信と衛星放送については、それぞれ一定規模のビジネスになっているが、ともに地上ネットワークに押されて、現状からの需要拡大が難しい状況にある。また地球衛星データ配給に関しては、一部の外国衛星のデータ販売は商業ベースで行われているが、国産衛星データについては、JAXA衛星が1基しかないこともあって、まだ商業的販売が関係機関で始ま
ったばかりであり、商業マーケットは小さいのが現状である。
この宇宙利用サービス産業の下には、衛星放送受信機器、カーナビなどの衛星データ受信機器の製造・販売、衛星通信回線を使った配信、授業、セールス等を行う業者群、いわゆる「ユーザー産業群」があり、その産業規模は年間3兆円程度と推定されている。このユーザー産業は一般消費者に直結しているため、新たな利用方法の開拓が進めば、その市場規模は大きく拡大する可能性を秘めている。この「ユーザー産業群」からのニーズが拡大すれば、リソースやデータを供給する「宇宙利用サービス産業」のニーズが増加し、さらには「宇宙機器産業」へのニーズ(具体的には衛星や打上げロケットへの需要等)も増加することとなって、宇宙産業全体が大きくなる。このような宇宙産業の成長がなければ、日本の宇宙開発産業の健全な発達は望めないと考えられる。


≪宇宙産業分類及び規模(2003年度):日本航空宇宙工業会より≫
ユーザー産業群
(宇宙関連民生機器産業含む)
宇宙利用サービス産業
宇宙機器産業
国の宇宙
予算
約3,000億円
約6,000億円
約2,500~
3,000億円
約3兆円
カーナビ、衛星放送受信装置、GPS機能付携
帯電話等のサービスを利用するために必要
な民生用機器を製造する産業(宇宙関連民
生機器産業)、そして宇宙利用サービス産業
から各種サービス・機器を購入・利用し、自ら
の事業の効率化や差別化等を図り事業を
行っている産業(例えば、農林水産、交通、
資源開発など)
ロケット、衛星、宇宙ステーション、地上局など製造を行う産業
(企業例)三菱重工業、石川島播磨重工業、川崎重工業、三
菱電機、NEC東芝スペースシステムなど
衛星通信、リモセンデータ提供、測位サービス、宇宙環境利
用などの宇宙インフラを利用してサービスを提供する産業
(企業例)宇宙通信、JSATなど
宇宙機器産業
宇宙利用サービス産業
ユーザー産業群
図.1

3. 宇宙開発へのしきいを下げる
それでは、宇宙産業全体を活性化するために、どのような方策が考えられるであろうか? すなわち、前項の図.1に示される三角形を大きくする方策である。
一番上の三角形「宇宙機器産業」は、国の予算の延びないままでは、大きくなりにくい。したがって、とくに真ん中の「宇宙利用サービス産業」や、下の「ユーザー産業」が大きくなることを期待することになる。この宇宙利用サービス産業もユーザー産業も、民間企業の守備範囲であるので、本来
は民間企業の活動に任せればよいとの意見もあるかもしれない。しかし実際のところは、既存の宇宙産業には新しいマーケットを開拓するだけの余裕が少なく、このままでは大きい変化は見込めない。過去の経緯から、宇宙開発が遠い世界の限られた企業によるものという固定観念が広まっている。したがって、一般企業にとって宇宙は関係ない世界、入ることが大変な世界と思われているようである。いわば「しきいが高い」のである。 また、これまでのロケットや衛星、宇宙ステーションの開発という流れが、国の技術開発レベルを引き上げることを主眼に進められてきており、まだ社会のニーズがないところにインフラを作る結果、ニーズ開拓が後回しになっているという事情もあると思われる。したがって、ただ黙って待っていても、新規参入企業が出てくる訳ではない。
これを打破するためには、新しい発想を持った新しいプレーヤー(新規参入企業)を招き入れる必要がある。今まで宇宙分野に縁のなかった新規企業が宇宙のビジネスに参入しやすいよう、いわゆる「宇宙へのしきいを下げる」仕組みがなければならない。


4. JAXAの取組み
JAXAの産学官連携部では、宇宙へのしきいを下げ、宇宙ビジネスを始める企業を支援するため
に、以下のようなプログラムを運営している。
(1) 施設設備の供用
JAXAには、宇宙航空研究開発に必要なさまざまな設備がある。この設備を宇宙航空関係者以外の企業等にも利用してもらう制度である。風洞設備、熱真空試験設備(スペースチャンバ)など、民間企業では整備の難しい試験設備を利用できる。詳しくは、http://stage.tksc.jaxa.jp/aerospacebiz/facility/ を参照いただきたい。
(2) 知的財産利用プログラム
JAXAは、統合前の3機関から引き継いだものも含めて、多くの特許を保有している。これに加え、地球観測衛星データ、宇宙に関する画像などもあり、これらの知的財産は、宇宙航空分野だけでなく、さまざまな分野で活用できる可能性を秘めている。これらを有償で利用することが可能となっ
ている。
また、JAXA知的財産をもとに、JAXAと企業の方々が共同で製品化に向けて課題解決を図る「成果活用促進制度」もある。これはNASAの宇宙技術が日常生活のいろいろな商品に利用されている(スピンオフという)ように、JAXAの研究開発から生まれた特許等も広く活用されるよう、商品化
を促進するものである。
詳しくは、http://aerospacebiz.jaxa.jp/patent/ip_program.html を参照いただきたい。
(3) 宇宙オープンラボ
優れた民生技術やユニークなビジネス・アイディアを持つ企業の方と、技術的知見を有するJAXAの連携により、地上の技術を宇宙航空分野に応用したり、新しい宇宙ビジネスの創出を目指したりする企業等を支援するプログラムである。この制度への参加登録はホームページから容易に行うことができ、JAXA担当部門も賛同する優れた提案については、審査で選定されれば、JAXAとの共同研究が可能である。
詳しくは、http://aerospacebiz.jaxa.jp/openlab/index.html を参照いただきたい。
この3種のプログラムの中では、とくに宇宙オープンラボ制度が新規参入の入り口として期待されるので、次の項目では、その制度の概要を説明することとしたい。


5. 宇宙オープンラボの概要
JAXA産学官連携部では、平成16年に宇宙オープンラボの制度を始めた。この制度は、宇宙航空事業において求められる新しい技術、知識、発想を、幅広い方々の参画で発掘・発展させ、豊かな社会の形成・発展に寄与していこうというものであり、様々なバックグラウンドを持つ産業界、大学、
公的研究開発機関等の方々とJAXAがアイディア、技術、ノウハウなどを持ち寄り、新たな発想の事業の創出を目指している。なお、この制度が国内の事業の創出を目指していることから、応募資格は、原則として国内の法
人または有限責任事業組合としている。


(1) 提案のタイプ
宇宙オープンラボには、宇宙に関連したビジネスモデルを主眼とした「ビジネス提案」タイプと、JAXAへの技術提案を主眼とした「技術提案」タイプがある。「ビジネス提案」は、宇宙インフラ等を活用した多様な宇宙航空ビジネスの募集を行うものである。「技術提案」は、 JAXAが提示する技術課題への提案、またはビジネス面での成立性も考慮したJAXAへの技術提案の募集を行うものである。技術提案ではあるが、その技術が汎用性を持っている、もしくはその技術を利用した製品が将来的に市場性を持つ可能性があれば、ビジネス性が高く、望ましい。両タイプとも、このビジネス性の観点がポイントであり、JAXAの各部門で実施している従来の共同研究や開発業務と違い、産学官連携ならではの特徴である。


(2) 宇宙オープンラボの流れ
応募提案については、JAXA内での検討、調整等を経て、提案者と事務局の面談が行われる。ここで、その提案が宇宙オープンラボの趣旨に合致した場合、提案者のグループが「ユニット」として認定される。この「ユニット」とJAXA職員との間でさらに検討を進めて、提案を練ることとなる。
「ユニット」で検討が進められ正式に出された提案は、年に2回(3月と9月)開催される宇宙オープンラボ審査会にて、審査される。ここで採択された場合は、JAXAとユニット(代表提案者所属機関)とが共同研究契約を結ぶことにより、JAXAが分担する共同研究費(年間最大3,000万円)を活用で
きる。また、共同研究は最長3年を限度とし、年度毎に成果を確認しながら、進めていく。
なお、共同研究終了後にビジネス化を目指す提案者には、共同研究中からビジネスコーディネータのアドバイスを受けられる体制を組み、投資家等との交流の場も設定している。
以上の宇宙オープンラボの流れを、ステップごとに、以下の表.1に示す。
表.1 宇宙オープンラボの流れSTEP1 参加登録

宇宙オープンラボのホームページでメールマガジンに登録。イベント、審査会などの情報配信。STEP2 テーマ提案の検討 ビジネスプラン、新技術提案をテーマ提案書を記入し、事務局に提出。事務局がアドバイス、JAXA研究者をコーディネート。STEP3 ユニット申請、認定

ユニット申請書を記入し、事務局に提出。面談の上、ユニットとし
て認定。(より具体的なアドバイスが受けられる)STEP4 事業提案、審査

JAXA研究者と共に共同研究提案を作成し、事務局に提出。年2回開催する審査会で採択されれば、共同研究へ。STEP5 共同研究の実施

最長3年間の共同研究を実施。(年度ごとに継続可否の審査がある)
STEP6 ビジネス化

共同研究終了後にビジネス化を目指す場合には、コーディネータによるアドバイスのほか、投資家等との交流の場を提供。

(4) 共同研究の契約形態及び知的財産権の取扱い
成果および知的財産権は、提案者とJAXAの貢献の度合いに応じて配分される。実施前に役割分担と成果および知的財産権の配分の考え方を調整し、共同研究契約で定めることとなる。
(5) 問合せ先
問合せ先の宇宙オープンラボ事務局は以下のとおり。
独立行政法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA)
産学官連携部 宇宙オープンラボ事務局 E-mail:openlab@jaxa.jp


6. 宇宙オープンラボの実例
16年度に制度がスタートしてから18年度までに採用してきた宇宙オープンラボのテーマを、ビジネス提案と技術提案に分けて以下に示す。( )内には代表提案者の所属も示す。
16年度採択
(ビジネス提案)
① 通信衛星を利用した高精細映像の配信事業(宇宙通信㈱)
② 宇宙X線検出器の微量分析への応用を目指した読み出し系の開発(エスアイアイナノテクノロジー㈱)
③ ISS〔国際宇宙ステーション〕内での映像撮影機材のレンタル事業の研究(㈱SPACE FILMS)
④ プラネタリウムを活用した宇宙エンターテイメントビジネス(㈲大平技研)
⑤ 超小型衛星による低コスト・迅速な宇宙実証・利用プロセス確立プロジェクト(大学宇宙工学コンソーシアム)
(技術提案)
① 宇宙空間での使用を想定した空気浄化技術(㈲イールド)
② 宇宙空間での検査機能を持ったロボティクス・システム構想検討(東北大学)
③ 先進耐熱複合材料の開発(㈱エー・エム・テクノロジー)
④ 軌道上加速度環境計測システムの開発(スペースリンク㈱)
⑤ 科学観測用大気球の皮膜に用いる超極薄フィルムの開発(柴田屋加工紙㈱)
17年度採択
(ビジネス提案)
① 宇宙での長期滞在型居住空間における快適「睡眠環境」の創造(西川リビング㈱)
② 宇宙での生活支援研究(日本女子大学)
③ 地球観測衛星情報を活用したリアルタイム電子国土情報サービス(広島工業大学)
④ 画像型分光偏光放射計を活用した凍結路面のモニタリングシステムの開発(㈱横河ブリッ
ジ)
⑤ 専用計算機GRAPE-6を搭載する高性能科学技術計算機システムの開発(㈲リヴィールラボ
ラトリ)
⑥ 衛星と地上観測設備を組み合わせた水稲の被害率算定システムの実用化モデルの構築
(宇宙技術開発㈱)
(技術提案)
① 化合物半導体の宇宙電子・光デバイスへの応用(㈱パウデック)
② 先進耐熱複合材料の開発(太盛工業㈱)
③ 宇宙輸送機の構造ヘルスモニタリング技術の開発(㈱レーザック)
④ 宇宙航空用曲面形状複合材部品成形技術の開発(シキボウ㈱)
⑤ 宇宙船内用照明装置(松下電工㈱)
⑥ 磁気ブリッジ型磁界センサの宇宙実証と事業化(㈱エルポート)
⑦ 宇宙インフレータブル構造技術の研究(サカセアドテック㈱)
⑧ 搭乗員作業性向上支援システム(㈱ニコン)
18年度採択
(ビジネス提案)
① 長期滞在宇宙飛行士用運動靴の開発(有人宇宙システム㈱)
② リモートセンシングの3D応用商品に関わるオンライン注文自動生産システムの開発及び研究
(宙テクノロジー㈱)
③ スペースクチュールデザインの開発に関する研究(エリ松居JAPAN)
④ 農業分野における衛星リモートセンシングデータを活用したビジネスモデルの構築(北海道
衛星㈱)
(技術提案)
① フッ化炭素系単分子膜とナノ表面加工を組み合わせた超撥油表面の開発研究(㈲かがわ
学生ベンチャー)
② 宇宙飛翔体搭載用小型真空計の開発(㈱エーディー)
③ 宇宙で安心して飲める飲料水製造装置に関する研究(ニューメディカテック㈱)
④ 閉鎖環境用小型燃料電池の研究(㈱ケミックス)
⑤ 高出力精細ロボットハンドの開発(THK㈱)

それぞれのテーマ名と代表提案者所属だけでは具体的内容はわからないであろうが、詳細はホームページ等を参照願うとして、少なくともバラエティに富んだテーマが集まっていることは理解いただけると思う。ビジネス提案には、日本人が宇宙で生活することを想定した衣類や生活用品のテーマもあり、このような観点ならば、宇宙開発に縁のなかった企業にも技術を生かす機会が見えてくるのではないだろうか。当初は制度の認知度が低く、応募テーマ数も多くなかったが、いろいろなシンポジウムや会合等の機会に紹介したり、ユニークなテーマがマスコミで報道されたりするうちに、宇宙オープンラボの名前が少しずつ知られるようになり、応募テーマも次々と寄せられるようになっている。最近の新規採用テーマの倍率は2~3倍であるが、提案に至らない問合せなどはさらに多い状況である。JAXAでは、外部機関との情報交換や、コーディネータによるテーマ発掘により、さらに有望なテーマの開拓に努めている。


7. 宇宙オープンラボ制度による宇宙ビジネス参入例
宇宙オープンラボは共同研究であり、課題解決に向けてチャレンジしてみないとわからない要素があるので、必ずしもすべてのテーマが当初の期待どおりの成果を上げるとは限らない。しかし実現性のある技術提案や、事業性の高いビジネス提案が集まるような仕組や評価方法を工夫することはできる。まだ3年目の制度で成否を論じるのは尚早かもしれないが、この制度がうまく機能している点を、いくつかの実例により示してみたい。 


(1) かがわ学生ベンチャーのケース
「フッ化炭素系単分子膜とナノ表面加工を組み合わせた超撥油表面の開発研究」は、JAXAで宇宙実験のための装置を開発している部署から出た技術課題に呼応したものである。これは宇宙の無重力環境でシリコンオイルの液柱を作り、内部の対流を観察する実験のために必要な技術である。シリコンオイルは液柱を支える金属表面になじみやすく、液柱の端からシリコンオイルがこぼれてしまうので、これを防止したかったのであるが、通常知られている表面処理技術では不十分であった。
そこで宇宙オープンラボの技術課題としてウェブに掲げていたところ、香川大学の先生の目にとまり、その技術応用を担当する㈲かがわ学生ベンチャーとの共同研究に結びついた。この先生は撥水表面処理については特許を含めて多くの実績を持っている方で、ハスの葉の上で水玉が丸くなるような撥水の技術をさらに高め、シリコンオイルまではじく世界最高レベルの超撥油表面にチャレンジ中である。共同研究の目的は宇宙実験装置の表面処理であり、JAXAとしてはその成果を採用するだけでも十分に役立つのであるが、宇宙オープンラボの観点としては、この宇宙用技術が地上用のいろいろな製品に応用され、ビジネスとしても成功することを期待している。また、JAXAの技術課題としてウェブ上に掲示したことにより、まったく分野の異なる技術と宇宙開発が結びついた点は、ウェブ情報を効果的に利用する宇宙オープンラボの仕組みがうまく働いた事例である。


(2) 松下電工のケース
松下電工㈱は家庭電化製品とくに照明器具では国内トップの企業であるが、これまで宇宙開発には縁がなかった。一方、JAXAで国際宇宙ステーションの構成要素を開発している部署では、船内の装置に対する安全要求が厳しく、宇宙で使える機器を米国企業から購入すると、非常に高価になるのが頭の痛い問題となっていた。たとえば船内用の照明装置は蛍光灯を使ったユニットを米国企業から買うことになるが、蛍光灯は破裂する可能性があることや、打上時の振動に耐える必要があることから、特殊な設計や安全性保証を行わねばならず、照明装置ユニットが高級自動車何台分もの値段になるケースもあった。そこで、JAXAの開発担当者が優れた民生技術を持つ企業に声をかけ、松下電工が宇宙オープンラボに応募することとなって、「宇宙船内用照明装置」の共同研究に結びついた。
このテーマでは、地上用として性能向上が著しい発光ダイオード(LED)を用いて、照明器具としての性能はもちろん、安全性、サイズ、コストなどの点で従来品よりも優れた宇宙用照明装置を研究している。もちろん宇宙船内で使うために満たさねばならない要求仕様は多く、NASAの安全性基準もクリアしなければならないが、JAXAの経験と松下電工の技術により目標を達成し、プロジェクトで採用できる見通しである。 宇宙オープンラボが入り口となって、地上の優れた民生技術を宇宙に適用する、新しい形での官民協力ができた例である。なお、共同研究は双方の技術やリソースを持ち寄って進めているが、本ケースでは松下電工は自社の研究費もかなり負担して参加している。JAXAからみれば、わずかな宇宙オープンラボ資金により宇宙で使えるユニットの研究に目処が立ったことになるし、松下電工からみれば、同社の技術力を宇宙開発の場面で示せるチャンスとなり、さらに同様な特殊環境における照明装置のマーケットを開拓する足がかりになるものと思われる。このように双方の利益が一致すれば、共同研究の成果として宇宙技術とビジネス可能性の両方を実現することができる。これも宇宙オープンラボの目指す
ところである。


(3) 西川リビングのケース
西川リビング㈱は江戸時代から続く寝具メーカーであり、今まで宇宙開発とは無縁であった。たまたま宇宙アートの研究に携わった大学の先生から声がかかり、「宇宙での長期滞在型居住空間における快適「睡眠環境」の創造」というビジネス提案が採用されて、共同研究を実施中である。ビジネス提案であるので、JAXAがどうしても必要な技術というわけではなかったが、これまで米国とロシアが宇宙で使っている寝具には快適性の点で改良の余地があり、今後民間人が宇宙に行く時代には快適な眠りが必要との指摘は、これまでのJAXAでは出てこない発想であった。というよりも、JAXAでは本来の装置開発や実験準備で忙しく、そこまで手が回らないのが実情である。共同研究では、西川リビングが新素材や機能繊維を用いた宇宙用寝具の技術開発・試作を行い、JAXAが宇宙船内に持ち込むための要求仕様検討や評価試験を行い、さらに宇宙飛行士にも試作品を評価してもらう、という形で進んでいる。 西川リビングは意欲的に自社のリソースを投入して、従来にない機能(快適性、ほこりが出ない、抗菌防臭など)の宇宙用寝具にチャレンジしておりJAXAからみると比較的軽い寄与によって、これまで手が回らなかった宇宙飛行士の住環境改善の研究ができることになる。実際に日本人宇宙飛行士が宇宙で使うか決まってはいないが、宇宙での睡眠の質を高めることができれば、宇宙飛行士の作業能率向上などのメリットも大きい。また日本の優れた民生技術が国際宇宙ステーションの衣食住改善に貢献することで、日本の技術をアピールできるばかりでなく、参加企業が地上でのビジネスを展開できるならば、これも宇宙オープンラボが目指すところである。


8.宇宙ビジネスへの道
前項の実例もヒントに、宇宙オープンラボによる宇宙ビジネス参入について整理してみよう。図.2 を参照願いたい。宇宙に関係してこなかった企業(図.2の左下)に、宇宙をテーマにしたビジネスのアイディアまたは地上用の優れた民生技術があるとしよう。入り口として宇宙オープンラボの門をたたくと、前述のプロセスにより、ユニット認定、JAXA研究者との検討、共同研究提案作成、審査会による採択を経て、共同研究(最長3年)を実施する。ビジネス提案であれば、共同研究の中で提案者はJAXA研究者の助言を得ながら、宇宙に製品を持って行くための課題や、宇宙のデータ等をビジネスに使うための課題を解決していく。共同研究の卒業後は宇宙発のビジネス化を目指すが、さらに資金が必要な場合は、投資家等との交流の場を利用するなどして、立ち上げを図る。 JAXAも、ビジネスコーディネータによる指導や成果発表の場の提供など、必要な支援を行う。 技術提案の場合には、共同研究の中でJAXA研究者と共に、JAXAの技術課題を満たすよう、また技術を宇宙で適用するために必要な要求をクリアできるよう、チャレンジを続ける。共同研究の卒業の形としては、まず宇宙技術としてプロジェクト等に採用されることが第一である。これについては、もともとJAXA研究者が使いたい技術なので、課題が解決できていれば、可能性は十分にある。ただし、宇宙プロジェクトに採用されるだけでは、製品が宇宙に数個行ったとしても、ビジネスとしては(損はしないまでも)大きくならない。さらに、宇宙に行った技術を地上製品に応用して、商品価値を高めた商品として販売することができれば、ビジネスとして大きな成功に結びつく可能性があると思われる(図.2の右下)。

図.2

9.あとがき
JAXA産学官連携部における取り組みを中心として、宇宙ビジネスへの参入について述べた。文中にもあるとおり、宇宙ビジネスへの参入にあたっては、技術提案についてもビジネス性が重要である。JAXAへの企業からの問合せには、下請けの仕事を回して欲しい、宇宙企業で自社の技術や製品を採用して欲しい、という売り込みなども寄せられるが、これでは最初に述べた宇宙産業の拡大にはつながらない。今までにない分野に新しい企業が参入してこそビジネス性があり、それによって宇宙産業全体が大きくなり、さらに国民生活に結びついた宇宙開発が実現するものと信じている。歴史的に見れば、まだ本格的な宇宙利用はこれからである。今後新しく宇宙開発に携わろうする方々や新たな切り口でビジネス展開を検討されている方々に、この拙文が少しでもお役に立てば幸いである。